YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson628
  とらわれないで人と接する ー2.自由な人


「とらわれないで人に向き合いたい。
 昔傷つけられたとか、
 嫌ってたとか、嫌われてたとか、
 過去の経緯とか大事なんだろうけど、
 そこにとらわれて向き合っても、
 自分と相手の間にある可能性の
 ふり幅を狭めるだけ」

という前回に、
こんなチカラの湧くおたよりをいただいた!


<自由な人>

私は趣味で、
京都に気功を習いに行っています。

そこに、四国から、
毎月一回通われている
“三郎さん(仮名)”という人がいます。

最初に三郎さんを見た時、
完全に“病気の人”でした。
始発の高速バスで来て、
日帰りで帰られるらしいのですが
バスに一人で乗れるのかと思うほど
体調が悪そうでした。
50代の三郎さんの動作はガチガチで
立ったり座ったりするだけでも大変そうでした。
「何の病気ですか、どこが悪いんですか?」とは聞きにくく
講座中も転倒しないか
困っていないかとつい見る癖がつきました。

ある時何かのきっかけで
三郎さんが「パーキンソン病」だとわかりました。
急に動作が止まるかもかも知れない。
朝、調子が良くても夕方には動けないかも知れない。

介護の仕事をしていた私は
仕事で関わっている
パーキンソン病の方と重なって
いつもその人を見ていました。

「三郎さん、パーキンソン病だったんですね」

気功の先生の奥さんにぼそっと
言ったことがあります。
その時、奥さんはこう言いました。

「知らない。聞かないようにしてる。
 病気の人だと思って病人と思って
 接しないようにしているから。
 病人と思って接したら病人になるから」

その言葉は私の胸に突き刺さりました。
仕事がら知識として
その人の体の状態を知ることは必然でも
プライベートまで同じような
考え方をしている自分に驚きました。

「病気だから大丈夫かな」と
知らない間に善人を装って
上から見ている自分がいます。

自分では、勝手に誰かの枠に
はめられるのは嫌と、
人一倍思っているはずなのに。
例えば私が言われて嫌な言葉に、
親しくない人(又は心を許していない人)からの
「あなたらしい」
「どうしたの、あなたらしくないよ」
があります。

なのに他人を自分の枠に
しっかりとはめてしまっていることに気付きました。

それから二年が過ぎました。
三郎さんの体調は多少の波はあるものの
すっかり元気になって

毎月一回四国から京都まで
今でも日帰りで通っておられます。
体調の悪い時は無理せずお休みされます。

病院でもらうパーキンソンの薬も飲み
気功も続けながら
ゆっくりと自分のペースで
健康を維持されています。

健康の為に、体の為にと
あやしい療法は数えられないほどあります。
薬は一切飲まない人もいれば
病院に行って薬を飲むだけで安心する人もいます。
健康の為に安全の為にと
食べ物から住む場所までとことん拘って
自分を縛っている人も
最近は多くなりました。
三郎さんは何にも縛られず
いろいろ考えたり試した結果
“今の自分に必要なもの”を見つけられたようです。

とらわれていない三郎さんの笑顔は素敵で
自然に人が集まってきています。
皆、三郎さんの体が心配なわけではなく
話していて気持ちが楽になるのだと思います。
かつて心配で眺めていた三郎さんに
一ヶ月に一回会って話すのも
私の楽しみの一つになりました。

人と関わるとうまくいくことばかりではなく
私は今でも、
「あの人が苦手」
「その人には以前、こんな酷いことを言われた」
と平気で口に出すことがあります。

それでも自分に対しても他人に対しても
とらわれずに接することが
結局は楽なんだろうなと思い直して
苦手な人とは距離を取るようにしたり
その人のおもしろさを見つけられるように
したいと思っています。
ズーニーさんの言う入口を見つけ
嫌いからの出口を見つけられたら
きっと世界はどんどん
変わっていくのかも知れません。
(れん)



れんさんのメールを読んで、
仕事で取材した、
「21歳差夫婦」を思い出した。

新郎が20代
新婦が四十代で結婚した。

いまでこそ、
年の差カップルは珍しくないが、
20年前、二人が出逢ったころは、
世間には逆風が吹き荒れていた。

奥さんは、四十代然と、
相応に歳を重ねてこられた風貌で、
地道に仕事に生きてこられた方だ。

旦那さんは、それは器の大きい人で、
年上好きでも甘えん坊でも、全然なく、

ごく自然に、
互いの内面に引かれあったことは、
まわりの人々もよくわかっているようだった。

二人の結婚式に出た人が、
「とにかく新郎の友人が多く、
 そのなかに車椅子の人や、障害をもった人が、
 すごくたくさん列席していた」という。
仕事とか福祉とかの関係でない、
プライベートで、
好きでつるんでいる友人たちだ。

新郎は、とっても友人たちと仲がよく、
友人たちにとても好かれている。
で、驚いたのが、
新郎が友人に平気で、

「おまえ、動きが遅いなあ!」

というようなことを、ポンポン言うのだそうだ。
言われたほうも、まったく気にしない。
むしろ楽しそうだ。

私たちは、
障害を持った人に失礼ではないか、
そんなこと言っちゃいけない、
と思いがちだ。

でもそれこそが、れんさんのメールにある、

「病人と思って接したら病人になる」
「善人を装って上から見ている自分がいる」

「人を自分の枠にしっかりとはめてしまっている」

ということではないか。
いったん枠をあてはめてしまってしまったら、
枠のなかを塗りつぶしていく関係しかない。

枠の外にひろがる可能性も、
想定外の展開にどきどきすることもない。

新郎は、枠をはめて人をみない。

障害があるとか、ないとか、
年が上だとか、若いとか。

そもそも「年齢差を越える」ということ自体、
年齢という枠から出発した発想だが。
新郎には、そもそもそういう枠が存在しない。

とらわれない自由な人。

その何がいいかというと、
新郎が、その結果、
自分が本当に好きな人と結婚し、
自分が本当に好きな友人たちとつるめている、
ということだ。

最後にもう1通、
この読者メールを紹介して、今日は終わりたい。
ではまた来週!


<手のひらの自由>

先週の、
「私はその可能性に対して、自分をひらいておきたいのだ」
という部分、あ、近いかも!と思ったのでメールします。

去年、手にした、NO DEALという考え方です。

あるきっかけで知らない人たちと3ヶ月間、
チームを組むことになり。
30も過ぎた私が、学校でクラス替え直後に、
適当に班を作らされたような状況にさらされました。

全く違う環境で生きてきた人たちとの関わりは、
思った以上にストレスで、
自分の在り方に干渉されている気分になり反発し、
良かれと思って言ったことに反発され、
話の分からないやつ! と思って怒り、
感情に振り回されクタクタでした。

ほとほと嫌気がさした時、
尊敬する上司が以前教えてくれた言葉。

「良くても悪くても、一度手のひらの上に乗せる。
 まだ時期じゃないなら、いったん保留にする。
 WIN-WINの関係を今構築できないなら、
 いったん関係を白紙にすればいいんだよ。」

がストンと落ちました。

NO DEAL。
この関係がいつか変わるかもしれない。
その可能性にかけてみる。

これから、自分と関わってくれた人々との関係が
ゆっくりと良い方に変わっていくことを期待しています。
(ゆう)

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2013-03-13-WED
YAMADA
戻る