担当編集者は知っている。


『国のない男』
著者:カート・ヴォネガット
価格:1,680円(税込)
発行:NHK出版
ISBN-13: 978-4140812518
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昨年4月に逝去された
アメリカの現代文学作家、カート・ヴォネガット。
「ほぼ日」乗組員にもファンが多く、
「本読む馬鹿が、私は好きよ。」でご紹介したり、
ここでも早川書房の『S-Fマガジン』追悼特集
ご紹介しました。
そして、そのカート・ヴォネガットの
遺作であるエッセイ集が、この本です。
この本を担当されたNHK出版の
松島さんにお話をうかがいました。
(「ほぼ日」渡辺)

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担当編集者/
  NHK出版 図書編集部 松島倫明



 愛は消えても親切は残る、
 と言ったのはカート・ヴォネガットだっけ。


と書いたのは村上春樹だった
『雨天炎天』1990年刊)。
とくに若いヴォネガット読者の中には、
この一文がヴォネガットとの出会いになった方々も
多いのではないだろうか。
かく言うわたしもその一人。
その1990年、ヴォネガットは代表作といわれる
いくつもの作品を既に世に出していて、
『タイムクエイク』で小説の断筆宣言をする
わずか数年前のことになる。

1990年代後半には数冊の短編集などが
刊行されたけれど、
以後は、3冠王となってキャリアの絶頂を迎えた後で
マイナー落ちをしてもなお野球を続ける選手のように、
どちらかといえば「過去形」で語られる作家の
仲間入りをしていたように思う。

だから、ヴォネガットの遺作となった本書が
日本で圧倒的な若者の支持を得たことは、
感慨をもって語られなければならないはずだ。
紀伊國屋書店の売上データでみると、
本書の購買者の実に4割以上が、
(推定)30歳未満の読者である。
団塊ジュニア世代とミレニアム世代の彼らは、
1980年代のヴォネガット・ブームのことなど、
知るよしもない世代のはずだ。

これだけの若い人々に読まれたことを知って、
ヴォネガットも天国で喜んでいることと思う。
本書で彼は
「これを読んでくれている多くの人々はたぶん、
 私の孫と同じくらいの年だろう」
と書いているのだ。
自分の遺作が自分の孫の世代に読まれるであろうことを
予見していたなんて、素敵な話だな、と思う。
そしてそんな若者に向かってヴォネガットは、
こんな言葉を贈るのだ。

 若者よ、この地球へようこそ。
 夏は暑く、冬は寒い。地球は丸く、水も人間も豊富だ。
 ジョー、ここでの寿命は
 たかだか百年くらいじゃないか。
 わたしが知っている決まりはたったひとつだ。
 ジョー、人にやさしくしろ!





▲「善が悪に勝てないこともない。
  ただ、そのためには天使が
  マフィアなみに組織化される必要がある。」
 ヴォネガットのアート作品
 (シルクスクリーン製) 本書収載




ヴォネガットと言えば早川書房
それはもう、ある意味で
宇宙の法則のようなものであって、
だから今回『国のない男』が他社から刊行されることに、
多くの読者が驚いているのではないだろうか。
じつは僕もそのひとりだ。
なんで早川さんは版権を取らなかったのだろう?
それは想像するしかないのだけれど、
思うに、ヴォネガットは1997年に断筆宣言をした後、
アメリカの中堅出版社Seven Storiesから
対談本とシナリオ集の2冊を出していて
(同社の社長とヴォネガットが
 仲が良かったのだという)、
それはいずれも日本では未訳になっている。
本書もその流れだったのかもしれない。

2005年秋のフランクフルト・ブックフェアで
この版権をとった時点では、
まさかヴォネガットがその後すぐに亡くなるとは
もちろん誰だってまったく思っていなかったし、
2007年1月にヴォネガット自身が雑誌のインタビューで
「これが最後の一冊」と述べていたのは
後から知ったことだった。
原書を読めば、彼にとってこれが「最後のメッセージ」
であることは否応なく伝わってきたからだ。

もともと訳了は2007年5月ということを
前年の段階で訳者の金原瑞人さんと決めていた。
その訳了1ヵ月前の4月11日に
ヴォネガットが亡くなったと知った時、
本当にこの本を「最後の一冊」として出すことの
重みと責任がずっしりと両肩にのしかかってきたことは
白状しなければならない。
これだけの巨匠の最後の一冊を
僕が手がける資格なんてどこにも見あたらないし、
「遺作」として売り出すことの「後ろめたさ」のような
ナイーヴな感覚もあったからだ。

ただ、ひとつだけ心に決めていたのは、
従来のヴォネガット・ファンだけではなくて、
もっと多くの人に読んでもらいたい、ということだ。
ヴォネガットの孫の世代にも読んでもらえるような、
そんな本にしなければならない、という使命感があった。
だからあえて、《早川書房+浅倉久志+和田誠》という
黄金律には乗らないことにした。
(そもそも乗れないわけだけれども)
早川さんから出ないのなら、
みんなの期待をいい意味で裏切る一冊にしたかった。

