担当編集者は知っている。


『介護労働学入門
 ケア・ハラスメントの実態をとおして』

著者:篠崎良勝
価格:2,100円(税込)
発行:一橋出版
ISBN-13: 978-4834803501
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本書は八戸大学人間健康学部の
専任講師の著者が、
介護の現場で仕事をしている人たちの
生の声やアンケート調査をまとめたものです。
ホームヘルパーさんが
介護される側やその家族から
嫌がらせやセクハラを受けていることや、
社会的地位が低く、収入が少ないため、
長く続けることが難しいことなど、
データだけでは見えてこない、
介護の仕事の問題点が明らかになっています。
この本を担当された一橋出版の
柴村さんにお話をうかがいました。
(「ほぼ日」渡辺)

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担当編集者/
   一橋出版編集部 柴村登治



介護という仕事は端的に人の役に立つ、
とても素晴らしい、
尊敬を得やすいはずの仕事だと思うのですが、
実際に現場で働いていらっしゃる人たちの多くは、
自分の仕事の範囲がわからずに悩んでいたり、
その仕事内容や職業そのものについて、
利用者やその家族、一般の人などから、
誤解や偏見を持たれていたり、
或いはさまざまな嫌がらせを受けていたり、
なかなかつらい状況にあるようです。
そうした状況を「どうにかしないといけない」と
企画されたのが、この本です。

著者の篠崎良勝さんは、
1999年から介護労働の調査研究に携わってきた
介護労働のエキスパートで、
現場の声に重きをおいて、
介護労働者の労働環境の整備・改善に尽力されています。


▲著者の篠崎良勝さん。

最初は、篠崎さんが行った調査で、
介護労働者約3000人が、
無記名で仕事の良い面・悪い面を語っている
分厚い報告書が、原稿の材料としてあるだけでした。
そこにはさまざまな問題が見え隠れしていました。
その多くは、職場環境の改善を
切実に訴える「声」でした。
介護職には禁じられている医療行為
(たんの吸引、褥瘡部分のガーゼ交換など)を
依頼されて困った、
逆にそうした行為を行いたくてもできない悔しさ、
利用者などからセクシャル・ハラスメントや暴力、
暴言を受けた‥‥等々。
これを出発点として、どのように1冊の本にしていくかを
考えていくことになりました。

編集としては、単に現場の声を集めただけの本には
したくありませんでした。
というのは、こうした声を発信していくのは
意味あることと思われたのですが、
単に介護労働者の声だけを掲載しても、
わがままであるとか、単なる不平・不満と受けとめられ、
彼らの置かれている現状が
うまく伝えられないこともあるように感じたからです。
そうではなくて、介護という仕事の素晴らしさや
奥深さも伝えながら、
現場に問題が潜んでいるならばその原因を分析し、
介護労働者の労働環境の改善に
つなげていけるような本にできればいいなあ、
と報告書を見ながら思案していました。

意見を交わしていくうちに、篠崎さんから、
(1)「介護労働学」という
   新しい学問分野の創設を考えている
(2)介護労働者が利用者などから受けた
   さまざまな嫌がらせ
   (以下、ケア・ハラスメントとします)
   の実態調査を行い、
   その調査結果をまとめた研究報告書がある
と連絡をもらいました。
介護労働学というのは、
「数値などで表わされる客観的データと
 現場の声というデータを融合させて、
 介護労働の本質を探ろうとする学問」
ということのようでした。
客観的データだけでは一側面しか伝えきれない
という著者の信念に基づくものです。
そして(2)の報告書が届いたとき、
介護労働学的視点から
ケア・ハラスメントの実態を分析し、
さらに、すでに材料としてあった現場の声を
うまく組み合わせれば、
介護労働者の置かれている現状を
説得力をもって伝えられるのではないか、
これで本にできる、と
うれしく思ったことを覚えています。
ようやく本の骨格ができた、というようなことです。

篠崎さんには、
大学の授業でも使いたいとの意向もありましたので、
編集していくうえでは
大学や専門学校等でテキストとしての
使用に耐えるものになるようにも留意したのですが、
編集中も、そして本が出来上がってからも、
僕は、この本は、むしろ、利用者も含めて
いままさに介護の現場にいる人、
そしてさらに、広く一般の方に読まれることこそが
意味あることなのではないか、という思いを
強くするようになっています。
それはこの本が、介護労働に関するさまざまな誤解や
偏見を少しでも取り払おうとする
試み・意図を持った本だからです。
一般の方たちの介護労働者や介護という職業に対する
誤解や偏見が、ケア・ハラスメントの
大きな要因になっているのです。

