YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson301  なまの自分 ―― 立脚点3


「ゴールを明確にする」
これは、いいことなんだろう。

仕事でも、コミュニケーションでも、
私たちのまわりには、
次々とかざされるゴールと、
そこに速く、効率よく、たどり着くためのマップが
あふれている。

でも、ときに
ゴールを明確にして取り組むことが、
あらかじめ
結末のわかったドラマをみるような、
予定調和を生んだり、
ワクワク感、ドキドキ感を
奪ったりするのは、なぜだろう。

段どるためのマップを捨て、
まったく未知のゴールに向けて、
手探りで進んでいくときに、

持って行くべきは、自分の「立脚点」ではないか。

すなわち、
何を目指すか、それでどうしたいか、ではなく、

どんな自分が、どんな切実さでそれを目指すのか?

先週のそんな投げかけに、
読者から、こんな現場の声が寄せられた。

………………………………………………………………

<いい!先輩、そうでない先輩>

25歳、営業職の新入社員です。
私は少し前までフリーターをしていました。塾講師です。

私の塾はアルバイトでもかなり給料が出るので、
10年勤めているようなアルバイトもいます。
私は大学時代も含め6年間勤めました。

6年間も勤めると、授業技術はかなり高くなります。
何も考えないでも授業なんてできてしまうし、
工夫する必要もあまりない。
私はただただ
授業をこなしているだけになってしまっていました。
こんなにつまらない日々はなかったですね。

自分を壊す必要がない。捨てる必要がない。

給料も十分にもらって、仕事もできて、
自分の立脚点を改めて問いなおす必要がない。
ただただ、自分のマップのなかで
仕事をすればいい日々でした。

私は今、営業職です。

先輩社員の営業に同行させてもらい、勉強しています。
「この人いい!」と思える先輩と、
そう思えない先輩の違いはどこか、考えていました。

いいと思える先輩は、
「自分の営業は下手だ」と常に口にしています。
自分はなんのためにお客様の所に向かうか、
何が出来るのか、
常に考えているのですね。

今日同行させてもらった先輩は、入社して1年です。
横から見ていても、上手とはいえませんでした。

でも、やっぱりいいんです。

その先輩は、前の会社での仕事のやりかたを捨てること
を意識していました。
だから、お客様の前で何も言えなくなってしまう。
今までのやり方を捨てたとき、
新しい方略を見つけるまでの空中分解の期間が必要、
というズーニーさんの言葉を思い出しました。

真摯で、誠実で、言葉の一つ一つに
新鮮なためらいや戸惑いを感じます。

会社で常に言われている「お客様のためになる」
ということについて、試行錯誤しているのを感じます。

逆に、前の会社で営業をやっていて、
今の会社でも
そのままのやり方をしている先輩もいます。
そこそこ売り上げはあるけれど、
同行していてつまらないと感じます。

自分の立脚点を真剣に考えていないのではないか
と思えてなりません。

だから、どのお客様の所に行っても、
同じセールストークをする。

「お客様のためになる」と
会社の中では常に言われています。
その先輩が自社製品のよさをアピールしても、
「お客様のためになる」が見えてこない。

「売りたい」が見えてしまいます。

自分の立脚点を模索して、
常に変化させていかないと、
相手の言葉に新鮮に反応できない。

常に、
自分の枠組みの中で生まれる言葉しか話せない。

塾講師時代の自分の姿と、先輩の姿を重ね合わせて、
恐ろしいな、と思っています。
(営業職新人さんからのメール)


………………………………………………………………

もう一通だけ、これもとても面白いメールなので、
つづけて読んでほしい。

………………………………………………………………

<彼女をふり向かせたもの>

Lesson 288 「いつかより強くなって」を読んで、

>私は、近年で、
>もっとも友だちができた年があって、
>それが、2000年の、
>自分が人生でもっとも「トホホ…」な時期だった。

とあり、正に、最近の私の境遇と同じだ
と思ったので、メールを書きました。

私は弁護士になりたくて、3年勉強しています。

しかし、去年の司法試験に力及ばず落ちてしまい、
挙句の果てに、
仲が良かったMさんに
想いを遂げずにいたら、彼氏ができてしまいました。
更にその後、無謀にも告白したら
もちろんダメで
と公私ともに散々な年でした。

しかし、その反面で、友達がたくさん出来たのです。

精神的にはふさぎ込んでいたはずなのに、
なぜか人とつながりやすい自分がいて、
あろうことかそんな自分も好きになっていました。

私なりに考えてみたのですが、
自分が「本当に」トホホな時ほど
自分を客観視できている状態で
自分の気持ちを表に出すことに
躊躇していない(あるいは躊躇する余裕すらない)
状態なのかもしれません。

