YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson146  普通の人

春の陽気にうつらうつら、夢を見たようだ。

夢の中で私は、
どうやら違う星の、病院にいた。

この星の人は、人間と何も変わりない。
でもただ一つ違うのは、
背中に翼があり、飛べるということだ。

みんな私を見て、口々に言った。
「かわいそうに」
「まあ、翼がない……かわいそうに」

冗談じゃない! と私は思った。
「私が生まれたところでは、
 みんな翼なんかないけど、何も不自由なく暮らしてる!」

わたしは誇りをもって伝えたが、
みんなはそっと目をふせ、
わたしに、障害者手帳をわたした。
どうしてなのかわからなかった。
わたしはわたしで、以前と何一つ変わらない。
なのに、なんで、ここでは憐れまれなきゃなんないのか?

外に出てみてわかった。

この星の建物は、どれも超高層ビルぐらいの高さで、
入り口は、地上30メートルのところにある。
当然、階段もエレベーターもない。
みんな、飛んで出入りするから必要ないのだ。

家と家も、最低1キロは離れている。
スーパーは20キロ先にしかない。
タクシーも、地下鉄も、自転車の通れる道もない。

コンクリートにそびえ立つビルの
はるか30メートル上方の入り口を見あげ、
私は途方にくれた。

すると、高校生くらいの女の子が来て、
私を「よいしょ」と抱えて、
入り口まで飛んで運んでくれた。
私より細い女の子は、
わたしのことが、とても重そうだった。

そんなふうにして、どこへ行くにも、人に抱えてもらい、
なにをするにも、人の世話になっていたら、
だんだん気持ちがしょんぼりしてきた。

「ああ、今日も、買い物にいかなきゃならない。
 友だちに電話して、
 運んでもらわなきゃならない、いやだなあ…」

と思ったところで目が覚めた。

「なんだ夢か」とほっとして、
2度寝してしまった。

また夢を見た。

夢の中で、私は村にいた。
この村の人は、みんな生まれつき視力がなく、
村から一歩も外へ出たことがない。
家も畑も道も、
視力がなくても自由に動けるようになっていて、
みんなしあわせにくらしていた。

ある日、1人のおばあさんが、
わたしに、心配そうに言った。
「山へ仕事に行った娘が、
 今日で3日も帰ってこないんです」
それは、ご心配ですね、と山の方を見たら、
娘さんが、大きなカゴを背負って、
山を降りてくるのが見えた。
私は、おばあさんに、

「大丈夫、あと5分もしたら、娘さんは帰ってきますよ。」

おばあさんは
「え?どうしてそんなことがわかるんですか?!」
とすごくびっくりしたが、私が言ったとおり、
5分ほどして娘さんが帰ってきたことで、
もっともっと驚いた。
「どうしてわかったんですか?! 
 あ、ありがとうございます!
 ありがとうございます!!」
おばあさんは私に手をあわせて拝んだ。
私は、そんなオーバーな、と笑いながら、言った。

「ふつうにただ、見えただけですから。」

その翌日、
今度はその娘さんの方が、恋の相談にあらわれた。
「私は、太郎さんのことが好きですが、
 告白したほうがよいでしょうか。
 二人はどうなるでしょうか」と。
私は、冗談じゃない、
占い師じゃないんだから、わかるもんか!
と言おうとしたが、待てよ、と思った。

太郎さんといえば、他の女の子といるところを、
畑や、神社で、たびたび見かけた。
あれは、だれが見ても、
ラブラブのカップルだ。私は言った。

「残念ながら、
 太郎さんにはもう、好きな人がいるみたいです。」

娘さんは、はじめ
「どうしてそんなことがわかるんですか?」と怒ったが、
私が「いや、実際に見たから」といったら、
やがてがっくり肩を落とした。
ほどなくして、太郎さんはやっぱり結婚した。

噂を聞いた人々が、
物を無くしたとか、体の調子が悪いとか、
次から次へと、私のところに来た。
そのたび、そんなもんわかるか、と思いながら、
ただ、見たままを正直に言っていたら
大評判になってしまった。

どうしてなのかわからなかった。
わたしはわたし、以前と何も変わらない。
なのになんで、
ここでは特別な能力とありがたがられるのか?

おばあさんは、
あのまま待っていれば娘さんは帰ってきたし、
娘さんは、私に聞かず、
太郎さんに告白した方がよい想い出になったのにな……

と思ったところで目が覚めた。覚めて思った。

もしも、私の先行きを
100%正確に見通せる人がいたとしても、
私はその人に見てもらわないだろうと。





『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円


内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)

2003-05-07-WED

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