YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson208 人を生かす
        ――勉強?それとも仕事?(6)


自分では、ちゃんとやっているつもり、
それが人から見ると、仕事になっていないときがある。

私も一度、ものすごい怒られたことがある。

いま、思い出してもそのときの
衝撃が腹によみがえる。

仕事のスタンスが変わる事件だった。

それは、私が、まだ企業に勤めていたとき。
生まれて初めて、
チームによるものづくりを始めたときのことだった。

メンバーは、そうそうたる外部のプロ。

それぞれに背景がちがい、
第一線で働くプロたちと、
ひとつのものをつくりあげていく経験は、私になかった。
それでも、リーダーとして
チームをまとめなければならない。

ほとほと困って、フリーランスの編集者をしていた先輩に、
頼みこんで、チームに入っていただいた。

経験豊富な先輩に、
引っぱっていただくようなカタチで
チーム制作はスタートした。

いざ、ふたがあいてみると、
「こんなものづくりの世界があったとは!」
「プロとはこういうものか!」
と驚きの連続だった。
ときには、すさまじいプロ同士のぶつかりあいもあった。

コンセプトが二転三転し、
どうなるかと思う場面もあったが、
不毛な闘いではないのだ。
ぶつかりあいが激しければ激しい分、
必ず、思いもよらなかったアイデアが生まれ、
見たことのない誌面ができあがっていった。

自分が編集の仕事をやってきた中でも、
最もエキサイティングな日々だった。
体力的にも精神的にもきつかったが、
そこで学ぶものの面白さに、疲れを忘れた。

ところがそんな矢先、事件は起こった。

これまでチームをひっぱってきてくださった先輩が、
突然、怒りもあらわに、こう言ったのだ。

「もう、やめさせてもらうわ!
便利につかわれちゃあ、たまんない!」

先輩は、わなわなと、うちふるえていた。

先輩は、プロ意識に優れた仕事人で、
知的にも、人格においても、
私が、最も尊敬する人だ。
決して、気分で、このような態度をとる方ではない。

私が、よほどのことをしてしまったことは明らかだった。
腹にずしんときた。心臓がバクバクした。

しかし、頭だけはポカンとしていた。

先輩が自由に動けるように、
私はサポートに徹し、他のメンバーの人も、
できるだけ自由に意見を言っていただけるようにし、
出てきた意見をとりまとめ、と
私なりに、一生懸命やっていた。

わからなかった。私は、何をしたのだろう?

それが、何か悪いことをしたのではなく、
やらなかったこと=「怠り」によるものだと
気づくのは、少し後だった。

とにかくその場は、どうにかこうにか、
次の編集会議までに、とにかくちゃんとするからと
かろうじて先輩に思いとどまっていただいた。

でも、次の会議までに挽回しなければ、先はない。

家に帰って、何が起こったのか考えようとしたが、
腹にずしんときたものは、
受けとめきれずにぐるんぐるん唸っていた。
考えられない。
かといって、考えずにはいられない。

混乱の中で、いてもたってもいられず、
身体だけは、
ワープロ(当時パソコンではなかった)を取り出し、
必死で打ちつづけた。
どれくらい、打っただろうか。
ものすごくそれはしんどい作業だった。
打ちあがったものは、
とても稚拙だったが、今になって考えると、
「戦略」と「マスタースケジュール」になっていた。

おもえばこのとき、
のちのち、チームで仕事をしていくとき、
自分が用意するものの、
雛型ができあがった。

仕事のゴールと、そこにどうやって到達するか、
時間を刻んだ全手続き。

それまでにも、
「こんな特集をつくりたい」というねらいは示していたし、
「いついつが原稿アップです」というようなスケジュールは
出していた。

でもそれは、外部の人からすれば、ワクのみ。
船頭さんが、「西へ行きましょう」とか、
「3週間以内にたどりつきましょう」とか、
と言っているようなもので、
バクゼンとしていて、なんの海図にもならかった。

以前、このコラムで私は、仕事というものは、
「1人、人間を歓ばすか、役立つかだ。
相手がお金をはらいたいと思える域まで」と言った。

それで、「戦略」というのは、
だれに、どんなふうに役立つ(歓んでもらう)のか、
というゴールをはっきりさせることだ。

でも、その理屈を立てるところは、
いわば、お客さんに、どこでお金をいただくか、
という価値の部分をつくるような作業だ。
そこが一番しんどくて、一番責任の重いところだ。

私は、メンバーの自由なアイデアからつくりあげたい
と言う口実のもと、
結局は「戦略」を示すことから逃げていた。

そうすると、メンバーは、
意識していようと、いまいと、
いちいち、どんな小さな部分をつくるにも、
お客さんにどうなってもらうのか、
という仕事の組み立てから、
考えて、つくらなければならない。
そして、メンバー同士の行き先がわれたとき、
その対立は激しく、根底から、企画がゆれることになる。
そんなの、メンバーにとって自由でもなんでもない。

船頭さんは、行き先をはっきり示さなければ。

これまでは先輩が、いっこうに行き先を示さない船頭である
私の分まで補って仕事をしてくださっていたのだ。
あの日怒ってくださらなかったら、
優しく言われても、私は変われなかった。
先輩にものすごく感謝している。

そこで、私は目覚め、次からは、
「私ども編集部は、いまの社会と読者の高校生を
このようにとらえています。
そして、今回のテーマをこう分析します。
そこで、今回の特集ですが、読んだ高校生に、
こうなってもらうことを目指します。
その根拠となる資料はこれこれです。」
と、戦略を語り、メンバーからは絶賛され……、
となればいいけれど、いきなりできるわけがない。

私にできることは、
それでも、戦略を打ち出して、
そして、たたかれることだった。

そして案の定、たたかれた。

メンバーの皆さんは、フリーでやってこられた人とか、
自分で事務所を起こして成功しておられた方とか、
歩く戦略のような人ばかりだったから、
ニワトリになりかけのヒヨコが、
ライオンや、鷹の前にでるようなものだった。

でも、たたかれ、ひっくりかえされしても、
ゴールを文章ではっきり示すことで、
メンバーも、それをたたきやすくなり、
行き先を共有しやすくなった。

ゴールがはっきりすれば、メンバーもより自由に動ける。

仕事はまず、1人のお客さんを歓ばすことから。
その1人がどうなるように目指すのか? 

それを言葉にして共有することで、
仕事仲間も自分も、ずいぶん自由になると思った。

日常の小さな仕事にも、どんな立場にいても、
仕事の向こうには人がいて、目指すゴールがある。

お客さんを1人、目の前に浮かべてみて、
その1人を歓ばす、あるいは、役立つと考えてみたとき、
あなたにできることは何だろうか?




『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-07-28-WED

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