担当編集者は知っている。



『わがままなやつら』
著者:エイミー・ベンダー
翻訳者:管 啓次郎
価格:¥ 1,995 (税込)
発行: 角川書店
ISBN-13: 978-4047916029
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このエイミー・ベンダーは、海外にて、
短編集『The Girl in the Flammable Skirt』を刊行すると、
たちまち書評家たちの絶賛を受け、
ニューヨーク・タイムズ紙の注目の一冊にも選ばれました。
その後も精力的に活動、ベストセラーになるなど
確実にファンを広げてきました。
これは、日本でもまさにそうで、
2003年、管啓次郎さんにより『燃えるスカートの少女』
邦訳されたこの本は、様々な人々の共感を呼びます。
現にこれまでの邦訳本では、
柴田元幸さん、よしもとばななさん
川上弘美さんらがその帯を飾り、
今作では江國香織さんが書いていらっしゃいます。
この本を担当された角川書店の
安田さんにお話をうかがいました。
(「ほぼ日」小川 )


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担当編集者/
  角川書店 第一編集部 安田沙絵



「いいかい。あのね。欲望とは、一軒の家なんだ。
 欲望は閉ざされた空間を必要とする。
 欲望はドアや窓から、あるいは
 ブラインドの羽板やほんの小さな穴からでも
 逃げ出してゆくのだけれど、
 それは空の下では居場所がない。広すぎて。
 ドアを閉めてごらん。窓を閉めてごらん。
 神経質になって笑ったり、ジョークをいったり、
 何かいわなくちゃと思って何かいったり、
 茂みがどうこうなんていい出したりしたら、
 そのときには欲望の家に窓を一つ開けることになって、
 家はもう、ちゃんと暖まらなくなる。
 冷たい隙間風が入ってくる」
(本文より)

エイミー・ベンダーの新しい短編集
『わがままなやつら』の一篇、
「マザー・ファッカー」からのセリフです。

マザー・ファッカーとはつまり、
母親たちをファックして旅する男。
ただし分別(?)があり、
結婚している母親たちはファックしない。
つまりはシングルマザーだけ。
なんてやつだ、と思いながらも
彼の言葉や行動がもっともらしくて感動してしまう。
新人女優と出会い、
恋に落ち、口説いて、ついに彼女が外でしたい、
というのを遮って上のセリフを言う。
にっこりしないで、と笑顔を止めて。
けっして明るくはない物語なのに、
美しくて、哀しくて、胸がつまります。

エイミーの世界では、欲望について、とても率直です。
ただの良いひと、はあまり出てきません。
すごく変。けっこう嫌なやつ。混沌として、汚れていて。
でもだからこそ、とてもリアル。
人間は生きている限り
色々な欲に支配される生物であることを、
目をそらさず見つめ、言葉にし、描いていきます。

ときにはこんな、おとぎの物語にのせて。

「少年は生まれつき、指が鍵のかたちをしていた。
 たった一本、右手の小指を除けば、
 指の内側は鋭い峰になっていて、先は尖っていた。
 (中略)彼のほんとうの任務は、
 九つの扉を探し出すことだった」
(本文より)

少年が最後に開ける扉。
それは意外で、読んでからのお楽しみですが、
どうしてこんな、と思えるくらい愛しいシーンです。
ちなみにこのお話のタイトルは「主役」。
  
そもそものはじまりは、ホノルルのちいさな書店でした。
翻訳者の管啓次郎さんが、
最初の短篇集『燃えるスカートの少女』に出逢い、
「ほとんど意識を失って
 現実と夢のあいだの扉に気づかないまま
 眠りに入ってしまったように、あるいは、
 ある透明なカーテンを越えて
 一瞬で別の風景の中に迷いこんだように、立ったまま、
 十ページあまりのその短篇をひといきに読んでしまった」
 (同書・訳者あとがきより)

それは「癒す人」という、氷の手をもった女の子と
火の手をもった女の子が紡ぐ奇跡的な物語で、
私自身一読して虜になり、
邦訳を出させて頂くことになったのです。
それから5年。

長篇『私自身の見えない徴』
『燃えるスカートの少女』の文庫化を経て、
今回の『わがままなやつら』が刊行の運びとなりました。

エイミーの作品は文章もとても魅力的です。
難しい英語を使うわけでないけれど、絶妙なリズム、
単語と単語、文と文のあいだから、
まるで音楽がこぼれるよう。
そしてその文章を、管さんは、
原文のリズムを損なわないよう、うたい直します。
多言語をあやつる管さんならではの感性で。
この二人の出逢いは本当に運命的、と
思えるくらいぴたりとしています。

これは本当に裏話ですが、
一度、管さんがあまりの忙しさに、
この本を誰かと共訳にしちゃだめかな、
とぽろりとこぼしたことがあります。
そのメールを拝見したとき、
私はもう文字通り真っ青、がーん、
すぐさま「絶対だめです」と返信を打ちはじめました。
エイミーの言葉と世界を
こんなにぴたりと伝えられるひとは、
管さん以外にいないんです。
でも返信ボタンを押す前に、
受信トレイに届いた「やっぱり」の件名。クリック。
「エイミーだけはずっと自分でやります」
このときの嬉しさは本当に忘れられません。

そうして、一、二篇ずつ届けられる短篇を、
宝物を少しずつ与えられている
子どものような気分でお待ちして、最後は一気に、どーん!
両手いっぱい、全十五篇の物語が、完成しました。

原書のタイトルは『Willful Creatures』
管さんは最初のインスピレーションで
「わがままなやつら」と訳され、それがそのまま、
刊行時のタイトルとなりました。
“Creatures”は、広く言えば「生き物」ですが、
ちょっと「怪物」っぽさを匂わすこともあります。
少し悪びれたような「やつら」という響き。
「やっぱりこれがしっくり、くるね。」
早朝の駅前のミスタードーナツ
(ご近所な二人のお決まりの打ち合わせ場所)で、
おかわり自由のコーヒーを飲みながら、
うんうん、とうなずき合いました。

本のかたちになるまでは、
帯に言葉を寄せていただいた江國香織さん
(本当に嬉しかった!)、
装丁の大路浩実さん、写真家の藤部明子さん、
そしてエイミー本人(詳しくは本書の付録参照!)と、
たくさんのご協力を頂きました。

そういうふうにできた『わがままなやつら』です。
空想と現実がよじれた世界で描かれる、人々の交わり。
複雑なようでシンプル。
哀しいようで明るい。
寂しいようで愛しい。
そんな矛盾をはらんだ感情に包みこまれるたび、
編集中なのに何度も胸がつまり、
何度も泣きそうになりました。

世界の中心ではなくて、端っこのほうが安心できる、
というひとたち(わたしを含め)は、
きっと彼女の物語のどこかに居場所をみつけられる。
ぎゅっと抱きしめられる。
そんな気がします。

ぜひ、お読みいただけましたら嬉しいです。


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『わがままなやつら』
著者:エイミー・ベンダー
翻訳者:管 啓次郎
価格:¥ 1,995 (税込)
発行: 角川書店
ISBN-13: 978-4047916029
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担当編集者さんへの激励や感想などは、
メールの題名に本のタイトルを入れて、
postman@1101.comに送ってください。

2008-04-18-FRI

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