YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson346 さびれないもの


*次回Lesson347の更新は5月9日(水)です。
 お楽しみに。


混浴を初めて体験した。

そこは女湯から男湯にいけるが、
男湯から女湯にはいけない造りになっていて、

友だちと、
バスタオルをぐるぐる巻きにして
これなら「見られない」とおっかなびっくり探検にでた。

ところが「見る」ことを想定していなかった。
男湯のおじさんたちも当然ハダカで
どこ見ていいかわからず、

おじさんたちも私たちにとまどい、
とおーく離れたむこうのはじに、ぴたっとくっついて
遠慮がちに湯につかっている。

内心かなり気を使い、やっと退散しようとした。

そのとき、

私たちと入れ違いに、
女の人がたった一人、ちっちゃいタオル一丁で
男の中にのりこんできた。

決しておばあさんなどではない。
まだまだ色香のある女性だ。

その姿は堂々たるもので。

重装備の私たちとはちがい
ぽーん!と、つやっぽい肌を放出して、圧巻だった。

聞けば、そのあと、
女の人は男湯で待っていた旦那さんと、
防水カメラを持ち込んでの
記念撮影大会となったらしい。

女の人のはだかを間近で見る。

だけでも、
私たちにさえとまどっていた善良な男湯の市民には
ドキドキにちがいなかった。

ましてや、よそさまの奥様のはだかを見る、
しかも、むつまじく写真を撮る一組の男女のはだかを、
目の前で繰り広げられることになろうとは。

そのご夫婦は、あちこちの温泉をめぐっていて、
伝統あるその温泉も本当に楽しみに来ていたそうだ。
それだけ聞けば、
ほのぼのとした夫婦愛、なのだけど、

絵にすると、なんともいえぬ世界、

ひなびた温泉と、
ただただ保養にきただけの男湯の善良な市民たちと、
その中にたった一人の女性、全裸で‥‥。
写真を撮る夫、やはり全裸で‥‥。

ひなびた温泉の心拍数は一気にあがり、
空気は別色にほてりだした。

見た人の旅の印象も、たぶん、
この夫婦一色、
湯あたり以上に強烈に焼きついて離れないだろう。

私たちは友人の里である温泉地を旅していた。

友人の里は、
むかし観光地として大変栄えていた。
ところがいま、さびれてきている。

土曜の夜。
観光地なら、これからというときに、
街のライトが消えていく。
店のシャッターも早々に閉まっている。

そんなこと、わかってたはずの友人も、
あらためて自分の里を歩いてみて、
その変わり果てた姿に言葉をなくしていた。

輝いていたものがさびれていくのは哀しい。

人でも、店でも、街でも。
ましてや自分の大切なものとなるとひとしおだ。

大切なものに衰退の波が押し寄せてきたとき、
どうすればいいんだろう?

一緒に旅にいった仲間たちは、
みんなその友人が好きで、
彼女の尋常でないへこみっぷりに、
なんとかしたくて口々にアイデアを出した。

音楽かなんかのイベントをおこそうとか。
仲間で出資しあってここに温泉つきの別荘をもとうとか。
政治家にがんばってもらおうとか。

ふたたび街に人を集めるアイデア、
ふたたび街に活気をとりもどすアイデア、

だけど、

さびれゆくものの、理由はひとつではない。
時代というどうしようもない大きな流れがあり、
いくつもの複雑な理由がからまってそうなっている。

友人は言われるほどに頭を抱え込み、
私はアイデアを出さなかった。

私も過疎の街に生まれた。

私の町は外から見れば、静かにさびれ続けてきた
ということになるんだろう。

人口はへりつづけ、
映画観、ボーリング場、本屋‥‥、遊ぶ所は次々と消え、
経済もだんだんと、相当やばいことになってきている。

大学で都市に出てからは、
帰省するたび、灯りが消えるようにさびれる町の風景が
さびしくてしょうがなかった時期がある。

でもなあ、

その町に母は生きている。

経済学者とか、政治家とか、企業の偉い人がみたら、
「こんな町」というかもしれない。

でも、その、「こんな町」に母は生きている。

すさむわけではなく、
なにか起こすわけでもなく、
流されるわけでもなく、

ただちゃんと暮らしている。

たのしそうなのだ。
花の咲くころは花を観に行ったり、
親戚のおばさんや、近所の人たちと、
なんやかや楽しみを見つけては、
誘いあってよく出かけている。

地縁・血縁がものすごくしっかり機能している。

母が怪我をしたときも、
うちには車がなくても困ることはなかった。
親戚やご近所の、だれかしらが、いいタイミングで
車で送ってあげようという。

病気をしても孤独にならない。

母も知り合いが病気をすると、
買い物をしてあげたり、手料理をもっていったりする。

祖母の百歳のイベントも、
高級ホテルなどなくても、町の集会場を借り、
母やおばさんたち働き者が、てきぱきと立ち働いて、
自分たちの手でみごとにやりとげた。

生産性という軸でみたらだめなのかもしれない。でも、
東京にない、やろうとしてもできないことが
生まれた町にあり、
私はそのことにたびたび、打たれるような気持ちになる。
元気をもらってかえる。

さびれゆくものが哀しいのは、それがだめだからではない。

そこにかけがえのないものがある。
そこに決してさびれさせてはならないものがある。
いまもちゃんと命をもっている。
世界中のだれが認めなくても自分にだけはわかる。

だから哀しいのだと思う。

「いちばん強いのは、
 街に活気を戻してやろうと
 革命を起こす人じゃなくて‥‥、」

一緒に旅に行った友人の一人が口をひらいた。

「だれか一人でもいい、
 街がさびれていってるという状況があって、でも、
 そういう状況だからこそ自分はここに住みたい
 という人があらわれて、ここに住みはじめたり。

 あるいは、さびれてるいないなんかどうでもよくて、
 自分はただ、ここが好きだから住む、
 という人があらわれて、ここに喜んで暮らして。

 そういう人たちが、なにかたのしいことをやりはじめる。

 それを見たとき、いちばん、
 まわりの人の心も動くんだろうな」と。

「あの、温泉で写真をとってた夫婦のように」

ともう一人の友人はいった。
あの夫婦は、
街に活気を戻すためにきたのでもない、
ひなびた温泉の空気を変えてやろうと思ったわけでもない。

ただ面白い温泉があるからと心から楽しみにして、
ただ好きでやってきて、人目を気にせず、
その場と時間を自分たちがだれよりも楽しんでいた。

でもそのことが温泉場にえもいわれぬ活気を連れ込んだ。

すさむでもなく、
なにか起こすでもなく、
流されるわけでもなく、

さびれさせてはいけないものに、自分が出せる力は、
そういうチカラかもしれない。

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2007-04-25-WED
YAMADA
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