YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson106  自分を育てる目利きになる


いまの時代、
自分が生きてくために必要な力は、
自分で、つけないといけない。
「自己教育力」みたいなことが必要だ。

で、それをするために、
おおまかな教育方針がいると思う。

セルフプロデュースといった方がいいのだろうか、
未来に向けて、自分を導き・引き出していく方向性がいる。

プロデュースっていったら、
私は、ジャニーズの引き出し方がうまいなあ、
と思うことがある。

例えば、SMAPの5人は、ほんとうに料理が上手だけど、
料理のような、手間のかかる実作業を
あえてスターに課してきた。
TOKIOは、農家での暮らしをつくり、田畑をつくる。
「アイドル」と「お笑い」の境界がつかないような、
泥まみれの作業もさせるけど、その中から、
「創造性」みたいなものが立ち上がっていくのを
育てる側がよく知っているような気がする。

分刻みのスケジュールのスターには、
ラクで華のあることだけをさせたい、
地味で面倒なことはお断りというプロデュースとは
真逆にある。

そして、グループでありながら、
各「個人」に照準をあわせ、「個人」が立っていけるように
引き出していっている点もいいなあと思う。

このスターたちは、足腰がしっかりしていて、
年を重ねるごとに、話せる人になっていきそうな気がする。

水先案内人が、船頭さんに呼びかける。
「そっちじゃなく、こっち! こっち!
そっちは一見ラクだけど、あんたを生かす
水の流れは、こっち!」

自分は、自分の、目利きプロデューサーになれるだろうか?

昔、科学論を編集担当したとき、
最後にこんな言葉がでてきたのを、今もよく思い出す。

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「私はこれからどこへ行けばいいの?」

「それはどこへ行きたいかでちがうさ」


(『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル)

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自分が、この時代を泳ぎきるのに必要だと思う力を、
自分でいくつかあげてみる。

まず、「自分の頭を動かしてものを考える力」。

暗記と応用でなく、
正解のないことを自分の頭で考えるには、
「問い」が立つことが、出発点だと思う。(問題発見)
次に、さまざまな角度から見て、(多角的考察)
それを筋道立てて、検討していく。(論理的思考)
そして自分なりの新しい考えを打ち出す。(独創性)

このうちベースになるのが、
「問題発見力」と、「論理的思考力」だと私は思うし、
この二つの基礎をつくるには、
トレーニングが必要だと思う。

それから、「歴史認識」。
それも、「流れ」や「関係」としての歴史を、
つかんでいくことが大事だと思う。
あまりにも日々いろいろなことが起こり、
背景の違う人たちとつきあっていく今、
「今」という点だけで、背景なしに考えていると、
どうしても発想が薄っぺらで、
外に対して積極的になれない。

そして、「自己表現力」。
言葉でも、何か仕事でも、アートでも、
なんでもいいのだが、何かひとつ、
自分の内面を表し、
人に伝える「手段」をもつことと、
継続して技術を磨いて、
それに「熟練」していくことが必要だと思う。
ある日、突然、
ピアノがひけるようにはならないのだから。

他に、「コミュニケーション力」。
五感を働かせて、
相手が本当に言おうとしていることを
ちゃんと受け取り、
ちゃんと自分の考えを返していけるように。
これは、文章、口頭、それから体や表情など、
いろいろな筋肉をつかって。

肝心なのは、
これらのことを「お勉強」として、
通り過ぎてしまわないことだ。

そのために、「情熱」というか、「動機」というか、
自分の心に、火種のようなものが必要だと思う。
火種は、「何かが好きでたまらない」
「何かをよくしていこう」、
というポジティブなものだけでなく、
「考えずにいられない」
「わからないから知りたくてたまらない」
「今に不足があるから、なんとかしたい」
というような、切実なものもある。
自分からわきでる想いに忠実に、
動機のあるところで、
力をつけていくことが肝心なのだと想う。

そして、学んだことを実行する身体と生活をつくり、
持続させていくことが大切だ。

他にもこんなふうに、必要だと思う力や条件を、
各自それぞれに挙げて、自分で方法を考えて、
身につけていけばいいのだと思うけど、
なにしろ、時間には限りがある。
何を優先するか? 何を捨てるか?
選択するためには、自分を伸ばす方向性、つまり、
「自分がどこへ行きたいか?」が必要になってくる。

自分を振り返ってみても、自分を育てる方向性は、
2回くらい変わったように思う。

高校から大学、それから企業と進んだ自分は、
ほとんど、何も考えていなかった。
なんとなく「目的達成」みたいなことで、
日々を送ってきたように思う。

高校にいるときは、
とりあえず「受験合格」みたいな目的を立て、
それに向かって、まあ、がんばる。
達成されたら、喜んで、
目的は達成してしまうと、向かうものがなくなるから、
しばらく弛緩して、
また、当面の目的を立てる。
次は「卒論」とか「就職」とか、就職したら今度は、
仕事で、次々に掲げられる目的をクリアする。

「目的達成」に信を置く、自分のプロデュース。
これは若い自分にとってはよかったと思う。
こうやっていくと、本来なまけものの自分でも、
かなりがんばれた気がする。

ただ、この欠点は、
目的達成のためにがんばりすぎてしまい、
今を犠牲にしつづけるようなことになる点だ。
目的には、できるだけ早く、
効率よくたどりついた方がいい。
すると、目的が達成されないとか、
失敗、回り道することは、
単に「挫折」ということになってしまう。
だから、「目的達成」だけの生き方だと、
どこか、ポキン! と弱いなあ、と思った。

ちょうど教育という現場にいたせいもあり、
仕事をはじめて5年目くらいからだろうか、
「自分の成長」みたいなことに、
水先を向けなおしたと思う。
「成長」に信を置く、自分のプロデュース。
たとえば、Aという道とBという道があるとき、
どっちの方が、自分は成長するか? 
と考え、それを優先させてみる。
すると、「失敗」は単なる「挫折」ではなくなる。
自分をみつめ直す契機になる。
目的達成には「無駄」に見えたことも、
「無駄」ではなくなる。

企業で、次々とかざされる高い目的は、
相当にプレッシャーだったが、
それに足を絡めとられたり、
自分を見失ったりせずに済んだのは、
この方向性が自分に合っていたからだと思う。

そして、今、独立してからの私は、
「自分の潜在力を生かす」ということに信を置いて
自分をプロデュースしている。
これまで、編集という一筋の道で
経験や技を積んできたことは、
自分なりの成長があった一方で、
つかわない筋肉も増えた。
環境が変わり、仕事のスタンスが変わり、
未知のことをやるとき、心底困っている自分がいる。
この歳になって、子どものように
困り果てている自分を見るのは、
贅沢なことだ。
そこを通過する時、眠っていた自分の力が目を覚ます。
これは、とても、面白い。
AとB、二つ道があるとき、どちらの方が、より、
自分の今まで使っていなかった潜在力が生かされるか?
私は日々、そんなことを考え、いらないものを捨て、
いるものに、貪欲なまでに向かっている。

絶対無理とは思うが、死ぬまでに、
自分がまだ使っていない、頭と心、身体の筋肉を
全部生かして、一通り使ってみて死にたい。
これから変わるかもしれないが、少なくとも今の自分は、
「山田さん」をそういう目で育てている。

「私はこれからどこへ行けばいいの?」
「それはどこへ行きたいかでちがうさ」

あなたは、今、自分をどこへ導こうとしていますか?





『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
山田ズーニー著 PHP新書660円

内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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2002-07-31-WED

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