担当編集者は知っている。


『お父さんのネジ』
著者:渡辺和博
価格:2,940円(税込)
発行:青林工藝舎
ISBN-13: 978-4883792542
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独特の作風で、いまなお多くのアーティストに
大きな影響を与えている渡辺和博さん。
この本は、昨年2月に永眠された渡辺和博さんの
傑作マンガ42編が収録されている作品集です。
巻頭と巻末に収録されている
赤瀬川原平さん嵐山光三郎さんのお話や、
南伸坊さんみうらじゅんさん
リリー・フランキーさんの対談も必読です。
担当された青林工藝舎代表で、
『アックス』編集長の手塚能理子さんに
お話をうかがいました。
(「ほぼ日」渡辺)

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担当編集者/
   青林工藝舎代表・『アックス』編集長
   手塚能理子



昨年の2月6日に肝臓ガンで亡くなられた
渡辺和博さんのマンガの単行本を、
去年の12月にやっと刊行することが出来ました。
渡辺さんは『ガロ』編集部時代の大先輩でもあったので、
僭越ながらも自分の手で編集できたことに
感謝するとともに、
ホッと胸をなで下ろしたりもしています。

渡辺和博さんといえば、世間ではベストセラーとなり、
マル金マルビが第1回流行語大賞を受賞した、
あの『金魂巻』のイメージの方が圧倒的に強く、
実は多くのマンガ作品を残されていることは、
特に若い世代の人には
ほとんど知られていなかったのが現実です。

この本は、1975年から1982年にかけて、
『ガロ』に発表された42作品が収録され、
総頁数は576頁もあるぶ厚いものです。

渡辺さんのマンガ作品は
『ガロ』の読者だったころから大好きで、
夢中で読んでいました。
そのころの『ガロ』といえば、
白土三平氏の「カムイ伝」も
林静一氏の「赤色エレジー」の連載も終了し、
鈴木翁二、安部慎一、古川益三の各氏が活躍し、
蛭子能収氏の不条理マンガ、
花輪和一氏を代表とした耽美系作品が
読者のド胆を抜き、
また、糸井重里氏と湯村輝彦氏による
「情熱のペンギンごはん」は
『へたウマ』という新しいジャンルを
マンガ界に打ち立て、
さらにニューウェーヴ旋風を巻き起こした
ひさうちみちお氏等の出現等で
マンガ界は新たなる広がりを見せ、
パワフルに変化していった時期でもありました。


▲「お父さんのネジ」より
 (初出/『ガロ』1978年11月号)
 ロボットが一般家庭でも自由に買えるようになった
 未来のお話。
 ロボットのお父さんと人間の息子の親子愛と、
 ラストの悲しい結末がグッと胸に迫る作品です。


そんな中で、渡辺さんのマンガは、
うまいのかヘタなのか、
ちょっと判断がつかないような絵柄で、
未来を感じさせるエッセンスを含ませながらも、
現実を的確に把握し、
すこぶる旺盛な好奇心で
瞬時のうちに探り当てた真実の結論を
そのまま作品にした、
まったく類を見ないものでした。

それは当時、その描かれ方が、
かなり危険な表現と感じることもあったのですが、
それよりも、暴走族や、
ヒットラーを敬愛するお兄さん、
お金で買われたロボットのお父さん、
エコロジーを提唱するヒッピーの夫婦、
電化製品も買えない貧しい家の小学生等々、
作品に登場する人間を、
サベツすることなく平等に描いているその愛の深さは、
まさに人と時代の中に潜む真実を
的確に把握してこその結果で、
しかもそれを作品に表現するのですから、
面白くないワケがない。


▲「熊猫人民公社」(初出/『ガロ』1979年5月号)
 まだ中国と正式に国交が開かれていない時期に、
 日中友好団の一員として中国を訪問し、
 帰国後すぐに描いた作品。
 やがては経済大国に変わって行くであろう
 中国の未来を直感していたようです。


そんな深さに気づいたのはどういうわけか
渡辺さんが亡くなった後の事なんですね。
ま、こちらの読解力のなさもあるのですが、
なにしろ普段の渡辺さんといったら、
かなりぶっきらぼうで、
初対面の印象はみんながみんな口を揃えて
「コワイ!」というくらいです。
最初に会うと「絶対に自分は嫌われている」
と思ってしまうのですが、
でも何故か「この人にだけは嫌われたくない」と
思わせる不思議な力があって、
それで27年もの間、おつきあいさせて頂いたのです。


▲「毒電波」より(初出/『ガロ』1980年9月号)
 何を隠そう『電波系』という言葉は、
 この作品がきっかけで生まれた言葉で、
 あの特殊マンガ家根本敬氏が非常に影響を受けた、
 という作品です。