本書の内容について詳しくは弊社HP
参照いただければ幸いですが、
本の中ではなかなか面白い調査も取り上げています。
その1つに、高校生以上の男女3000人に
「介護労働者のイメージに
 もっとも近い有名人は誰ですか」
と問うたものがあります。
結果は、全体の4割近い人が
女優の市原悦子さんの名前を挙げて
断トツの1位となっています。
ドラマ「家政婦は見た!」の影響と見られるのですが、
本書には、ホームヘルパーが、
利用者から、家族の洗濯物を取り込むよう依頼されたり、
公共の場所の掃除当番をするよう言われたり、
あげくのはてには、
庭に入ってきた野良猫を追い払うため
ブロック塀に登らされたりした経験が
生の声として掲載されています。
家政婦との混同すら超えていると
言いたくなるような事例ですが、
ホームヘルパーの職域、専門性1つをとってみても、
一般の方がどこまで理解しているかと言えば、
まだまだ全然理解されていないというのが、
本当のところではないでしょうか。

日本は世界で一番くらいの速さで
超高齢社会に向かっていて、
介護の担い手をいかに育てていくかは
社会の重要なテーマであるはずです。
そうしたなかで、介護の世界に
夢と希望を持って入ってくる若い方々や
すでに頑張っている方々の思いが、
現場とのギャップによって
つぶされてしまわないように、願うばかりです。
働くことの主役は、まさに現場で働いている人なのです。
今後、社会全体で、
介護という仕事のあり方を考えていくときに、
現場の声に耳を傾けることは
絶対に欠かせないことだと思います。
本書が介護現場で働く人たちの声を少しでも世間に届け、
少しでも介護労働者の現状を知ってもらう
きっかけとなることができれば大変幸いです。

ブックデザインは糟谷一穂さんにお願いしました。
中身のほうは、グラフや表も多く、
込み入った作業だったかと思いますが、
大学や専門学校等でのテキストとしての使用も
視野に入れて、大変読みやすく、
見やすいレイアウトにしてくださったと思います。
原稿のなかには、暴言・暴力や
セクシャル・ハラスメントなど、あまりに生々しく、
目をそむけたいような事例もあり、
誌面に組んでいく作業では
気が滅入りそうになったこともあるのでは?
と思うのですが、介護に造詣の深い糟谷さんは、
「介護職の方々の労働環境改善につながるのなら!」
ときりりと仕事をしてくださいました。
そして表紙は、
「シリアスなテーマではあるが、
 未来につなげたいので、暗い感じにはしたくない」
という要望に見事に応えてくださったと思っています。
「介護労働」という言葉を図形や色に翻訳したら、
このようになるのではないか
と思えるくらいはまっています。
本が出来上がったとき、大学のキャンパスなどで、
この本を使って勉強しているおしゃれな学生を
想像してうれしくなりました。
篠崎さんも僕も、とても気にいっているデザインです。

あまりほめられたことではないのですが、
篠崎さんの大らかな性格に影響されて、
僕自身も原稿のチェックが甘くなる傾向にありました。
実はこの本は、企画が動き始めてから
約2年が経過しているのですが、
印刷目前になっても、まだ表現がこなれていなかったり、
読みにくかったり、
粗い文章がところどころに残っていたのです。
そのときにお力を貸してくださったのが
校正の中村孝子さんです。
短い期間で全体を丹念に見ていただいて、
一部リライトもしてくださったり、
構成上のアドバイスをいただいたり、
単なる校正の仕事の枠を超えた
編集協力をいただきました。
本書が世に出せる状態になったのは、
ひとえに中村さんのおかげです。
この場をお借りしまして深くお礼申しあげます。

最後に、介護労働学は生まれたばかりで、
これから発展していかなければならない学問だ
と思っています。
まだまだ不備な点や改良すべき点が多いと思います。
厳しい目でご覧いただき、
ご批判を賜りましたら大変幸いに存じます。
それは篠崎さんも同じ思いなのではないかと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。


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『介護労働学入門
 ケア・ハラスメントの実態をとおして』

著者:篠崎良勝
価格:2,100円(税込)
発行:一橋出版
ISBN-13: 978-4834803501
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メールの題名に本のタイトルを入れて、
postman@1101.comに送ってください。

2008-02-19-TUE

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