YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson603  なけなしを差し出す


おととい、福島、
表現力のワークショップ、
さいごに参加者代表が選ばれて発表するシーンで、

一人の女の子が檀上に立った。

足元さえおぼつかない。

人前で話しをする恐ろしさに、
こわばった顔は青ざめ、うつむいたまま、
目は斜め下に硬く落とし、
決してこちらを見ることはない。

「こんなに緊張して話せるのか?」

「倒れるんじゃないか」
「泣き出すんじゃないか」と
だれもが固唾をのんで、
第一声を待った。

沈黙。

どきん、どきん、と彼女の緊張が、
会場中に響いてくる。

ほんとうに弱々しい、
消え入りそうな声で、
彼女はようやっと話し始めた。

「私は、人とコミュニケーションすることを
 いままでやってきませんでした。」

やっと、ひとくだり話すと、
とぎれ、また押し黙ってしまう。

そのたびに会場中の人たちが、ぐっ、と身を乗り出し、
つぎの言葉に集中する。

その日集まったのは20代から80代まで約50名、
100の瞳が彼女だけに注がれている。

「コミュニケーションすることをやってこなかったせいで、
 人に考えを伝えたり話すことが、
 いま、私は本当にできません。」

その日参加した人のなかでも、
彼女は目立って、人と話すのがつらそうだった。

その日、彼女は、初対面の、
彼女から見れば祖父の世代の男性と
ペアを組んでワークをしていた。
あまりにつらそうだったので、
わたしが珍しく助言にかけつけたほどだ。
私に話しかけられても、緊張で言葉も出ない様子だった。

でも、それでも彼女は、
ひるむことなく、助けも求めず、
ゆっくりゆっくりと、年長の男性の話を受け止め、
自分もテーマに対する想いを、一言、また一言、と語り、
最後までペアワークをやり遂げていた。

私は「ほんとうに粘り強くがんばったなあ」と想い、
発表のする前から
彼女のことは、しみじみと印象づいていた。

彼女の発表は続く、

「人に考えを伝えたり、
 コミュニケーションすることができなくて、
 いま私は、ほんとうに困っています。」

何があったのだろう?

彼女は多くを語らない。
具体的な理由は何一つ語られないし、
それを詮索するのは私の仕事ではない。
でも、こうして人前で話すのがつらくてしかたがない
ただならぬ事情があったことは、
全身から切実に伝わっていた。

彼女はだれのせいにもしなかった。

自分が伝えることをやってこなかったし、
やろうともしてこなかった、
すべては自分のせいだと一貫していた。

少し話しては、とぎれ、沈黙し、
そのたび、まわりは、
どきん、どきん、どきん‥‥と、
緊張に共鳴するけれど、

彼女は一歩も下がらない。

にわかに前には出られない、でも、
とぎれても、ゆきづまっても、

逃げないし、ごまかさない、甘えない。

一心に、自分に問いかけ、
ふさわしい言葉を探し、出てきた正直な言葉を
渾身の勇気をふりしぼって伝えていった。

最初に「だいじょうぶだろうか」と皆が心配した、
か弱い彼女であったからこそ、

それだけに、

彼女が逃げない、前傾姿勢で伝え続けている姿は、
途中から、「ものすごい強さ」に逆転して伝わりはじめた。

そこからは、ゆきづまっても、心配ではなく、
「信頼」が彼女に注がれるようになっていった。

「だからこそ、これから私は、
 伝えることを一生懸命やっていきます!」

言い切った。
最後に彼女は、
自分の想いや考えを伝えていくと、
そのために話したり書いたりする力を鍛えていくと
宣言した。

そこは細い声でも途切れなかった。

声は会場中に通った。

響きの中に覚悟があった。

終わった瞬間、
私の体の奥底から、解放感! とともに
力がこみ上げてくる感じがした。

自分もやれる! やればできる! もっとやろう! と
どうしようもなく奮い立たされている自分がいた。

大きな拍手が彼女に注がれた。
思わず「素晴らしい!」と声がもれた。
次に発表する男性も感動にうるんでいた。

人を揺さぶり、奮い立たせる表現とはどういうものか?

うまい話に、人は感動するのではない。
キャパシティが大きければ、人が動くというものでもない。

なけなしの勇気、
惜しみなくぜんぶを差し出す表現。

そんな表現に触れたとき、
こんなにも揺さぶられ、腹の底から奮い立たされるのだ
ということを改めて思い知らされた。

表現の原点に立ち戻らされた気がした。

最も、か弱そうに見えた彼女が、
いちばん強さを表現した。

そして、
人前で表現するのが一番つらかったであろう彼女が、
いちばん、みんなの表現力を励まし、奮い立たせた。

「表現力はみんなにある!」

改めて彼女にそのことを思い知らされる。

大きな勇気、強い人間、
というものがもともと存在するのではなく、

恐くなっては、逃げない、という舵を取り、
ゆきづまっては、前傾姿勢を取り、
発表の間中、瞬間瞬間の生まれたての勇気を発揮し、
持続し続けた彼女のように、

弱い人間が、瞬間瞬間にとる、小さな前傾姿勢。

その積み重ねが、
なけなしを差し出す大きな表現力になると、
彼女は教えてくれる。

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2012-09-12-WED
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