亡くなってから、いろんな方と渡辺さんのことを
話す機会がありまして、話しているうちに、
どんなに渡辺さんが周りの人達を愛していたかが、
どんどん分かってくるのです。
今、私は青林工藝舎という会社の代表に
なっているのですが、
苦しい中で立ち上げた弊社のことが
よほど心配だったらしく、
時々訪れてきては、「アンタら、これ食べなさい」
と食料を置いていってくれたり、
お中元やお歳暮に頂いたというお酒を
「おじさんは飲まないからみんなで飲めばぁ」といって、
車のトランク一杯に詰めて運んでくれたことも
多々ありました。


▲「カラーイラスト」(制作年不明)
 プライベートで描かれた一枚。
 ロブスターと何を祝って
 乾杯しているのかわかりませんが、
 すごくカワイイです。


慶應病院に入院し、
生体肝移植という大手術も無事成功したのですが、
入院中「アンタ、ちょっと来なさい」という
電話もよくもらいました。
大先輩の命令には逆らうわけにはいきませんから
「ハイ」と返事をして、
自転車で慶應病院に行くと、
あれこれ用事をいいつけられます。
最後にいいつけられたのは、
食パンを廊下にあるトースターで焼いてくれ、
というものでした。
「え、そんなコトで?」と眉をひそめましたが、
今思えば、よほど体が辛かったのだと思います。
でもそんな素振りは一切みせず、
ベッドの上で黙々と仕事をしていたのですから、
すごい精神力だと思います。

そのあたりの生き様や人との係わり方は、
この本の巻末に収録した、
『ガロ』編集部時代の先輩であり後見人である南伸坊氏、
『ガロ』系マンガ家の中でも渡辺さんに
一番可愛がられていたみうらじゅん氏、
渡辺さんのマンガ作品に多大な影響を受けた
リリー・フランキー氏による座談会で
とことん語られていますので、こちらも必読です。
さらに、嵐山光三郎氏が
「渡辺和博という『奇蹟』を見よ」という
素晴らしい解説を、
また、告別式に参列した多くの人達が涙した、
赤瀬川原平氏と南伸坊氏の弔辞も
原文のまま収録させていただきました。

私は、見本が出来た日に、1冊家に持ち帰り、
じっくりと読んだのですが、
途中から涙が止まりませんでした。
こんなに優しくて、しかもマンガの天才だったことに、
どうして今まで気がつかなかったのだろう、
という思いも一気に噴きだしてきました。
自分が鈍感なことももちろんあるのですが、
渡辺さんはこちらが思うよりも
ずっと近距離で接してくれていたのだなと、
あらためて思ったのです。

自分が編集した本を読んで泣いたなんて
これが初めてですよ、ホントに。

さて、さきほど渡辺さんのマンガについて
「未来を感じさせるエッセンスを含ませながら」
と記しましたが、
これがホントに渡辺さんの凄いところで、
20年以上前に描かれた作品の中には、
今問題になっている格差社会のことや、
一般家庭にまで浸透したコンピュータの様子が、
まるで未来に飛んで見てきたかのように
描かれていたのには驚きます。
そして、作品にはよくロボットも登場しているのですが、
作品では電化製品を買うような感覚で
人はロボットを買い、人間に買われたロボットは、
サベツされる側に置かれているのです。
この先テクノロジーは何処まで発達するのか
検討もつきませんが、
あと何十年か後には、渡辺さんが描いたような
ロボットをサベツする世の中になっているのでしょうか?

テクノロジーが発達するにしたがって、
実は人の業はどんどん深まっていくのかもしれません。
とても興味深いテーマです。

そして最後に。渡辺さんのマンガの単行本は過去に
『タラコクリーム』『タラコステーキ』
『熊猫人民公社』の3冊が出版されたのですが、
『タラコ』シリーズの2冊は
当時『ガロ』編集部に在籍していた私が
編集をさせていただきました。
初の単行本である『タラコクリーム』の帯の推薦文は
渡辺さんの希望で糸井重里氏にお願いしたのですが、
頂いた帯文は
[渡辺和博はメガネをかけた天使だ]
というものでした。
渡辺さんはそれをいたく気に入っていたようで、
「おじさんは天使なんだから」と
よく冗談のように言っていたのを思い出します。
あんなにぶっきらぼうでコワイ人だという
印象が強かった渡辺さんの本当の姿を、
糸井さんはいち早く見抜かれていたのだ、
ということですね、やっぱり。



▲「夫婦団欒」
 渡辺氏の愛娘で美大に通う治子さんが、
 ご両親をモデルに制作したミニチュア。
 見てるとこちらまで幸せな気分になってきます。
 きっと良いお父さんだったんでしょうね。


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『お父さんのネジ』
著者:渡辺和博
価格:2,940円(税込)
発行:青林工藝舎
ISBN-13: 978-4883792542
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2008-01-29-TUE

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