アーカイブ 2002/11/11
 
第11回 感情のブレを抑える
糸井 藤田さんは「球界の紳士」と呼ばれながら、
同時に「瞬間湯沸かし器(すぐ怒る)」と、
2つの矛盾することを、言われていましたけど、
「湯沸かし器ぶり」というのはどうでしたか?
藤田 ぼくは、紳士よりも、湯沸かし器の方でしたね。
紳士のほうは、格好だけ遠くから見てたら、
そう見えたんじゃないですかね。細身だったから。
ただ、湯沸かし器のほうは、かなり沸かしました。
糸井 それはプロ野球に入ってから‥‥。
藤田 ‥‥も、続きました。
糸井 ぼくが見ていた時代は、
そういう印象はないんですよね。
藤田 あれは‥‥
怒ると、ぼくも
疲れて不愉快になるんですよ。
で、途中から「これはイカンな」と。
怒らないで済む方法を見つけようと思って、
いろいろ、研究したんですけどね。
糸井 そんなことを研究したんですか(笑)
藤田 はい、研究しました。
何とかして、
怒らないようにしなければいかん。

だから、物の言いかたで、
湯を沸かさなくても済むような言い方は
ないかということで、選手に、
いろいろ話しかけてみたりなんかしたんです。
糸井 そういう姿を、
そばで見させていただいて、
「オヤジ役というのはイイもんだな」
と、ぼくは、はじめて思っていたんですよ。
藤田 そうですか。
やめたあとに、原が言っていましたよ。
「何を言っても
 手のひらの中で遊ばされていました」と。
選手には、そう感じたんでしょう。
割合うるさくいっちゃうものだけど、
ぼくは、言わなかった。
糸井 言わなかったですよね。
冗談ばかり言っているように見えていました。
ところどころで、何かをされていましたか?
藤田 ぼくの場合は、マスコミの前宣伝の、
「藤田は、瞬間湯沸かし器だ」
というのが、行き届いていたと思うんですね。
だから、「いつ湯を沸かすのか」と、
みんなが気にしていたんじゃないでしょうか。
糸井 「コワいぞ」と。
コワかった瞬間というのを、
藤田さん、選手に表現したことはありますか?
藤田 はじめてのキャンプの何日目かに
原をセカンドで育てようとしたことがあります。
ノックをはじめると、カメラマンが
グラウンドの中に入って、パシャパシャ写してる。
原がドロんこになって、ボールをとりに行って
ドタンドタン倒れているそばで、やってるんです。
それを見て、ぼくは瞬間湯沸かし器になりました。

それが、初めての爆発だったものですから、
そういうのを、みんな、見ていたんじゃないですか。
「ああ、やっぱり沸かすわい」
そう思ったんじゃないでしょうか。

ときどきは、沸かしますよ。
そんなにひどくないんですけど、
やることはやっておかなきゃいけないものですから。
怒ることは、あることは、あったんですけど。

でも、そんなに大きなのは
数えるほどしか、ありませんでしたね。
やるときはみんなの前でやるものですから。
糸井 呼び出して怒るみたいなことじゃなくて‥‥。
藤田 バーンとやって、その場で終わりにしちゃう。
あとをひかないように。
糸井 巨人が近鉄を相手にして、
3連敗したあと4連勝した日本シリーズを、
ぼくはほんとうによく覚えています。あの時に、
藤田さんに、おしりを叩かれた覚えがあるんです。
藤田 そうでしたか?
糸井 ぼくは、ショボンとして、
「もう、この日で、終わりかもしれない」
と言っていたのですが、藤田さんはニコニコして
「イトイさんどしたの! 元気ないじゃない!」
ポーンと。

本来、こちらが励ます立場なのに、
いま、負ける寸前にいるはずの藤田さんが、
ニコニコして、ぼくのおしりを叩いたんです。
藤田さんは絶対忘れてるでしょうけど、アレは、
「何、この人! スゴイ!」と思わされたなぁ。

藤田さんは、ああいう危機に立たされても、
まったく平気なほうなんですか?
藤田 いえいえ。平気じゃないですよ。
糸井 平気じゃないんですか。
藤田 平気じゃないですよ。
むしろ、人の倍、めいってます。
糸井 はぁ‥‥なるほどなぁ。
ほんとは、そうだったんですか。
藤田 ええ。どん底です、ああいうときは。
糸井 スゴイなぁ。
藤田さんは、危機に見舞われると、
「命を取られるわけじゃないから」
という言いかたを、よくしていましたね。
藤田 ええ、そういうのはね、
「命までは取られんから」
というところが、最後の踏ん張りですね。
糸井 あ、つまり、それを言っている時は
「命」以外のものはかなり取られているという、
そうとう、キツイ時なのですね。
藤田 ええ、かなりキツイ時です。
糸井 「この試合は、イケルぞ!」
とかということを感じはじめるのは、
やっぱり、試合中にあるのでしょうか?
藤田 だいたい、当てにならんですね、それは。
終わってみないと。
糸井 じゃあ、わからないといえばわからない。
藤田 ほんと、わからないですよ。
10点もリードしていて、
ピッチャーが調子がよくて
シュッシュッシュッシュッ言っている時は、それは、
「きょうはイタダキだな」とは思いますけれど、
それ以外は、2、3点では、わからないです。
糸井 「ほんとは、わからない」ということですか。
藤田 わからないから用心深くピッチャーを変えたり、
これはもう、ウロウロウロウロするわけですよ。
ちょっと1人ランナーを出すと、
次のピッチャーを用意をさせたりする
心境になるわけですね。
糸井 ほんとうは繊細なんだ。
それをドキドキしているように
見せちゃいけないわけで‥‥。
藤田 ええ。
全然気にしていないように、
「何言ってんだ。
 こっちが2点、3点とるのに
 どれだけ苦労してると思うんだ。
 相手だって同じだよ」
そんな顔をしていたら、
選手は割合安心できるんですね。
選手というのは鋭いですからね、
チラッチラッと顔色を見ていますからね。

早い話が「あ、きょうはいかんな」と思うと、
ほんとにイカンのですよ。
糸井 じゃあ、表情に出さない練習が要りますか。
藤田 ええ、そりゃあもう、訓練しなきゃいけない。

だから、監督になりましたら、これはもう、
「大喜び」「大悲しみ」をしちゃいけないんです。
いつも同じような顔をしていないと、
かならず喜怒哀楽が出てしまうのです。

勝ったらバカみたいにわめいて喜んで、
負けたらそこらじゅう蹴飛ばして悲しんで、
とそうやっていると、ちょっとした時に
感情のブレが出ちゃって、
選手に伝わってしまうのですよね。
できるだけ、それを防いだほうがいいと思うんです。
糸井 それが指揮官の務めなんですね。
藤田 はい。
糸井 できるようになるんでしょうかね?
藤田 できるようにしなきゃだめです。
糸井 「なる」どころか、
「する」ものなんですね。
なるほど、「しなきゃいけない」と。
藤田 ぼくはそう思うんです。
人間ですから、
大喜びしたり大悲しみをしたりしたほうが
人生としては、それはいいのかもわかりません。

ひょっとしたら、監督としても
喜怒哀楽をはっきり出してやったほうが
いいのかもわからないですけど、
ぼくの場合は、
それはしちゃいけないんだと思っていました。
糸井 みんなへの影響が大き過ぎるということですね。
藤田 いいときはいいんですけどね、
「悪いときの感情」も
選手に伝染してしまうかもしれない、と。
それは勤めました。
 
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