私の場合、今までは
自分が落ちている状態をさらけ出すことが
大変つらかったです。

でも今回は、公の挫折に
「私」も加わってしまって、
なんだか
「ああ笑うしかないやほんとトホホだ」
と現状と裏腹に、
そんな自分が愛しくなって
誰かに弱音を聞いてもらうことに
躊躇しなくなってしまいました。

俺のことを愛してほしいと
顔にでも書いていたのでしょうか(笑)。

そして、振られたはずのMさんにも、
なぜかそのことを話していました。

それから数月たった今、
私はMさんと付き合っています。

私は彼女と付き合うとき、
なぜ今の彼との幸せではなく
自分を選んだのか、を問いました
俺は仕事もしてないのに、なんで? と。

「そんなのは関係なくて
 将来自分もK(私)のそばにいたい
 力になりたいと思うから」
と言われて、前に考えていた
私自身の「いつか〜」の考えが
崩れ去ってしまいました。

俺のいつかは
おまえにとって「そんなの」なの?と。

話が前後しますが
トホホになる前、そもそも
なぜ私が想いを遂げなかったかというと、
自分の立場が不安定なものだったからです。
正にいつかはと思っていて、
いつか合格して弁護士になったら
自信満々で告白してやる
と企んでいたからなのです。

でもこれって
相手に失礼な企みですよね。
相手は弁護士だから付き合う人間だと
思っていることにもなりますから。

今の自分じゃだめだと
ハナから決めているのは
他の誰でもなく、自分自身なのに・・・。

最近、山田さんは、
「立脚点」について
お書きになっていますよね。
「いつかより強くなって〜」の思考方法は
自分の立脚点を見まいとして産みだす、
体のいいごまかし方なのかもしれません。

今の自分にないものは「ない」のであって、
あるものは「ある」。
こう書くと実にシンプルです。

肝心なのはあるものを
あるものとして、ないものをないとして
相手に接することが
どこまでできるか、なのです。

男女が寄り添うこと一つとっても
相手に、自分には
何がなくて何があるのかを伝えること、
特にないものを伝えるには勇気が要ります。
でも、とても大切なことだと思います。

なぜなら、ここに彼女が私に力を貸してあげようと
思った理由があると思っているからです。
ないものがハッキリしていれば
相手が貸せる力もハッキリしますからね。

そして、「ある」「ない」を伝えるためには
今、自分がどこに立っているのか
誰よりも自分が分っていることが
必要なんですね。
(Kさんからのメール)


………………………………………………………………

Kさんを好きになった女の人の気持ちが
わかるような気がする。

Kさんは、司法試験に落ちたからこそ、
肩書きとか、立場とか、
自分の身にはりつけたもので、いっさい勝負せず、
もしくは、いっさい勝負できず、

いまの自分の感情、想い、状態のありったけを、
躊躇する余裕さえなく人前に、
あらわにするしかなかった。

みんな心にヨロイを着ているから、
ヨロイが言いすぎなら、スーツを着ているから、
生(なま)の部分が見えたとき、ハッ! とする。

女の人は、その「生の部分」に、
心をもっていかれたのではないだろうか?

生の部分。

私には、どーしてもかなわない人がいる。

それは、4年前、山田ズーニーとして
はじめて講演の壇上に立ったときの自分だ。

瞳孔も開かんばかりに緊張して、
話術など披露できる余裕など、とてもなく、
壇上で、ただ用意してきた原稿を、読むだけ、だった。
でも、その原稿は、
何日も、何日もかけて、
自分は何なのか、お客さんに何ができるのか、
何を伝えたいのかと、考え抜いた原稿だった。

つかえつかえ、噛みながら、原稿を、ただ読む。

そのへたくそな講演を、
場内のお客さんは、しーんとして、
そして、ときに涙して、聴きいってくださった。

済んだとき、さざなみのように、
やがて燦燦と降るように、
場内から拍手が湧き起こった。
歓ぶ気力もなく、
カスカスのぼろ雑巾のようになって家に帰り、
燃え尽きて、5日間寝込んだ。

どんなに技術を磨いても、
いまだにあのときの講演に勝てない。

あのときの、自分に勝てない。

くやしい。

あれが、私のライブの原点ならば、
あのときの自分にあって、
いまの自分にないものはなんなのか?

技術ではない、
戦略ではない、
段取りではない。

立脚点。

お客さんの前に出たとき、
一発で伝わってしまう何か。

私はいま、何に気づかなければいけないのだろうか?

…………………………………………………………………


『17歳は2回くる―おとなの小論文教室。III』
(河出書房新社)



『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』
河出書房新社




『おとなの小論文教室。』河出書房新社


『考えるシート』講談社1300円


『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円



『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

山田ズーニーさんへの激励や感想などは、
メールの表題に「山田ズーニーさんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2006-05-24-WED
YAMADA
戻る