YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson96  「見えない衣」

「たとえば、店頭で、
インスタントラーメンなら、インスタントラーメン売り場、
ビールならビール売り場へいってみてください。

パッと見て、もうすでに大体買うラーメン、
買うビールは決まってしまいます。
一般の消費者も、ラーメンやビールだと
選択にそんなに時間をかけていません。

僕は、よくスーパーとかコンビニにいって、
みんなが買うところを観察するのですが(中略)

ちょっと大げさなようですが、
みんなが取る商品は、
ちょっと光り輝いているように見えました。

僕は、その光り輝くオーラのような存在を、
自分では「見えない衣」と呼んでいます。
そして、この見えない衣を作りあげることにCMが
かなりの役割を担えるのではないかと考えたわけです。」
(『佐藤雅彦全仕事』マドラ出版から)


手にとる前に、何を買うかは決まっている、
私は、この現実にクラクラしました。
いまから、8年以上も前のことかと思います。

私たちは、透明ケースに、
ずらりと並んだビールを全種類、手にとり、
価格やいろんなことを比べてみて
ましてや、飲んで味をきいてみて、
その後、どれにしようか決めているのではありません。

パッと見て決めている。
いや多くの場合、ショウケースに立つ前にもう決まっている。
ビールがまとっている見えないものを観てる。

ふだん自分がなにげなくやっているこの行為も、
ものをつくって売る立場に立ってみると、
クラッとするほど厳しい現実です。

しばらくして、これは、人間も同じだなあ、と思いました。
人とビールを一緒にするのも乱暴ですが。

例えば、会議で発言が通る人。

みんなが、すべての人の、
すべての発言を聞き終わって
どれにしようかなと考え、
「あの人の、あの発言を支持しよう」と
後から決めるのではありません。

会議がはじまって、ほんの短い間で、
あの人の発言を支持、
あの人は論外、みたいなことが、
みんな、それぞれの胸の中に形成されてしまいます。

いいえ、それどころか、
話はじめる前にもう、決まっている。

「A氏は、優柔不断でどっちつかず。」
「Bさんは、客観的だ。」
というように。

そして、みんなを引きつけ、影響力を発揮し、
主張が通る人がいる。

そういう人が、話はじめると、
それまで、しれっとうなだれていた人も、
じっと注目する、
みんな、「うんうん」とうなずきはじめる。

いやそれどころか、
その人が、口を開き、話はじめるまえに、
もう、場内、聞く構えができている。
「あっ、Cさんだ、核心をついた、
いいことを言うぞ、聞き漏らすな!」というように。

Cさんは、「見えない衣」を着ているのです。

そういう雰囲気の中で、Cさんが語れば、
たとえAさんと同じ内容を言ったとしても
影響力が違う。で、ますますCさんの主張は通りやすくなる。
主張が通るから、また影響力が増す、
いいスパイラルになっていきます。

人数が多く、淘汰の激しいところでは、
企画が通ったり、動きやすくなったり、ということに、
この「見えない衣」が少なからず影響している。
どうしたら、発言する前に、みんなが自分の話を聞きたい、
という空気をつくれるのか?
どうしたら、企画書の表紙を開く前に、
「あの人の企画だ、まちがいない」と思ってもらえるか?
そこから勝負はもうはじまっているのです。

「見えない衣」をつくるものは何だろう?
もちろん、時代とか、運とかもあるだろうけど、
ビールがCMの努力で何とかなるように、
自分の努力で、結果的に形成されていく部分が大きい、
と私は思います。

日ごろの、立ち居、ふるまい、ファッション、表情。
情報発信、人とのかかわり、リアクション、貢献、
何をめざして、どう生きてるか、それをどう伝えてるか?
それら全ての積み重ねが、
結果的に人への心象をつくり、評判になり、
ふたたび、「見えない衣」としてふわふわと
自分の身体に舞いもどっている。

動きやすくするも、身体をしめつけるも、自分次第。
動きやすくしたいなら、やっぱり努力。
そう思います。

自分を偽って、自分以上に、人によくみてもらう気は、
まったくありません。そんなのまっぴら。
そうじゃなく、もともと自分にある良さの中から、
「自分のどの面を見せるか?」だと私は思うのです。

「見えない衣」には、
プラスとマイナスがあります。
おおきな企業の部長さんや課長さんが、
部下を語るのを聞いていると、
「あいつは、だめ。」
みたいな見切りの速さに、ガクゼンとすることがあります。
かと思うと、絶大な信頼を寄せていることが
伝わってくる部下もいる。
「ああ、上の目からみたら、社員はそんな風にうつるのか」
と発見が多いのですが、ときどき「?」と思うのです。

上司から見たら、輝くプラスの衣を着ているのに、
同僚からみたら、そうでもない人や、
逆に、上司からマイナスの衣を着せられているのに、
同僚や部下にはすこぶる評判のいい人も、中にはいるからです。

何だろう? このギャップは?

