担当編集者は知っている。



『新・装幀談義』
著者:菊地 信義
価格:¥ 2,310 (税込)
発行:白水社
ISBN-13: 978-4560031605
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数多くの(主に文芸書)装幀を手がけてこられた、
装幀家・菊地信義さん。
「装幀家」という職業がテレビなどで取り上げられ、
よく耳にするようになった現代の、礎を築いた一人です。
手がけた数は、なんと1万冊以上。
お持ちの本のなかに菊池さんの装幀された本がないか
どうぞ探してみてください。
そんな菊地さんは、本書の中で、装幀について
「作品を、本という物に化すためのデザインが装幀であり、
 その目的は、
 本を目にした人の心に、読みたいという思いを起こし、
 真に読むという場へ心をいざなうことである」
と述べておられます。
前作にあたる、名著『装幀談義』から20年、
第一人者としてずっと活躍し続ける著者が、
装幀に対する熱い思いを
本書でも惜しみなく語ってくださいます。
この本を担当された白水社の
和気さんにお話をうかがいました。
(「ほぼ日」小川)


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担当編集者 / 白水社 編集部 和気元


菊地さんの「これ」

読書人口が減っているといわれていますが、
ほんとうにそうでしょうか。
昔、夏目漱石も森鴎外も永井荷風も、
初版発行部数は2千部から3千部でした。
そのくらいあれば、
とりあえず「読みたい」と思う読者には届いたのです。
どこでどういう勘違いが起きたのか、
何万部も、何十万部も出さなければ、
売れる本にはならないということになってしまいました。

ただ、昔と今と違うのは、
昔は作家が、
「はい、これ」
と出来上がった原稿を示し、
書肆の事務員がうやうやしく取りにうかがったのに対し、
今は、書肆の事務員が作家に、
「まだか、まだか」
と催促するようになったことでしょうか。
また、昔は原稿料が「即断即決」で、
お金と原稿が引き替えだったのに対し、
今は「後払い」になったことも、
変化といえばひとつの変化です。

それはまあともかくとして、
本は、とりあえず3千部も出せば充分です。
大きな書店は全国で3百軒くらいしかありませんし、
そこで、それぞれ10冊ずつ売れるなどということは、
まずありません。

さて、菊地さんの話です。
菊地さんが装幀する本で、私にとって印象に残るのは、
たいてい初版が3千部以下と推測される本が多いのです。
それも大手ではない、中小出版社から出された本。
なぜでしょうか。

私は若いころ、
といっても30代の半ばは過ぎていましたが、
筑摩書房から出た菊地さんの『装幀談義』を読んだときも、
そういう疑問を感じていました。
当時はそもそも、装幀家などという職業が、
今のようにはばをきかせているような感じではなく、
菊地さんも書いているように、
どちらかというと、「専門的な職業」として、
認められていない時代でした。

話は変わりますが、
「家」のつく職業はいいですね。
作家、画家、評論家‥‥。
とても専門的なイメージがあります。
調香師、絵師、いかさま師なんていう
「師」のつく職業の人にはひざまずきたくなりますが、
教師は別です。
詩人などという「人」のつく職業は、
もう、おっしゃる通り、お説ごもっともという感じ。
私は編集者ですが、
「者」のつく職業はといえば、
芸者、易者、役者、新聞記者‥‥。
どこかうさんくさい感じで、逆にそこが好きなのですが。

それはともかく、装幀家の話です。
菊地さんの装幀する本で、
比較的小部数のものが印象的なのはなぜか。
そのほうが、装幀の自由度が高いからでしょうか。

『装幀談義』が出たころ、
書店は「菊地本」であふれていました。
大手出版社からの文芸書は、
それも純文学系の作家の本は、
どれもこれもといっていいくらい、
菊地さんが装幀していたのです。
そればかりではありません。
文庫やシリーズのフォーマットも、
よく見ると菊地さんが手がけていました。
どれも手にとってみたくなるような、
独特の雰囲気が漂っていました。

しかし、「これ」という装幀は、
書店のひっそりとした詩集の書棚に、
それこそひっそりと置かれている本が多かったのです。
『装幀談義』では、文字や紙やデザインの、
技法めいた話が語られていました。
でも「これ」について、
なかなか理解することはできませんでした。

その間も、菊地本は書店の平台を占領していました。
編集者としては、
「まあ、菊地さんにお願いすれば安心だから」とか、
「菊地さんの装幀で、ハクをつけておこう」などと、
仕事をこなすという意味で、
「菊地さん、菊地さん」
と、あまり深く考えずに電話をかけるわけですが、
一方で、どうしても「これ」の秘密を、
もっと知りたいと思うようになったのです。

ある日の夜の終電前、
新橋駅のトイレで気持ちよく小用を済ませながら、
ふと隣の人に目をやると、
なんと菊地さんではありませんか。
「おや、こんなところで」
などと、いささかバツの悪い感じでしたが、
「最近、注目している人がいるんだが」
と菊地さんはすっきりした様子です。
ホームに向かいながら菊地さんは、
蜂飼耳、石田千という、
私にとってあまりなじみのない名前をあげました。
「読んだことあるか?」
菊地さんは誇らしげでした。

『踏切趣味』(2005年)

それからまたしばらくして、
蜂飼さんのエッセイ集を刊行できる機会に恵まれました。
装幀はもちろん、菊地さんです。
「ああ、これか」
装幀の打ち合わせと称する酒席の場で、
菊地さんが楽しそうに装幀案を示されたとき、
例の「これ」が、少し分かりかけてきました。
出来上がった見本を目にしたときは、
もう少し、分かりました。

『孔雀の羽の目がみてる』(2004年)
 『空を引き寄せる石』(2007年)


それからまたしばらくして、
ようやく菊地さんから、
『新・装幀談義』刊行の許可が出ました。
いよいよ「これ」の出番です。

菊地さんは過激でした。
あのころ菊地さんの目ざしたことが、
すべて装幀の世界で現実となっていました。
平家物語でいう「見るべきほどのこと見つ」の先に、
いったい何があるのか。

心血を注ぐ、などという今どきはやらないことを、
菊地さんはこの本で過激に書いたのです。
「これ」というのは、実はそういうことだったのだと、
この本の見本を菊地さんに届けたとき、改めて思いました。
でもこれって、なかなか分かってもらえないことでしょう。


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『新・装幀談義』
著者:菊地 信義
価格:¥ 2,310 (税込)
発行:白水社
ISBN-13: 978-4560031605
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2008-04-25-FRI

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