児童文学・YA(ヤングアダルト)文学の
第一人者である金原さんが、
高校時代からのヴォネガット・ファンで、
卒論をヴォネガットにしようかと考えていた、
というのはなんとも完璧すぎる巡り合わせだった。

ヴォネガットの奥さんで写真家のジル・クレメンツさんが
撮ったヴォネガットのポートレート写真を見た瞬間に、
装幀は決まった。

この試みを読者の方々がどう受け止めたのかは
本当のところは分からないけれども、
金原さんの訳はヴォネガットが乗りうつったかのようで、
本当に編集作業中も唸ることしきりだったし、
その金原さん自身が「ぜひ若い人たちに読んで欲しい」と
おっしゃっていた通り、
4割以上の30歳未満読者に巡り会えたという点では、
控えめに見ても合格点なのではないかと思っている
(『国のない男』を読んでヴォネガットを読み始めた、
 という方々をネットでもずいぶん見かけた)。

もちろん、黄金律を崩したことでお叱りも受けた。
mixiのヴォネガットのコミュニティでは
「編集者出せ」という書き込みもあったし、
特に1968年の『猫のゆりかご』の翻訳以降、
日本にヴォネガットの作品を紹介し、根付かせることで
結果的に日本の出版文化全体を作り上げてきた
伊藤典夫氏や浅倉久志氏などの偉業は
いくら称えられても足りないくらいだ。
なぜ彼らがヴォネガットの遺作を訳していないのか。
僕だってそう思う気持ちもある。
これまでヴォネガットを出し続けていた早川さんが
この版権を取らなかったことにも複雑な思いがある。
だけれどそうした向きには、
『Armageddon in Retrospect』という
未発表草稿集が
4月1日に古巣のPutnamから刊行されて、
早川さんからも邦訳が出る予定(※)らしいので、
ぜひそちらをご期待いだければと思う。

※「ほぼ日」註:最新短編集『Armageddon in Retrospect』は
 浅倉久志さんの訳で早川書房より今夏刊行予定です。





▲「われわれはここ地球で
  ばかばかしいことばかりしている。
  だれにも違うとは言わせない。」
 ヴォネガットのアート作品
 (シルクスクリーン製) 本書収載




本書が昨年7月に刊行されてから、
こんなにヴォネガット読者がいたのかと改めて驚くほど、
テレビや雑誌・新聞などの書評で、
本当にたくさんの方々に本書を取り上げていただいた。
この場を借りて改めてお礼を申し上げます。

爆笑問題の太田光さんは、
推薦文の依頼をふたつ返事でお引き受けいただけ、
締切を過ぎた後も「もう少し推敲させてください」と
粘りに粘った挙げ句、
夜中の2時過ぎにご本人から送られてきたメールには
素晴らしい言葉が並んでいた。
僕は静かに感動せずにはいられなかった。

本が完成に近づくにつれ、多くの人が
「ヴォネガット、出るんだって?」と声をかけてくれて、
ファンであったことをカミングアウトした。

見本をお送りした作家の川上未映子さんからは、
ご丁寧にも直接お礼のお電話をいただいた。
川上さんは誰よりも先に、
ヴォネガットの書評を書いてくださった方でもある。
(この場を借りて、芥川賞受賞おめでとうございます!)

みんなヴォネガットを通過して大人になって、
いままたこうやって彼の言葉に出会った時に、
それぞれに響き合う部分があったのだと思う。

こうして本好きの方々に支えられて、
「キノベス2007」の第8位に
本書がランクインした。
売上ランキングでは携帯小説やタレント著者本、
新書ばかりが上位にくる昨今の出版事情の中で、
「キノベス」は、紀伊國屋書店全書店員が選んだ、
「この一年間で実際に読んで面白かったので
 ぜひお客さんに紹介したい本30冊」というから
とっても名誉なことだと思う。
本当にありがとうございました。

そして『BURUTUS』の年始特集「読書計画2008」。
特集扉を飾る太田光さんが手にしているのも
『国のない男』だった。
インタビューの多くが『国のない男』に費やされて、
太田さんのヴォネガット愛が伝わってくる内容だった。

年を越えて2008年になっても、
多くの書店で文芸トップ10に名を連ねていた。
会社近くのリブロ渋谷店では、
『BURUTUS』と本書でコーナーを作り、
強力プッシュをしていただいていた。
「Thank you, Kurt. We love you.」
と書かれたパネルを添えて。

4月11日はヴォネガットの1周忌になる。
この1年、これだけ多くの日本の読者が、
昔からのファンも、初めて彼の本を読んだ人も含め、
ヴォネガットを愛していることを目の当たりにして、
国のない男は天国からあのカバー写真のような
やさしく透徹した眼差しで
私たちを見ているような気がしてならない。
God Bless you, Mr. Kurt Vonnegut!

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『国のない男』
著者:カート・ヴォネガット
価格:1,680円(税込)
発行:NHK出版
ISBN-13: 978-4140812518
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postman@1101.comに送ってください。

2008-03-28-FRI

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