YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson617
  友は恋よりうつろいやすく 3



失恋の歌はたくさんあるが、
「失友」の歌は少ない。
それだけに、この読者メール、
失恋ソングより、グッ、とくる。
まず読んでほしい。


<ほこりをかぶった特等席>

失恋ならぬ「失友」。
この数年、私の心の一部の空虚感を
うまく言いえてくれているように思いました。

私たちは小学生からの友達で、
進学しても離れて暮らしても
気持ちを通わせていました。

彼女が就職して、
私も結婚してという事が重なったあたりから
徐々に遠くなってしまいました。

彼女の職業は大変忙しく
また責任も伴い転勤もあり、
今までのようにはいかないなとは思っていましたが

赴任先へ訪ねて行ったり、
手紙を出したり、

私は、私が彼女の事を好きで
友達だと思っていればそれでいい
と考えていました。

自分の心の中に何客か特等席があって、

その内の彼女の席を
彼女がいつでも座れるように
磨いたりかまったりしている、そんなイメージを
自分では持っていました。

ですが一向に彼女は座ってくれません。

彼女は大変なんだからと自分に言い聞かせますが、
メールにも返事をくれず
年賀状も来なくなったりして、
何度か彼女の真意を知りたくて悶々としていた時、
ハタ! と気づきました。

「彼女にはもう私は必要ないのだ。」

そう思い当ってしまうと、
本当に心は失恋に近い状態。
「磨いてきた椅子」もほこりをかぶってしまいました。

さみしいなぁ、と思ってばかりです。

いつか彼女に再会しても、
きっと椅子を磨いたりは出来ないだろうと思うと
なんか自分を侘しく思います。
(なお)



「いつか彼女に再会しても
きっと椅子を磨いたりは出来ないだろう」

というフレーズが切ない。

好きな友だちのために、心身を砕くことが、
まったく苦じゃないどころか、
たのしく、しあわせであった、そこに共鳴する。

次は、本質を突かれたようなおたより。


<期限アリ>

「友は恋よりうつろいやすく」を読んで、
梨木香歩さんの『ピスタチオ』という小説に
こんな一節があるのを思い出しました。

「期間限定、っていうのが
 群れ本来のありかたかもしれません。」

この言葉を読んだとき、
すごく心にストンと入ったので、
手帳に書き写して大切にしていました。

人は元来、ひとり。

山田さんが言っているのも
きっとそういうことだと思います。
だからこそ、
他人とのふれあい、関わりが、
私はとてもいとおしいです。

他人のなかにいるときに、
「ああ、生きてるなあ!」と感じます。

ふと「生きているって素晴らしいなぁ」と思う瞬間が
たまに訪れるのですが、
私の場合それはいつも
他人との関わり合いのなかにいるときです。

なんか、涙すら出そうになった今回の小論文教室でした。
(マヤ文明)



人は孤独。
ゆえに、人と人がつるむのは、期間限定の成り立ち。
そう考えると、人と人が出逢い、ともに過ごす時間が
奇跡のように愛しい。
いつまでもあると思わず、大事に、
そして「いま」を愛さなければ!

次は、自分の航路を決めた読者から。


<航路を決めたとたんに>

今、私は仕事を辞めようと思っています。

キャリアにならない、
独身で自立するにはあまりにも給料が低い、
休みが取れないので就職活動も難しい。
そして、私には重要な、趣味にかける余裕がないなど、
続けるだけ自分の首をしめることになるので、
意思を持って辞めようと思いました。

これまで支えてくれたのは人間関係でした。
とくに先輩と同僚2人と仲良くしていました。
しかし、それを伝えた彼女らの口から出たのは、

「何をするにもここに勤めながらでいいいじゃないか」

という言葉でした。
それは難しいのだ、と言うと、

「次の仕事もうまくいかない」
「兼ねられないのは努力が足りない」
「何も考えていない」

など、過去と未来を否定する言葉で、
それでも私が折れないとわかると、

「私は続ける」
「私は資格を持っている」
「私は結婚できた」(それは自分が正しいからだ)

という論調になりました。
趣味もある程度形になっています。
真面目にやっていることは伝わっている
と思っていたので、本当に衝撃でした。
馬鹿にされていたのかなと、とても悲しかった。

だけど、「友は恋より‥‥」を読んで、
彼女たちなりに私を好いてくれていたがゆえに、
「裏切り」と感じたのかもしれないな、
と思いました。

「人は、暗い海に一艘、自分の舟を出さねばならない。」

一番不安なのは、こぎ出す私です。
それを煽るばかりか、
間違っていると信用している人から言われ、
自分の選択への不信感と、孤独に
さいなまれていた私には、この言葉が染みました。

彼女たちから見ると、私の航路は他を向いている。

それは、不況の今、安定している道ではない。
なのに自分たちを離れるという。
こちらの航路が正しい、ではなく、
私たちだって不安だ、置いていくなんて酷い!
という叫びだったのですね。

私の人生に責任を持つのは、私だけだ。

辞めるまで、彼女たちとどう過ごすか悩みました。
正直、投げ出すように逃げたくもなりましたが、
私は私の選択を尊重し、
自分らしくあるためにも、
最後まできちんと仕事をしようと思います。
(漕ぎ出す舟)



