担当編集者は知っている。


『鏡の中を数える』
著者:プラープダー・ユン
価格:1,890円(税込)
発行:タイフーン・ブックス・ジャパン
ISBN-13: 978-4990362102
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著者のプラープダー・ユンさんは
作家、脚本家、評論家、編集者、
音楽家、グラフィックデザイナー、画家と
多方面で活躍するタイの若手クリエイター。
タイでタイフーン・ブックスという
出版社を立ち上げ、
「ほぼ日」でもおなじみのタムくんこと
ウィスット・ポンニミットさんの本を
出版されたりもしています。
『鏡の中を数える』はそんなプラープダー・ユンさんの
日本初の短編集。
この本の企画・編集・出版を手がけた
タイフーン・ブックス・ジャパンの吉田広二さんに
お話をうかがいました。
(「ほぼ日」渡辺)

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担当編集者/
タイフーン・ブックス・ジャパン 吉田広二


まず、みなさんの中には
「タイの作家」のイメージが湧かず、
『鏡の中を数える』という
タイトルの意味が想像しにくく、
そして「タイフーン・ブックス・ジャパン」なんて
聞いたことない、という方が大多数だと思いますので、
本書にまつわるこのような“三重苦”について
ひとつずつご説明したいと思います。

プラープダー・ユンとの出会い

僕が、彼、プラープダー・ユンと出会ったのは
2001年9月にアジア各都市を
取材旅行していた時でした。
僕は写真やアートが専門の編集者でして、
あるギャラリーから
彼をアーティストとして紹介されたのです。
そのペイント作品は欧米的な流行と
アジアっぽさが絶妙にブレンドされていて、
とても気になりました。
直接、彼に会って話してみると、
実際には作家としての活動がメインである、とのこと。
僕はタイ語が全くできませんが、その絵の中に、
興味深い文学の世界が垣間見えたような気がして、
彼を日本でマネージメントしてみたいと
即座に直感で考えたのでした。


▲2001年、バンコクで初めて出会った時のプラープダー。
 インテリアショップで絵の展示をしていた。


プラープダー・ユンとは

タイに2つある大きな英字新聞のうちのひとつ
「ザ・ネイション」を創始した
有名なジャーナリストの父と
雑誌編集者の母の間に
1973年に生まれたプラープダーは、
中学を出てからすぐに渡米し、アメリカの高校へ。
ニューヨークのクーパー・ユニオン大学を出て
アジア通貨危機後の1998年にタイへ帰国するまで、
ずっとアメリカで教育を受けてきました。
タイ人ならたいてい誰でも知っている
父の元に生まれたことが彼に自由とチャンスを与え、
長い海外生活で、
母国タイを外部の目から客観視できることが、
小説に決定的な個性をもたらしています。

彼の作品は、平易な書き口、
映画を観ているような感覚にとらわれるほど
美しい情景描写、
「幕あい」の変化と転調がポイントです
(後に和訳を校正しているときに、
 途中で読み止めることがおしい
 と思ったくらいでした)。
奇想天外な展開がほどよく盛り込まれていて、
しかもリアルタイムのポップカルチャーや
風俗などを巧みに盛り込んでみせる
テクニックが楽しいのです。
さらにアメリカ生活が長く、
タイ語を客観視できるゆえか、
普通のタイ人は思いつかないような
同音異義語の取り替え方をして読者をハッとさせたり、
作者と読者との垣根を一瞬、
取り外して手招きするような試みが、
サプライズ的なスパイスとして効いています。

そんなこんなで、
タイの古い世代は彼を「文学の破壊者」と呼び、
眉をひそめましたが、
若者たちは同世代の新しい
オピニオンリーダーとして絶賛し、
短編集やエッセイ集は出るたびに
ベストセラーを記録するようになりました。


