担当編集者は知っている。


『幽霊』
著者:イーディス・ウォートン
価格:2,520円(税込)
発行:作品社
ISBN-13: 978-4861821332
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この本に収められている7編の幽霊話は、
幽霊を見たことはないけど、
感じることができる人たちが主人公。
そのため、主人公目線で語られる話の中では、
幽霊の姿ははっきりと描写されていません。
「姿が見えないものが、こちらを見ている感じ」や、
「原因のわからない奇妙な出来事が起きる」というのは、
はっきり見えない分、想像がふくらんで怖くなるのです。
この本を担当された作品社の
青木さんにお話をうかがいました。
(「ほぼ日」渡辺)

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担当編集者/
作品社 編集部 青木誠也



本書の著者イーディス・ウォートン Edith Whartonは、
1862年にニューヨークの富豪の家に
第3子(長女)として生まれました。
彼女が小説家として有名になったのは、
19世紀末の米国の上流階級を批判的な視点から描いた
1905年の作品『歓楽の家』によってです。
さらに1920年の『無垢の時代』でも
ニューヨークの社交界を舞台にし、
ピュリッツァー賞(小説部門)を受賞しました。
女性として初めての同賞受賞です。
この作品は、1993年に
『タクシードライバー』などの監督として知られる
マーティン・スコセッシによって映画化され、
日本でも原題のまま『エイジ・オブ・イノセンス』
のタイトルで公開されています。
ちなみに、田舎町ニューイングランドの
農夫を主人公にした佳作『イーサン・フローム』
やはり1993年に映画化されており、
『哀愁のメモワール』の邦題で公開されました。
ウォートン自身は1937年にパリで亡くなっていますが、
彼女の作品は現在に至るまで読み続けられているのです。

そのウォートンは優れた幽霊物語の書き手でもあり、
作家として活動した約40年を通じて、
幽霊を主題にした作品を書き継いでいました。
書籍としてまとまったのは最晩年
(というより、実際に刊行されたのはウォートンの逝去後)
の『ゴースト Ghosts』1冊のみですが、
この本には1902年の作品「小間使いを呼ぶベル」から
書き下ろしの「万霊節」まで、
彼女の作家としてのキャリア全体をカバーする
年月の作品が収められています。
このたび刊行した『幽霊』は、
この『ゴースト』の収録作5篇に、
1900年の作品「祈りの公爵夫人」と
1928年の作品「ホルバインにならって」を加えた
オリジナル編集です。
また、ウォートンの幽霊観・幽霊小説観が
垣間見えてきわめて興味深いものとなっている
『ゴースト』の序文も、巻末に付録として収録しています。
これだけの幽霊物語の書き手でありながら、
20代後半になっても
「幽霊の話が入っている書物が
 1冊でもある部屋では眠れない」
(自伝『省みて A Backward Glance』より)
ほど怖がりであったというウォートンは、
この序文に以下のように記しています。


「幽霊を信じますか?」
この問いかけは、幽霊らしきものの、
もろもろの力を感じられない人から
向けられる的外れな質問です。
この問いは、めったにいない
「幽霊が見えるひと」にではなくて、
「幽霊を感じる人(ゴースト・フィーラー)」、
つまりある場所とある時間に、
目には見えない電流のような存在を
感じ取ることができる人間に
向けられていると言えましょう。
「幽霊が存在するとは思えないが、
 それでも幽霊は怖ろしい」
という有名な答え(だれのだったか忘れました)は、
一般には程度の低い逆説に思われますが、
はるかに逆説以上のものがあります。
「信じる」ということは、知力の一種の意識的な働きです。
信じるという能力が潜んでいるのは、
意識的な理性のはるか下にある
胎内の羊水のような生暖かい暗闇なのです。
幽霊を目で見るという才能はないかもしれませんが、
信じるという能力でその存在を感知してしまうのです。
(『ゴースト』序文より)