私も、自分の道を進もうと決心した日から、
まるでリトマス試験紙でも突きつけているかのごとく、
周囲の人が、パキーン!と2つに分かれてしまった。

心の通じる人と、通じ合えない人と。

人は自分の道に踏み出した日から、
たとえそれが結果的に人に通じる道であろうと
必ず一時期、孤独になる。

それまでの道を離れ、次の通りに出られる日まで。

だから孤独になったっていい。
孤独を恐れて自分の航海はできない。

「人は、暗い海に一艘、自分の舟を出さねばならない」
という考えには、多数反響をいただいた。
次もそのひとつ。


<僕にはずっと旅してる感覚がある>

保育園のころから、小学校、中学校、と
ずっといつものように遊んでいる幼なじみがいました。

高校生になり別々の高校に通うようになっても、
時々何も変わらないかのように一緒に遊んでいました。

でも、高校を卒業すると、
僕は大学へ進み、その幼なじみは就職しました。
僕より一足先に社会に出ました。

この頃だったか、
忙しくなったからというわけでもなく、
その他に何か特別に遊びたくないと思ったわけでもなく、
いつ間にか疎遠になり、
その後ずっと会わなくなりました。

その後、いつからか、
ふと僕が会おうとしない理由を考えるようになり、
それは、

僕の心の中にある幼なじみに対する希薄な感情、
何となく距離を置きたい感情、
壁を設けたい感情、

そんなものがあるように思い至りました。
特別な理由がないのに、
こういった感情を抱えてしまうこと。
このことは、自分の中で、とても厄介で扱いずらく、

例えば、周囲で
古い友達と頻繁に遊んでいるというような話を聞くと、
何か引け目を感じていました。
引け目を感じているので、言葉にもしない。
ずっとそうでした。

「ある時、海路ですれ違う2艘の舟」
という言葉とその感覚は、
僕自身が抱えていた感覚に触れました。

「旅」の途中で偶然出会う。
どちらかというと自分が社会に出てからは、
ずっとずっと旅をしている感覚しかありません。
こっちの道へ行くか、あっちの道へいくか。

だから、旅の途中で出会う人は、
一緒にいる時間に必ずしも比例せず、
例えば今一緒に仕事をしている人も、
幼なじみと遊んでいた時と同じような感覚で
共に仕事をしていることが、僕はあります。

このことを考えていたら、
古い友達と頻繁に会うような人は
どう感じているのだろうか?

おそらく僕のように「旅」をしている感覚よりも、
「家」に帰る、もっと言えば
「家」に毎日帰る感覚に近く、
帰った家で、家族といるように
穏やかなひと時を過ごしているように
感じているのかもしれない。

そんなふうに今考えています。
(鈴木)



私も、旅をしている感覚がある。
だから、そこで出逢い、寄り添う人々は、
ともに旅する、同志のような存在であり、
ホームという感覚がない。
ほかの人はどうなのだろうか。

次も旅立つ人からのメールだ。


<出航>

今、私の中で「季節」が変わりゆく時です。
多くの友人は就職し、そろそろ結婚‥‥という時。

一方で、私は挑みたい夢のために
大学を再受験します。

友人とは違う景色を見て、
違う道をゆくことは、
遠からず友人から離れることになるので、
不安でした。
一番伝えたいことなのに、伝えられませんでした。

大好きな友達ともう、会えないんじゃないか?
友情が壊れるんじゃないか?

けれど、一人の人として
「芯」のようなものができた今、

10代の友情と20代の友情は違うのでは
と感じています。
たとえ目指す道が異なっても、
遠くで相手を感じられるし、交流はできる、と。

ただ、離れるのがわかっているからこそ、
出発の時相手を傷つけたくないな、っておもいます。
エゴかもしれないけれど、
自分の道を知っていて欲しいし
(できれば、応援してほしい)。
伝え方の問題かなって。

友達との信頼が試されるとき、
結果を、友達をゆっくり待ちたいです。
(ふにゃん)



自分が自分の進みたい道を進む。

ただそれだけのことが、
それまで周りにいた人を傷つけてしまうことがある。
そういうことを、この読者はわかっているなあと思う。

故郷をあとに都会に行く人とか、
会社を辞めて独立する人とか、

道を変える人は、
故郷が嫌いになったわけではない、
会社を嫌いになったわけではない、
と、いくらでも言える。
でも、行動において、
それまでの生き方を捨てて、旅立つのだ。

それまでの生き方の延長を生きる人にとって、
それがときに、脅威であったり、攻撃でさえあったりする。
そこへの尊重や敬愛をどう伝えるかは、とても大事。

最後も、やはり、自分の舟をこぐ人のメール。


<もう、それぞれに>

「人は暗い海に一艘、自分の舟を出さねばならない」
という一言に、
思い出したことがあります。
2009年11月22日、自身のブログ内の画像です。

 ●もうそれぞれ船をこいでいるのだ

 晴れ。風もない。
 洗濯物が飛ぶ心配をせずにすむ。

  自分が大事だと思う人々の範囲が、
 年を経るごとに狭まっているように思える。
 というか、若い頃が広すぎたのですね。
 なぜ 無理や矛盾を感じなかったのだろうか。
 
 会える頻度が減っても、
 疎遠になったのだろうかと感じようとも、
 (もちろん、それ自体を残念に思う気持ちはあるが)
 自分の重要な範囲にいる方々が
 どこかで楽しく生きているなら、
 それで十分な気がします。

もちろん、今もこの考えに変わりはありません。
みんな、どこかで元気に
船を漕いでいてほしいと思います。
それを人伝いに聞くだけでも、
勇気が湧いてくる気がします。
(一読者)



ふしぎな絵だ。
寂しい絵であるはずなのに、見てると温かい。

「会える頻度が減っても、
 疎遠になったとかと感じようとも、
 自分の重要な範囲にいる人が、
 どこかで楽しく生きているなら
 それで満たされる」

私もいつかそんな境地にたどりつきたい。

近く、ぴたっ! と寄り添う舟たちを
大切に、離れぬように、進む人。

とおーく、バラバラに進む舟たちを、
寂しそうに、でも、胸をはって眺める人。

いま、あなたのこぐ舟からは、
友たちのどんな風景が見えますか?

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2012-12-19-WED
YAMADA
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