体温のある指導者。藤田元司。
悪ガキから、慕われるリーダーに。
(「これでも教育の話」より)

 あれは、まちがいでした







・野球は、1球ごとに<結果>がでる。
 それは、一方にはごほうびとして、
 もう一方には罰として。
 まずストライク・ボールという
 小さなゲームがあるわけだ。
 その球をバットに当てた瞬間から、次のゲームだ。
 セーフかアウトかというゲームに移行する。
 例外的に試合をストップさせるホームランもある。
 走者が塁上に出ると、彼がホームに戻ってきて
 得点するかしないかというゲームになっていく。
 そして、どちらの得点がより多いかで、
 勝ちと負けという結論のでるゲームになる。
 そしてさらに、もっとも多く勝ったチームには、
 優勝という総合的な<大ほうび>があたえられる。
 つまり、ストライク・ボールだけのミニゲームが、
 段階を踏んで、優勝という大きなゲームに
 展開していくわけです。
 だから、勝敗だけをニュースで知って一喜一憂している
 お気軽な野球ファンのことを、
 現場で一球ずつ見ている人々は、やや馬鹿にするわけだ。
 野球は、どの時間軸で切り取っても、
 必ずゲームのかたちをしている。
 これは、ゲームの作り手としては感心せざるを得ないです。


      1999年9月12日の「ほぼ日」今日のダーリンより







(※半月のあいだ、ご愛読くださり、
  ほんとうにありがとうございました!
  いよいよ、今日で、対談部分は最終回です。
  
  現在、質量ともに、
  すばらしいメールの数々をいただいているところです。
  「人生論も含めるようなチーム論」については、
  いろいろな方が、いろいろなところで、
  試行錯誤したり、たのしんだりしているのだなぁ、
  と思いながら、メールを拝読しておりました。

  今日は、名将・知将と呼ばれる藤田さんでさえも、
  「とてもたくさん、失敗をしたんです」
  とおっしゃっている、その部分をうかがいます。
  先人が、ふりかえってつくづくと反省すること、
  というのは、あとの人にも参考になるのではないか。
  そう考え、敢えてその部分をうかがいましたし、
  掲載させていただくことに、いたしました。
  では、どうぞ、お読みくださいませ!)



糸井 藤田さんは、後悔していることも含めて、
率直におっしゃるところがスゴいなぁと思います。
「まだ、痛みを忘れていないのだなぁ」と言うか。
藤田 あ、そうですか。
たとえば、ぼくが数失敗しているうちで
大きな失敗は、
中畑をファーストへまわして、
原をサードにまわしたこと‥‥。
これはいちばんの間違いでした。

性格やタイプからいって、
原がファーストタイプなんですよ。
中畑がサードタイプなんです。
あれは、ぼくがミスして逆にしちゃった。

もしも原をファーストで
中畑をサードに入れていたら、
もっと、チームが勝てていたと思います。
これだけはまだ本人たちに謝っていませんけども、
あれは、まちがいでした。

サードというのは、攻撃型の人でないと‥‥。
たとえば、長嶋とかね。
ファーストというのは、受け入れ型の、
今でいえば松井とかね、
そういう人がファーストをやればいいんです。

だから、そういう
性格とか技術が当てはまってる
ポジションをきちんと見つけて、
打順にしても、きちんと当てはめていくと、
チームは、充分に、いい結果を出せますから。
糸井 適材適所って、
ものすごく大切なことなんですねぇ。
藤田 ええ。そうなるでしょうね。
糸井 台湾から来た選手だとか、
クロマティだとか、いろんな選手がいたけど、
どうとらえていいかわからないその人たちを、
藤田さんは、ぜんぶを
ちゃんと見ているような気がしていました。
藤田 でも、キツイことも、やっているんですよ。
糸井 どんなことを、やったんですか。
藤田 今の台湾の選手なんかは、
「同じ失敗を2回するな」と言っていたのを
3回失敗したから、帰しちゃったんですよ。
糸井 あ‥‥そういうこともしている。
藤田 それから、西本(聖)なんかは、
ジャイアンツのエースでしたよね。

それを、キャッチャーの山倉が
ナマクラになっちゃってどうしようもないから、
「山倉に、刺激を与えにゃいかん」
と、西本という、その時点のエースで、
トレードなんて考えもしていなかった人を、
ポンと、中日とトレードすることになったんです。
代わりに、中日のキャッチャーの中尾を入れました。

星野(中日監督)のところに会いにいって、
「代えてくれないか」と言ったら、星野はすぐ
「わかりました」と言うものだから代えました。
その時には、ちょっとした悶着がありましたね。
糸井 確かに、藤田さんは、
やるときは、デカく怒りますね。
藤田 その時は、背に腹は変えられないということで、
思いきった決断だったんです。
ところが、山倉が言ったのは、
「ぼくは、中尾さんにはかないません」と。