幽霊についてこのような考えを持っている
ウォートンの描く幽霊物語は、
必然的に、魑魅魍魎が跋扈するような
おどろおどろしい質のものではなく、
不確かな存在である幽霊が、
だが確かにそこにいることを明かしていくような、
抑制された筆致のものになっています。

たとえば、ウォートンの友人であり、
やはり優れた幽霊物語を著した(『ねじの回転』など)
ヘンリー・ジェイムズをモデルにしていると思われる
小説家のエドワード・ストラマーが登場する
「ジョーンズ氏」。
この物語では、主人公のレイディ・ジェイン・リンカが
親戚から突然相続することになった
古い屋敷の管理を任されている人物として、
ジョーンズという執事の存在が示唆されます。
このジョーンズが屋敷の隅々にまで
きわめて強い影響力を持っていることは、
他の使用人たちの言動からも明らかなのですが、
その存在は影のようで、
実際にレイディ・ジェインやストラマーが
その姿をはっきりと目にすることはありませんし、
生者か死者なのかさえ判然としない、
謎の人物として描かれています。

妻の飼い犬を次々と惨殺した
カーフォル城主の最期の姿が
妻の口から語られていく冒頭の1篇「カーフォル」。
北イタリア・ヴィチェンツアの礼拝堂に置かれた
美しい女性の彫像をめぐる悲譚「祈りの公爵夫人」。
病身の婦人の小間使いとして雇われた若い女性が
屋敷内でいくつもの不可解な事件に遭遇する
「小間使いを呼ぶベル」。
新婚の夫の元に次々と届けられる
差出人のない手紙の謎を
妻が解き明かそうとする「柘榴の種」。
かつて社交界の花形だった老紳士が、
やはり古き日の美しき宴の毎日に思いを馳せている
老婦人の元を訪れる「ホルバインにならって」。
コネティカットの邸宅の女主人がある朝目を覚ますと、
使用人たちがみな煙のように消えてしまっている
「万霊節」。
収録したこれらの作品どれもが、帯文にも記したように、
「静謐で優美な、そして恐怖を湛えた極上の」
幽霊物語なのです。
原作のこの冷たい宝玉のような手触りを、
その雰囲気を損なうことなく日本語に移しかえた
訳者の薗田美和子・山田晴子両氏のご苦労は、
並々ならぬものであっただろうと推察いたします。

さて、この『幽霊』の装丁に、雷光閃く夜の修道院という、
まさにぴったりのイメージの写真を提供してくださったのは
マイケル・ケンナMichael Kenna氏です。
大の日本びいきで『HOKKAIDO』『JAPAN』など、
日本を舞台にした写真集もあるケンナ氏ですが、
イーディス・ウォートンの愛読者でもあるそうで、
装丁にこの写真を使わせていただきたいと
お願いしたところ、快く承諾してくださいました。
じつは、まだこの本が正式に企画として動き出すより前、
いくつかの作品の原稿を
訳者のお二方から見せていただいた段階から、
本にすることになったら、
装丁はケンナ氏の写真を使いたいと考えていました。
現実的なようでいてどこか非現実的な、
見つめ続けていると別の場所に連れ去られそうになる
ケンナ氏の写真が、
ウォートンの作品の雰囲気に、
あまりにも似ていたからです。
ケンナ氏がウォートンの愛読者であると聞いたときには、
その偶然に驚くというよりも、
「ああ、やっぱりね」と深く納得させられました。

日本では、怪談といえば夏と相場が決まっています。
図らずも(本当はちょっと図りましたけど)、
夏の盛りの刊行となったこの『幽霊』。
蒸し暑い夏の夜に、背筋を冷やす清涼剤として、
ぜひとも読んでみてください。
幽霊の話に興味のある、すべての人におすすめです。
ウォートンの作品は時代も国境も越え、
「ゴースト・フィーラー」である
私たち読者ひとりひとりに向けて、
書かれているのですから。

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『幽霊』
著者:イーディス・ウォートン
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ISBN-13: 978-4861821332
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2007-08-07-TUE

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