YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson319 慢心

あやうく腐りかけていた。
失敗には2種類あると思う。

どうも最近、後味のわるい失敗をする。

この後味のわるさはなんだ?
うまい言葉が見つからない、
実感にいちばん近い一言でいうと、

「斜陽」な感じ。

失敗は、どれもやりきれない。
自尊心が傷つくし、
人に迷惑をかけるし。

6年前、仕事の転身をしてから
失敗の多い道を歩んできた。
このコラムでもさんざんその姿をさらし、
「痛々しい」という人もいた。

でも妙なのだ。
へこんでへこんで、
地面にめりこみそうになって
のたうちまわっている状態でも、
それで自分にあいそをつかしたりはしない。
傷みの芯がどこか爽やかなのだ。
それが、これまでの失敗だった。

でも、いま私が言っている種類の失敗は違う。

痛みは、激痛でなく、
ひとつクッションをはさんだように、
遠く、どんより、くる。
立ち直りもはやい。
それでいて、ひたすら、後味がわるい。

周囲は静かに引いていく感じ。
自分のしていることが斜陽な感じ。
少しずつ自分をきらいになっていく。
自分の存在が斜陽な感じ。
なんだ? この、斜陽感。

先週、このコラムで、H先生から聞いた、
CAN(できること)と、
MUST(やるべきこと)と、
WANT(やりたいこと)
の話をした。

CAN、できることとは、
それまでの経験からくる能力だから、「過去」。
CANは自然に人から求められ、鍛えられ、
ほっておいても太る、と。

WANTは、「未来」。
未来のやりたいことについて、
当然ながら、経験も技術もまだ、ない。
だから、WANTにアプローチする日々は、
失敗の多い日々だ、と。
だけど、

後味のわるい失敗はCANの部分で起こっている。

どういうことかというと、
恥ずかしくて、ここに書くのもはばかられるけど、
CANは、できることだから、
人から、どんどん求められる。
求められて、求められて、「繰り返す」うちに、
なれてモチベーションが落ちてくる。
さらに「できる」と想って慢心するから、
ちから五分、ちから三分、で関わるようになる。

そんなものが人を動かすはずはない。

できるとおもって、
ちから五分でかかわって、
それで、できたものがイケてない。
問題は無いが、精彩も無い。
これほどかっこわるいものはない。

これほど斜陽なものはない。

こんな失敗は決して、やってはいけない。
二度とすまい、と心に決めた。

やりたいと想えない仕事はすっぱり断る。
受ける以上、WANTで関わる。

それが未知の領域であろうと、
それがすでにやった領域であろうと、
そこに、ほんとうにやりたいこと=WANTを見出し、
挑戦しつづける。力全部でかかわる。
それが自分の流儀のはずだ。

それが、ほんとにWANTかどうか?

口ではなんとでも言える。
先日、私は、ある依頼を、ほとんど即断で断った。
いただいたメールと、電話の短いやり取りで、
いやでもわかってしまったのだ。

彼は、この依頼に、まったく時間・労力を払っていない。

私のもとには、日々、依頼が寄せられる。
メールには、
原稿を書いてほしいと、私にあってほしいと、
すべてWANTと書いてある。

だけど、すべてに心を動かされるか? NOだ。

先日、心を動かされる依頼があった。

もっとも忙しい時期であったし、
条件は決してよくはなかった。
通常なら断るところ、
どうしても依頼に心動かされ、
どうしてもこの仕事は引き受けなくては、とおもった。

彼女の依頼の、どこに心を動かされたのだろう?

引き受けてから、ずっと考えていた。

彼女の依頼文には、
新・寄な、点数稼ぎのようなくだりとか、
あざとい気を引くしかけ、もちあげなど、
なにひとつなかった。でも、

まっすぐ想いが伝わってきて、読後感に濁りがない。

淡々と、しかし、
依頼を受けた私が疑問に想うであろうことが、
手抜きなく説明されていた。
媒体の説明、
その媒体が目指すことの説明、
過去の見本誌、
仕事に関する説明、
なぜ私に頼むか……、
そのくだりには、
「著書をすべて読んで」、という言葉が、
なんのアピールもなく、実にさらりと書かれていた。

彼女は、この依頼のために行動した。

淡々と、
でも労をいとわず、
必要な手続きを踏んで。

なかなかできることではないと思った。
そこに心を動かされた。

言葉で、いくら、それをやりたいと言っても、
そのために、まったく時間を使わない、
まったく行動をしない、まったく労力をかけない、
というなら、それは、
ほんとに「やりたいこと」だろうか?

そこに至るまでの行動。

慢心する私が見直すべきは、
そこだ、
と思った。

WANTのある生活とは、
やりたいことのために、
こんこんと手続きを踏み、こんこんと時間をかけ、
こんこんと行動する日々だ。

その果てにある失敗は、
本当に「やりたいこと」だけに、ものすごく痛い。

そういう種類の失敗だけを、
私は自分に許そうと思う。

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どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
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痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2006-10-04-WED
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