忙しく人数の巨大な、大企業では、社内メールが徹底し、
メールですませられるやりとりは、
ほとんどメールですます。
「同じ部内なのに、そういや会ってない。」
なんてことが起こりつつあります。
メールを観て、顔を見ない。

これ、進むと、「データを観て、患者を見ない」
医療に似たことが起こるんです。

お医者さんが、たくさんの検査データをじっとにらんだまま、
「大丈夫、どこも悪くありませんよ」と言う。
そしたら、患者さんが、
「先生、こっちを向いてください」
お医者さんがふりむくと、患者の顔は、真っ青だった。

つまり、メールは断片で、足し合わせても、
決して相手の全体には、ならない。
なのに、現実には、上司に送ったメールや文書、
その断片の足し算が、
上司の部下への心象を形成している。大きく左右する。

いつだったか、
大企業のメーカーで課長をしている友人と食事をしたときです。
そのとき、友人は、大胆な組織がえをし、
ちょうど、人事異動や退職希望を聞く時期とも重なったそうです。

で、朝、友人がメールを空けたら、
そこには、びっしり、こんなメールたちが、

「はっきりいって、今度の仕事、私のキャリアに合わないと……」
「あの人がリーダーになった理由をご説明いただきたい………」
「課長は、負け戦を承知でやれとおっしゃるのでしょうか………」
「今度の席、タバコの匂いで能率が落ちます………」
「実は、退職も視野にいれたご相談を……」
「課長、こんな時ですが、ミスが出ました……」

小論文をやっている私は、瞬間、
それらのメールの根本思想のイメージが浮かびました。

受信BOXには30通の新着メールがあります。
1. 不満
2. 不満
3. 不満
4. 愚痴
5. 深刻な相談
6. 不満
7. 不満
8. ミス報告
9. 不満……、
うわあ、これ、たまらんなあ、と思ったのです。

ふつうの時だって、
ミスが起きたか、
手におえないトラブルが起きたか、
会社のやり方にこらえきれない不満があるか、
手柄をたてたから、褒めてくれか、
はては個人的な相談事まで、
課長って大変だなあと思いました。

で、課長のところで、考えて
どうにもならない重大なことだけが、
部長に上がる。
まるで、目の荒いざるで濾すように、
ふるいにかけられて。
だから、部長の受信箱は、

1. 課長ではとても手に終えない不満
2. とっても深刻な相談
3. とっても深刻な不満
4. とっても深刻な不満
5. とっても深刻なミス報告……

だったら、その上の本部長の受信箱は?
役員は? 社長は?

考えただけでも、ぞおおおおっとしました。
人間、自分のことをいちばん大事に考えますから、
深刻さは増しても、根本思想は変わらず、
部下の「助けてくれ」か、「自分を認めてくれ」。
上の人だって、そんなのばっかだったら、うんざりです。

そんなイメージが、頭に浮かんでいった、
次の瞬間、クラッときました。
「よほどのことがないと……」

そうか、ミスかトラブルか、手柄か、
何かあったときしか、
上司とマジなコミュニケーションとってない!

入社して10年目にして、
わたしは、やっとそのことに気づいたのです。

その人の全活動が100%として、
上司に告げるほどのトラブル、成果は10%だとする。
残る90%は、ふつうの仕事生活です。

10%の異常と、90%の日常、
どっちがその人でしょうか?

しかし、上司とは、平素コミュニケーションも
飲み二ュケーションもとらず、
深刻なミスを起こした時だけ、コミュニケーションするとしたら、
上司が部下に持つ心象はどっちでしょうか?

例えば、20年ノーミスでやってきた社員のDさんが、
はじめてミスをおこしたとします。
その社員を20年ずっと観てきた部長と、
そのとき、たまたま転部してきた部長と、
Dさんの心象は同じでしょうか?

20年のコミュニケーション分の1のミスと、
初めて、たった1回とったコミュニケーション分の1のミスでは、
情報の占有率が違います。

「そんなこと言われなくても、
平素のコミュニケーションが大事なことぐらいわかってるよ。
うちには日報だってあるし、日々の報告義務だってあるから。」
と言う人がいるかもしれません。

でも本当でしょうか?
何もない日の報告は、つい忙しさにかまけて怠ったり、
報告に気合いがはいらないのではないですか?
何もないんですから。

第一、「平素のコミュニケーション」って何?

深刻な話題満載のメールボックスを開く上司に、
平穏無事な日常を書いても印象に残らないどころか、
「こいつのメールはいつもしょうもない」
と、マイナスの衣を着せられかねません。

10%のミス・トラブルでもなく、自慢でもなく、
90%の日常の自分や自分のチームのあり方を伝える。
しかも、惰性の日報のように読み飛ばされず、
マジで上司とコミュニケーションをとる。
これにはどんな方法があるでしょうか?

これを長期の宿題とします。
答えは自分の中にあります。
つまり、自分はどんな「見えない衣」をまとっていたいのか?
知っているのは自分自身ですし、
それによって、どんな方法をとるか、
ちがってくるからです。

ヒントは、先にあげた上司のメールボックスにあります。
あの中の根本思想にないもの、
あの中で、新鮮さを放つのは、どんな根本思想でしょうか?
あなたが課長さんだったら、どんな情報が足りないか、
考えてみるのも手です。




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山田ズーニー著 PHP新書660円

内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの
痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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2002-05-15-WED

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