もう、ぼくはガーッと山倉をつかまえて‥‥。
そんなつもりで、こっちは
犠牲を払っているわけじゃないのに。
刺激を与えるための、重要なトレードだった。
「そういうつもりで言ったんじゃないです」
と、山倉は、あとで言いに来たんですけど、
そのときはもう遅いですよ、カッとしてるから。
「おまえのためにこんなに
 犠牲を払ったのに、何て弱虫だ!」と。
糸井 藤田さん、「弱虫ギライ」ですね、だいたいが。
藤田 まぁ、弱虫嫌いといいますか、
「どんな状態でそうなったか」
というのを何も考えないで弱虫になるのが、
きらいなんですね。


‥‥思い返すと、たくさんあるんですよ、
もうしわけないなぁと思うようなことは。
だけど、心ならずも、やらなきゃいけない。

鹿取(投手・現巨人コーチ)も、
熊本でテレンコテレンコやっていたから、
マウンドに行って
「てめえ、やめろ!」と言ったら、そのまま、
「わたしはもう、ジャイアンツに
 いたくないから、やめさせてくれ」
何回か話したんですけど、絶対にいやだと。

「困ったなぁ」と思ったんです。
鹿取、その時、家を建てたばっかりだったし。
ダイエーからは声がかかってるけど、
福岡に行くのじゃあ、建てた家がもったいない。

東京付近で、
鹿取のことを受けるところがないかなと、
森(西武監督)に頼んだら、
「じゃあ何とかしましょう」と言ってくれたけど。
糸井 それで西武なんですか。
藤田 そしたら、西武で意外にはたらいちゃったんです。
その時に代えたのが、西岡と大久保。
大久保を取ったら、これがえらい活躍をした。
糸井 一時、ものすごかったですよねぇ。
藤田 あの時は会社に行って、
「あいつは月給が安いから、
 少しご褒美を出してくれ」と言いました。

でも、今も後悔しているのは‥‥
その時、払う額をいえばよかったんです。
せいぜい500万円ぐらいの褒賞金を
一時金として「よくやったな」と出してもらおう、
と考えていたのですが、会社側は、
「ワカりました」と2000万円出しちゃった。

そしたら、たとえば、当時の石毛だったら、
「同じようにはたらいていて、自分には何もない」
と思うでしょう?

大久保だけボーンと2000万円‥‥。
これはみんな、雰囲気悪くなりますよ。
チームじゅうで、雰囲気が悪いんです。
いや、これには、まいりました。
糸井 そういうことまで、監督は
考えてなきゃいけないんですね。
「500万円」って言えばよかったんだ。
失敗って、多くのことを学びます‥‥。
藤田 そうなんです。
あとで気がついても、遅いんだけどね。
フロントは、ぼくが直接伝えたものだから、
「めったな額じゃいけない」
と思ったんじゃないですか。

大久保は、その後もよくはたらいたから、
有頂天になっていたでしょう。
糸井 大久保さんは、いまでも
藤田さんのことをうれしそうに言いますね。
藤田 あいつから、やめる時に、
電話がかかってきたんですよ。
「いろいろお世話になりましたけど、
 やめます。決まりました。
 ところで‥‥ぼくにヤセろと言わなかった
 監督は、藤田さんだけです


それを聞いて、
「何を言っているんだろう」
とはじめは思ったんです。でも感謝をされていた。

本人はヤセたくてしようがないんですけど、
みんなから、ヤセろヤセろと言われるから、
無性に腹が立っていたらしいんですね。

ぼくは大久保には、いつも、
「おまえ、その体を保つのには
 うんと走らなきゃいかんなぁ」
と言っていました。
確かに、一言もヤセろとは言わなかった。

大久保にとっては、
「ヤセろ」といわれなかったのは
うれしかったんですね。
ぼくは、走ればやせると思ったんですけど。
糸井 そうか、内容は同じなんだ(笑)
藤田 ええ。

でも、大久保が、やめるあいさつのときに
そう言ったものですから、ますます、
「人の心を傷つける言葉を使っちゃいけないな」
と感じましたよ、その時に。

だから、同じことを言うのでも、違う方向から、
傷つけない言いかたを、しなきゃいけない。
それが、だいじなことだとわかりましたよね。
糸井 ああ‥‥。
やっぱり、そこだけはいわれたくない、
というのが、みんなあるんですよね。
藤田 あったんですよね。


(※ふたりの会話は、
  このあとも、しばらく続いたのですが、
  とてもリラックスした近況ばなしでしたので、
  今回の対談特集に関しては、
  ここまでにさせていただきたいと思います。

  もしかしたら、藤田さんには、いつか、
  お元気な折にご登場いただくかもしれませんので、
  どうぞ、たのしみにしていてくださいね‥‥。
  
  あさっての日曜日と、その次の月曜日で、
  みなさんから届いたすばらしいメールの数々を、
  特集しますので、あとしばらく、おたのしみください)

2002-11-15-FRI

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