YAMADA
おとなの小論文教室。
感じる・考える・伝わる!

Lesson18 絶対価値
----ダスティン・ウォング 17歳の場合----


あなたには、「だれが何と言おうと美しい」みたいな、
自分の絶対的なモノサシってありますか?

今日は、あなたと「絶対価値」について、
考えてみようと思います。

社会や人を基準にするんじゃなくて、
自分の体内磁石のようなものが、
何を美しいとし、何をイヤだと言っているのか。
それに耳を傾けること。

また、人に流されないで、
自分の体内磁石をより素適に育てていくこと。

これらは、やりたいことを発見・実行する基礎です。

自分の絶対価値みたいなものが、
ない人はいないと思いますが、個人差はあるようで。
例えば、会社で、商品のダミーが、
何パターンか上がってきたような時に、
自分の目と耳と触覚で、瞬時に「自分はどれがいいか」
まず、決められる人がいます。
そういう人は、自分が何がよいか知っているので、
柔軟に人の意見と応対できる。

一方、自分の体内磁石が機能しないため、
まわりはどうか? どれが有利か?
みたいに、外から、外から判断しようとする人は、
状況によって、ぐるぐる、意見が変わるし、
甲羅で固めたカニみたいに、人の意見を受け付けない。
何しろ、自分で自分はどれがいいかわからないんですもの。
これは、はたで見ていても不自由です。

自分だけの独特の世界や、基準をもっていて、
だから、ふるまいがかろやかで、
周囲に落ち着きを与えられる人、
あなたのまわりにはいますか?

私のまわりにも、いいお手本となる人がたくさんいます。
今日は、具体的な人物に逢って、考えてみましょう。

私は「絶対価値」という言葉を聞いて、すぐ、ある少年を
思い出しました。1年半前のことです。





これが、16歳の時のダスティン・ウォングくん。
彼に会ったときに強烈に焼きついた言葉があります。

アートは「自分」の暗号

毎日、毎日、絵を描いて、自分の暗号をしている。
解読率はまだ1%だと。

絵で、自分と深く
コミュニケーションしているからでしょうか。
彼の言葉は、自分の内からゆるぎなく出て、
まわりに不思議な安らぎを与えていました。
あれから1年半、今、17歳、彼はどうしているだろうか?
自分の暗号の解読率はすすんだろうか?

彼にとっての絶対価値は
どんなふうにつくられていってるのだろう? 
さっそく彼にきいてみましょう。


ダスティン・ウォング君へのインタビュー

●自分の暗号は、進んだか?







----ズーニ―:こんにちは。
「アートは自分の暗号」という考え方は、
あれから1年半、どう変わった?


ダスティン:うーん、あの、ひとつ本を描いた。
でっかい本を描いたのね。
描いたっていうか創ったっていうか。






----おおおーぉ!!!すごい! 

(笑)去年の夏から、今年の3月ぐらいまでかかって。
すっごい、7ヶ月ぐらい。

----これ、製本はどうしたの?

なんか、大辞典みたいなやつで。
家にあって、だれも使ってなかったから、一つとって。

----辞典そのものに描いた…そうか綴じる必要ないんだ!






して、それ書いてるうちにね、すごい、なんか、なんかもう、
狂っちゃったような気がする。頭が(笑)。
なんか、もう…、もうだめだ!みたいな。
なんかねーすっごいダウンになっちゃう。
なんか俺ってこんなやつだったのか、みたいな。
だから、終わったら、何ヶ月も見てなかった。
見ようとしなかった。ちょっとハッピーな時もあるけどね。






----これやろうと思ったときの自分は?

もう、やるよ! みたいな。絶対やってやるって。
なんか、アイデアはあったんだ…。
こういう本を一冊つくって。
全部終わった作品として、1ページ、1ページ。

----これをやってる時は何を考えてるの?

何も考えてないと思う。はじめようかな、ってやると、
気づいたら、終わってたりする時が多い。
集中と、集中してないのと、まざってる。
口でいうのむずかしいんだよね。
ぼーーっとしながら描いてる、でも集中してる。
「よけいなことを考えない」のかな?
音楽、流れてるんだけど、音楽聞こえない。








----もう、だめだーみたいに思うときってなかった?

スランプとか? うん。やだよね。
紙に向かって、描こうとしてもさ、何も描けなかったり。
いちばん悲しいよね。
もう、何でもいいから描こうとすんだけどね。
終わったやつ見ても、ムカツクのね。
だめじゃん、これ、みたいな。
だから、そういう時は、3日間くらい休む。
ブレイクがいる。燃え尽きちゃうもん、やりすぎちゃうと。
ヤバかったもん、真ん中のへん。

----そのままそっちいっちゃったらどうなるの?

死んじゃうんだろうね(笑)!!







----表現のために自分に課していることは?

…遠慮しない。遠慮はしないようにしてる。
全部、引き出すことにしているから。
だから、もう絵、描くことで全部、その紙に出そうとするから。







----―人の絵を見るのも好き?

うん、大好き! でもね、すごい、ときどきヤなんだよね。
くらべちゃうんだよ。自分のものと、人のものを。
それってすごい、気持ち悪い気分なんだよ。
なんか、俺のほうがみたいな、
そういうアティチュードになっちゃうと、
自分をなぐりたくなっちゃうからね。
そういうの、ほんと、考えたくないんだけど。だめだよね。

----それは悪いことなのかなあ?

僕は、悪いものだと思うね。
だって、人の絵みるとき、
その人の絵だけを考えて見てみたいじゃん、
なんか、その人として、集中して見たいから。
自分をあんまし、入れたくない。なんか、まぜたくない。







----「自分の暗号」は進んだ? 

