YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson56  孤独という身体の教養

孤独の反対語は?

宇多田ヒカルさんがホームページで
そんな問いかけをしていた。
あなたは何だと思いますか?
あなたが、どう考えるかとても興味があるので、
答えを思いついたら教えてください。

孤独の反対は「無知」?

宇多田さんは、そんなことも言っていた。
わたしも、答えはそっち方面にあるような気がする。
思考停止、とかそんな感じ。

自分の頭でものを考えよう、
自分を生きよう、
そう思ったとき、深い孤独が訪れる。

孤独は怖いものでも悪いものでもなく、
創造の母であり、
生きる歓びへと自分を押し出してくれるものだ。
人に伝わるものを書こうと思ったら、
孤独とはよくつきあわなければいけない。

ところが、せっかくの孤独の機会を、
うまくキャッチできず、
結果、「寂しい人」が増えているのではないだろうか?

今日は、「孤独」について、「寂しさ」との違いから、
あなたと一緒に考えてみたい。

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学生でなくなった自分

4月の1日に、ついに学生卒業を果たした。

夜になると、翌日に向けた、
学校で披露するためのギャグを考えることがある。
しかも、学校を卒業したことに
5分間くらい気付かずに、考え続ける。

5分後に自分が卒業したことにやっと気付く。
静かな空間で、静かに重要な事に気付く・・・。
これほど空しい事はない。

    (名無権兵衛くん『中卒でいいんじゃない』より)
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高校進学を選ばず、映像クリエーターになるため、
単身アメリカに行く少年の連載が「ほぼ日」ではじまった頃、
私も企業を辞めて独り、生きる道を探しはじめた。

私もしばらくは、
朝起きて、会社用のテンションになった。
フロアに100人以上ひしめく人の中へと、
身体のあちこちが、
編集のイメージに向けて、
準備をしているのがわかる。

会社員ではなくなった自分は、
かつてない孤独を味わうようになった。
孤独のとらえ方はいろいろあるけれど、
そのうちのひとつの側面は、

人と共通の目標がない

ということではないかと思う。
自分は、いままで船を乗り継いで生きてきたようなものだ。
家族という小船から、
小学校・中学校・高校・大学という大きな船にのり、
そこから、企業という巨大な船に乗り換えた。

そのときどき、
船の中で、はみ出したり、反抗したりしても、
船全体は、大きな一つの目標に向かっていた。
みんなと共通の目標。
その状態は、あたたかく、
心が安定する。
しかし、2000年4月、
私は、船から飛び降りた。
たぶんこのまま進みつづけると、
船の行く先と、自分の行きたいところのイメージに
開きがでるんじゃないか、
と思ったからだ。
つまり、オリジナルの行き先を探しにでた。
これは、きわめて自由なことだと思う。

飛び込んでみると、
そこは真っ暗な海。
独り、自分の感覚だけを頼りに
泳いでいかなければならない。
まだ自分の目標さえ形にならないのだから、
だれ独り、目標を分かち合う人は存在しない。

だから、不安になるのはあたり前。
孤独になるのもあたり前、それがわかったら楽になった。

あなたも、
別に組織を離れたりしなくても、
常識や、受け売りや、みんなの考え方ではなく、
自分の頭を動かして、
自分で考えようと思ったとき、
また、あるイメージをもって、
何かつくろうとして形にならないとき、
孤独になることは、ごく自然なことだ。
形になるまで、他者と目標をシェアできないからだ。
怖いことでも、はずかしいことでもない。
だから、孤独は虚心に迎え入れ、
不安には立ち向かわなければいけない。

これと反対に、
つねに独りであるのを恐れ、
みんなとともにあろうとして、
あれないのが「寂しい人」ではないだろうか?

自分であるために引き受ける独りと、
みんなであろうとして満たされない独り、
この二つはずいぶん違うように思う。

あなたの独りは、どちらだろうか?

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たまには何を持ってしても
満たされる事がない日もあります。

丁度夕暮れ時。
今、自分が何をすれば満足するかを考えました。
今出来るあらゆる可能性を探してみても、
何もひっかかるものはありません。
なので、今出来ない事から探してみます。
それでも、なかなか見つからないものです。
         
          (名無権兵衛くん『中卒でいいんじゃない』より)

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独りの時間の中で、
わたしもよく自分と対話した。
何を待っているのか?
どうすれば満たされるのか?

独りぽっちの時間を、
孤独というか? 寂しいというか?
この別れ目は自分との向き合い方にあるように思う。

寂しい人は、
自分との対話を避け、さまざまに気をまぎらす。
だから、人とつき合うとき、
他者の中に、自分を探しているような気がする。
結果、自分に似たものしか愛さない。

孤独な人は、
自分の考えや存在を充分に見つめる。
だから、もう他者に自分の影を探す必要はない。

結果、自分とは違う「他者」を心から求める。
だから孤独の底は他者とつながっている。
そこに希望がある。

あなたは孤独な時間をどのように過ごしていますか?

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2001航海時代

最近は、大きな船から、飛び降りてくる人も多く、
独り泳いでいる人も少なくない。

そういう人同士が、時折でくわすと、
「やあ!」と瞬間通じ合う。
そして、またそれぞれの方向を目指して泳いでいく。

ときどき、自然に泳ぐ方向が同じ人と会い、
しばらく一緒に進むこともある。
それでもやっぱり岐路がきて、
また、それぞれの道に別れていく。

自然に方向がかさなる仲間と、
いっしょに船をつくっていく人もいる。
自分で造った船に、「やあ、それはいいねえ」
と賛同者が乗り込み、助け合って航海をはじめる人もいる。

一生そのまま独り、泳ぎつづける人もいる。

そういう独りや、小船や、大船が、
時々、ある目標のために集まって協力し、
何かをつくって、また散っていく。
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いま、社会に共通の目標というものは見つけ難いから、
その意味では、どこにいても、だれもが孤独だ。

逆に、「お!いいねえ」という目標を発見した人は、
自然に仲間が集まったり、
個人や、グループや、企業や、さまざまなところと手を結んで
面白いことができるんじゃないだろうか。
不安でも、自分の目標が醗酵するまでねばろう。
寂しさに負けて、孤独を手放すのは、この時代に惜しい。

あなたは、目標を自家発電できるだろうか?

2001-08-08-WED

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