YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson257 ゴールから架かる橋

もうかなり前のことになるが、仕事先の人に、
キツイ言い方をしてしまい、
傷つけてしまったことがあった。

そのとき、私の主張は通った、
でもそれから、その人は、目を合わせてくれなくなった。

私は、ひきつりながらも、笑顔で相手にむかい、
なんとか関係をとりもどそうとした。
でも、相手のかたくなな表情に、とりつくしまがなく、
自分がそれだけのことをしたんだと思うとへこみ、
愛想笑いをして相手に擦り寄る自分にも、へこんだ。

99%は私のいたらなさ、
傲慢さ、後悔することしきりだ。
でも、1%のところで思う。
「あのとき、やさしい言い方で、
 状況は動いただろうか?」

見知らぬもの同士が、はじめて会って、
ものすごくタイトなスケジュールで、一緒に仕事をし、
まったく新しいことで、
成果を出さなければいけない、というときに。

「守り」の強い場だったり、相手だったり、
この状況を動かすのに、いったい何年かかるんだ、
と思うこともある。
仕事には、期限がある、期限は待ってはくれない。
やさしい言い方だけで、状況は切り拓けるのだろうか?

でも、やっぱり、感情は理性より、おおきい。

相手の心を傷つけてしまい、
それがしこりになってしまうと、
もう、相手に何を言っても、どう言っても通じない。

私もなすすべなく、
関係修復をあきらめて、仕事に専念した。

ところが、しばらく経って、なんと、相手の方から、
満面の笑顔で話しかけてきてくれた。

私は最初、信じられなくて、きょとんとした。
でも、話しているうち、相手がうそや表面的でない、
心から私の仕事を
理解して言ってくれていることがわかった。

通じ合うとは、こんなに気持ちのよいことか。
しかも、自分は、とくに関係修復の努力もせず、
こんなに劇的に、
一発で心に橋が架かることもあるんだなあ、と
ほんとうに晴れ晴れと、うれしかった。

きっかけは、そこでコツコツとやった仕事が、
お客さんに評価され、
だれの目にもわかる形で、
よい成果が出せたことからだった。

気がついたら、
決して人づきあいがうまいと言えない私は、
不思議とこのパターンに救われている。すなわち、

仕事場で起こった、人間関係のもつれを、
相手と自分の関係性の中で
なんとかしようとおもっても、
なかなかうまくはいかず、

ところが、あきらめて仕事に専念し、
仕事でよい成果を出せたとき、
相手との関係まで、つながっている。

でも、なぜ、仕事の成果を出すことが、
相手との関係修復につながるんだろう?

「成果」というのは、
どちらかと言えば、感情より理屈のものだ。

理屈で越えられなかった、感情の壁が、
なぜ、成果を出すことで越えられたんだろう?

以前、読者の森さんからいただいた、
このメールを思い出す。

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<職場の人間関係のもつれは、どこからくる?>

最近、会社における人間関係のもつれの大半は、
情報の発信者と受信者の
認識ギャップによるものが大きいと思うのです。

「報告がない」「情報が来ない」「愚痴ばっかり」

ちょっと前までは、
「本当に報告していない」
「本当に伝える場を設けていない」
のだと思っていました。

しかし実際は、
発信者は「まめに報告してるのに!」と思っていて、

「ちゃんと打ち合わせしているよ」と言い、
「情報を共有化し、同じマインドであってほしいので、
自分をさらけ出しているよ」と言う。

何でこんなことになるのか? 
というより、こういうギャップが多いのか?

これは、一つの想像だが、
目的(目標)設定がおかしいのではないだろうか?

自分をさらけ出すのは構わないが、
それを「受け止めろ」というのは困る!

吐き出したものは、自分の手で受けてほしい。
自分の手で受けているのを観て、
「このヒトもこのヒトなりに格闘してんだ」と思う。
同じマインド(スタンス)でいることと、
悩みを共有する(分担してもらう)こととは違う。

報告するのは、報告が任務の一部だからではなく、
自分の仕事が楽になる(スムーズに進む)ため。

スムーズに進むためには、
報告のタイミングがあり、外せない内容がある。

そのタイミングやポイントを逸した報告は、
受信者には何の意味もなく、
報告がされていないことになる。

部下に情報提供するのも、
自分のミッションを効率的に達成するため。

そのためには、伝わった確認もいるだろうし、
伝え方の工夫もいるだろう。
       (読者 森さんからのメール)
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ゴールのズレているものどうしに、
コミュニケーションは成り立たない。
私は、このメールを読んで、改めてその厳しさを思う。

いつが、「はずせないタイミング」か、
なにが、「欠かせないポイント」か、
めざすゴールによって、微妙にちがってくる。

だから、ゴールのちがうものどうしには、
「情報」が、「情報」にならず。
「伝達」が、「伝達」にならない。

まるで、
「誕生日のお祝いは、絶対、当日でなきゃだめ」
とおもっている子どもに、
2日遅れで届いたメッセージのように、
相手にとっては、なんの価値もなく、意味をなさず、

発信者は、「たしかに伝えた」と言い。
受信者は、「伝わっていない」と言う。

問題は、私たちが、いま、仕事の現場で抱えている
ゴールのズレが、とてもひと言で言えるような、
単純なものではないということだ。

あのとき、たとえば、私のゴールが「教育効果」、
相手のゴールが「利益」、
というようなはっきりした単純なズレなら、まだいい。

どちらも、
教育のことを考えているし、利益もちゃんと考えている。
でも、そこに、
二人が込める世界観が、微妙に、複雑に違い、
だからこそ、決定的にズレている。

私の言う、
「このタイミングをのがしたら、
 とりかえしのつかないことになります!」は、
ゴールの違う相手には、
さして重要とも思えない時期だし、

私の言う、
「これだけは、はずせないポイントです」は、
相手には、さして重要とも思えないことだ。

相手から見たら、
私は、さして重要とも思えない時期に
さして重要とも思えないことを、
がなっているだけに見える。
それでいて、自分が大事にしている
プライドだけは傷つけたということになる。
だから、相手の中にかたまりは残る。

ところが、成果が出せたとき、
相手は、私が目指していたゴールはこれだったのか、と
形としてはっきりわかる。
ゴールから見れば、一目瞭然だ。
私が、なぜ、あのタイミングで、
なぜ、あんなことを言ったのか、
なぜあそこで声を荒げたか、相手は一気に腑に落ちる。
腑に落ちたとき、感情も解ける。
だから、自分と相手は、また、つながったのだ。

複雑な世界観を抱く私たちは、
ゴールを形にして見せるまで
相手の腑に落ちる説明ができないときがある。

たがいのゴールがずれているとき、
せっかく勇気を出して、
本音をさらけ出しても、相手には、
まったく意味のないシーンで
ただ脱いでいる映画のように、
意味のない吐きものにしか、映らないことがある。

これは、ほんとうに切ないことだ。

大事なのは、
自分の信じたゴールを100%形にしきること。

相手を気にし、
変な妥協を加えれば、ゴールまで曖昧になり、
この最後の最後に架かるかもしれない橋まで失う。

仕事で、もつれた人間関係は、
自分と相手の関係の中で、
悩むより、あれこれ画策するより、
自分の信じたゴールを形にしきること。

ゴールから、劇的に相手の心に架かる橋もある。
そこに希望があると私は思う。

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『考えるシート』講談社1300円


『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2005-07-20-WED
YAMADA
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