うん。進んだね。絶対すごい、自分を受け取ることができた。
トラウマティックだったね。この本はちょっとヤバイね。
自分をもう好きでもきらいでもない。
もう、受け取っちゃったみたいな。
すごい、裸になった気分だけど。

----自分の存在にもう、迷いはない?

でも、あるよね。人って変わるから。
新しいこといっぱい出てくるから。
自分自身、アティチュ―ド・プロブレムとか。
自分のことしか心配しない、他の人のこととか心配しない、
そういうシンプルなものだけどね。
そういう時は、人としてやっぱり、
人の気持ちをもっと取ろうとして、変えたいし、
もっといい人になりたい。何も考えないと、
やっぱりまた関心が自分にもどっちゃうから。


●ぼくとアート

アートは自分がここにいるサポートだからね。
それがなくなったら俺は、どうなっちゃうんだろ? 
もう、ミッションなのかなあ? 
やんないと、世界がこわれてしまう。
頼ってるね、絵に。
弱いからね、ぼくは、精神的に。
自分、すごい救ってるからね。
人の関係とか、勉強とか、それでも
なんか絵かけることだけで救われるから
「あ、大丈夫だ、絵描けるよ」って。
自分ってまだ、絵とコミュニケートしてて、
自分しか伝えてなくて、今は、ただ
ちっちゃなプロジェクトで、楽しんでるだけなんだけどね。
真剣なプロジェクトはまだやってなくて。
ただ、あと、もう一冊、やると思うけど。本創るのを。
アートのためになんか吸収しようとするのって、
それって偽者っぽいよね。あるがまま。
アートはただ極一部だから。
楽しんでしんで生きられれば、ゆっくりと。
それがぼくの、ゴールだから。
ハッピーになれれば、それでもう充分だから。


●ぼくのゴール

けっこうシンプルだね。静かなところに住んで、
ちょっとだけ、お金もってて(笑)、
絵描いて、結婚できてて、
ときどきいろんな人に、絵とか見せて、友達とかいて、
…して、もう充分。
それが変わってちゃうようでなんか恐いから。
これを保ちたいから。
別に、金持ちにはなりたくないし。
この夏、アメリカのサマースクール行ったときには、
いい会社に行って、絵を売るみたいな、
そして、大金持ちになってとかそういう人が絶対いた。
何でだろうね、よくわかんない、何でそうやって?
金持ちになっても、どうってことないじゃん。
だって、ビルゲイツとかさ、あんなに金持ちになってさ、
ただ困ってるだけじゃん。
いろんな人から、ぺちゃくちゃ言われて。
やっぱり、一番大事なのは、人と、ナイスな関係で。
好きなことが、おんなじとか、ユーモアが、同じとか。
一緒に遊んでれば、なんか、いい関係になっていくと思う。
いっつもしゃべってたりとか、
一緒にごはん食べる、一緒に映画みたりとか。
いろんなことをいっぱいやってればもう、
関係はそうやってできていくし。


●進路

僕の行きたい大学(アメリカ、アートスクール)は、
4年間に1年間、休みが取れるから、
入ったらさっそく休みを取る。
絵とかだったら自分でもできそうじゃないのかなあ、
自分で自分をティーチできるって、ちょっと思っちゃって。
学校で最初ならうより、なんかもっと、
自分で絵描いて、いろんな旅に出て、そっからいろんな…、
まわりから受け取っていっぱい。
そうやって、やってみたかった。なんか…、
なんかこう大切だと思ってね。

1年間、日本、旅してまわって、北海道から沖縄まで、
自転車でまわって、わかんないけど、
各駅電車とか、最後、沖縄着いて、泳いで。
絵描きながら、絵売りながら。
さいごはもう、すごい、ぼろぼろだろうね(笑)。
環境から、ならってみたくって、いろんな違う環境。
そこにあるバイブレーションとか、受け取って。
そこから、インスピレーションとかもらいたいから。
アーティストだからじゃないよ、ぼくは人間に逢いたいんだ。




ダスティン・クラレンス・ヒデトシ・ウォング
ハワイ生まれ、日本育ち、17歳



●あとがき

かなりむずかしい、抽象的な質問をなげかけても、
ダスティンくんは、答えを他から探して、
目を泳がせるようなことはありませんでした。
時折、言葉をつまらせることはありましたが、
答えはもう自分の中にある、
それを引き出す言葉を選んでいるという感じでした。
中学の時から、アートによって
自分の暗号を解き続けている。
ダスティンくんは将来に対しても、
むやみやたらに夢を広げない。
自分がしあわせになるのに必要ものを
シンプルにつかんでいる気がしました。自分を知っている。

私は、なにか、遠回りをして、
余分なものをいっぱいはりつけて
しあわせに到達しようとしているのではないか?
今、すごく友だちになりたい人がいるなら、
その人に電話するとか、
会いに行ったほうがはやいのかも。

なぜだろう? 
仕事でがんばって、立派な人になって、
それからその人に会いに行って…なんて考えてしまう。
この思考回路はどこから生まれるのだろう?
というようなことを考えていました。

アートをやるやらないに関係なく、
自分の絶対価値とコミュニケートする時間は
だれもが持っているような気がします。
私にとって、
ダスティンくんの絵に相当する時間はなんだろう?

あなたの絶対価値は、
いつ、どんなふうに築かれているのでしょうか?

mail→ postman@1101.com

*最初の16歳の時の写真のみ、撮影 BRUCE OSBORN

2000-09-27-WED

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