YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson201 自分のゴールはどこだろう?


先日、素敵な編集者さんに会った。

なんの飾り気もなく、見栄もなく、
社会的な立場もあっさりすてて、
むしろ、まわりからは、
実力以下に見られるような立場にも、
あえてとびこんでいって、自分の腕を磨いて、
権威にとらわれず、組織に属さず、

ただただ、淡々と、
自分の想う、良い本をつくろうとしていた。

自由だなあ、と想った。

そう思う自分は、自由ではないのか?
自由でないとしたら、
いったい何に、とらわれているのだろう?

自分の想う、よいことに、まっすぐ向かっていないとき、
握りしめているのは、
「ラクをしたい」という想いかもしれない。

これが、実は最強の敵ではないかと、
このごろ想い始めている。

その編集者さんを、Oさんと呼んでおこう。Oさんは、
出版社に十数年つとめてからフリーランスになった。

会社にいたころ、Oさんは、
ほんとにいい仕事をされていた。

新しい価値を世に送り出していく企画力とともに、
現実に一冊を構成し、編み上げていく編集スキルには、
目を見張るものがあった。

著者からの信頼も厚く、
ビジネス的にも成果をあげ、
会社からも、出世ルートにのせられていた。

そんなOさんが、会社を辞め、
フリーランスとしてやっていく、
しかも、他の編集者のお手伝いからはじめる、
と知ったとき、私は、思わず、

もったいない、と思ってしまった。

フリーランスの編集者が、
出版社と連携して、
想う本を出していけるようなルートは
いまのところない。

それでもOさんは、その道なき道を選んだ。

しかも、他の編集者のお手伝いからなんて、
むしろ、ほかの編集者を指導する器だろう。
他の出版社からヘッドハンティングされて、
いきなり編集長に抜擢されてもいいくらいなのだ。

理不尽な気がした。

それで、思わず、
出版社に入り直して、
しかるべきポジションを得てはどうか、
あるいは、他の編集者のお手伝いなどはもういいから、
いきなり企画を持ち込んで勝負してはどうか、
と我ながら、とても月並みなことを言ってしまった。

言ってしまったあとで、
自分は、フリーランスになったいまでも、
なお、既成の仕事観にとらわれているなあ、と思った。

Oさんにとっては、安定とか、目先のかっこよさとかは、
どうでもいいことなのだ。
だったら、会社を辞めはしない。

出版社に入りなおせば、
例えば、実用とか、児童向け、とか、
定められたジャンルや、
枠組の中で仕事を担わねばならない。
でも果たしてそれは、
Oさんが目指したゴールに通じる道だろうか?

「自分の意志に叶った、より自由な編集をしたい。」

フリーランスでありながら、
さまざまな出版社や、企業と連携して、
自分の意志に叶った
出版をしていけるような道をつくれたなら、
その方が、未来の自由度は、ずっと広がる。

Oさんは、そのゴールに、
迷わず、気負わず、向かうことを選んだ。

本当に、つくりたいものが、この人にはある。

私にも、いつか、一緒につくりたいという、
本のビジョンを、示してくれた。
よい本づくりに、向かおうとするとき、
売れるかどうかは、ほんとうに、どうでもいいのだと、
繰り返し、勇気づけてくださった。

他の編集者の、編集の手伝いから始めるということも、
遠回りなようで、謙虚すぎるようで、
実は、とても考え抜かれている気がした。

多くの人が、転身後は、
いきなり企画をやるとか、いきなり会社をつくるとか、
いきなり華々しい、形あるデビューをねらう。
転身前に、地位や、
多くの守るべきものを持っていた人ほど、
そこから、降りていって、下からはじめるのは苦痛だろう。

私も、Oさんなら、いきなり、
企画を売り込んでもいいのではないかと言った。

でも、出版社に限らず、会社の多くは、
企画部分は、内部で持ちたがる。
逆に、面倒な作業部分は、外に出そうとする。

そんなところへ、個人が、いきなり企画を持ち込んでも、
内容以前に、歓迎される確率は少ないのではなかろうか?
社員としてのプライドもあるだろう。

でも、実作業の部分や、
企画だけが通って、頓挫しているものの編集代行なら、
会社も、外部に出しやすい。

Oさんは、そうした、編集の一番下の工程から、
でも、志を持って、
再び出版界に入っていくことを選んだ。
会社では、自分でなにもかも決められる立場にいた人が、
他の編集者の作業を手伝うのは、苦痛ではないか、
と思ったが、編集作業こそ好きと、嬉々として臨んでいた。

編集作業に入ったときの、Oさんのスキルの高さには、
一度仕事をした人なら、驚くと思う。
一冊を編み上げていく、Oさんの編集力に、
以降、信頼を置かずには、いられないだろう。

そのようにして信頼を築いていくのは、
どんな自己紹介をするより、
自分の実績をくどくどとプレゼンするより、
ずっと確かだと思った。

第一、 はじめての出版社にいって、
「ちょっと企画を持ち込みました。
私はこんなすごい編集者なんですよ」と、
自己アピールをとうとうとやる方が、
うさんくさがられる可能性が高い。
「説明」は、「実際にやってみせる」ことに及ばない。

そのようにして、実力に基づいた信頼関係が、
あちこちの出版社、編集者との間に立ち上がっていけば、
企画を持っていったときに、
聞いてくれる土壌をも切り拓いていく。

信頼関係こそ、得がたく、
フリーランスを自由に羽ばたかせるものだ。

Oさんとしても、実作業を請け負い、
ものづくりの現場に身をおくことで、
常に底力は鍛えられるし、
現場でもまれてこその、生まれる企画もあるだろう。
他の編集者の企画を手伝ってみることで、
自分のやりたい企画だけに収束するよりも、
自分をひらくこともできる。

遠回りなようで、考え抜かれている。
信頼の土壌からつくっていこうとしているところに、
Oさんの本気を感じた。

困難な道だけど、Oさんはやり遂げてしまうのではと思う。

なぜなら、私自身が、そんなOさんの生き方に、
感動するからだ。
同様に、Oさんの姿勢に心を動かされる人は、
きっと少なからずいる。

人の心を動かせる人が、状況を動かしていく。

自分のやりたい方向がはっきりしてきたときに、
ときには、会社を辞めるとか、
何か大きな選択をせまられることがある。

そのときに、ラクをしたかったり、
見てくれのかっこよさにとらわれたり、怖かったりして、
ちょっと安易な手段を選んでしまうことがある。
すると、ゴールそのものまで、
すりかわってしまうことがある。

ゴールそのものがすりかわってしまったら、
努力しても、想うところへは行き着かない。

困難でも、自分の想うゴールに向かうことが肝心なのだ。
そこは、決してすりかえたり、
明け渡したりしてはいけないのだと、
Oさんに気づかされる。
早くたどり着く必要はない、遠回りをしてもいい、
いろんな行き方もある。

自分の頭で方法を考えて、前に踏み出すこと。
せめて後退はしないこと。
自分の想うゴールに向かっている実感、
前に進んでいる手ごたえがあれば、
人からどう見られようと、
それは本当にどうでもいいことだ。

あなたが、本来向かいたかったゴールはどこだろう?
いま、そのゴールに向かっているだろうか?



『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
筑摩書房1400円




『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

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2004-06-09-WED

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