▲2001年にカルチャー誌の表紙を飾ったプラープダー。
 坊主頭がトレードマークの彼が、ウィッグをつけて撮影。
 ファッションアイコンになっていた。


『鏡の中を数える』の意味

この本は、彼が2000年から2004年にかけて
タイで発表した短編を選りすぐってまとめたものです。
もともと『鏡の中を数える』という
タイ語の原著はないのです。
このタイトルは、これまでの彼の短編集のタイトルに、
『直角の街』とか『目の中の洪水』などといったような、
言葉と言葉のドッキング、
思わせぶりなエセ慣用句っぽいものが多かったので、
その延長で私と彼で相談してつけてみました。

親の七光りを盛んに指摘された
自分自身についての物語「バーラミー」
(威光という意味だそうです)という短編に始まり、
自分の作家活動そのものを振りかえったような
「マルットは海を見つめる」という短編で終わる
この本の内容が『鏡の中を数える』というタイトルに
なんとなくふさわしいかも、
と思っていただければ幸いです。

タイフーン・ブックス・ジャパン、ついに設立

さて、タイで人気を博したのは、
彼が生み出す文学やアート作品だけの
評価ゆえではありませんでした。
坊主頭で笑顔もさわやか、
ウィットに富んだ話の内容などで、
プラープダーは2000年代のタイにおける
「王子系」の支持のされ方をしたのです。
当時バンコクにできたばかりのスカイトレインに乗って、
彼の本を(たとえ読まなくても)
これ見よがしに小脇に抱えて出勤する、というのが
トレンディな若手キャリアウーマンの
あるべき立ち居振る舞いのように
言われたこともあったそうです。

彼に出会った当時、
そんな彼の本を和訳して出版できたらと、
すぐ考えつきました。
しかしタイ語の適切な翻訳者はきわめて少ないのです。
唯一、彼がタイの監督に請われて脚本を手がけた映画
『地球で最後のふたり』の日本公開時にあわせて、
当時、国際交流基金のバンコク駐在員で
映画のモデルにもなった
吉岡憲彦さんに訳していただいたものを
ソニー・マガジンズから刊行することができましたが、
それはあくまでも映画の脚本。
彼の創作力のコアといえる短編の出版は
実に難航を極めました。


▲映画『地球で最後のふたり』。
 プラープダーは、タイの気鋭監督
 ペンエーグ・ラッタナルアーン監督に請われて、
 原作と脚本を担当した。


東京外国語大学の宇戸清治教授が
彼の熱烈なファンで、
しかもタイ文学の現状に
常々もどかしいものを感じておられたことで
(詳しくは弊社のブログ「WILDWITNESS」での
 インタビューをご一読ください)
共鳴し合うことができ、
翻訳をお願いできたのですが、
先生とて多忙の身。
言葉づかいに、やや特殊な箇所が多いこともあって、
全訳が終わるまで約2年かかりました。
その後、私の打ち出しも弱かったせいか
3つの出版社に断られ、
とうとう今年1月、僕自身の編集制作会社
(編集、雑務、経理など全てひとりです!)に
出版レーベル名をつけ、
少しやけっぱちで出すことに決めたのでした。
「タイフーン・ブックス」とは
プラープダーが2005年に設立した自身の出版社名です。
できればそことコンテンツの交換をしながら、
異国情緒だけではない、
アジアのリアルタイムな洗練された知性を発表し、
日本の刺激としたいと考えて
「タイフーン・ブックス・ジャパン」と名付けました。

刊行後、何よりうれしかったのが、
僕の尊敬する大物編集者に
「これは短編小説の教科書のようじゃないか」と
ほめられたこと。
確かに、設定の面白さ、
時々挿入される言葉使いの転調や歪み、
そして1字でも違ったらこうは決まらないだろう、
というほど、
ラスト1行の「着地の美技」などは圧巻ですから。
僕自身でさえ枕元に置いて
何度も読み返しているほどです。
今では3つの出版社に断られて本当によかった、
と思っています。



▲2006年のバンコク国際映画祭にて。
 タイ芸能ライターの白田麻子さんが撮影。


プラープダーは20回近く日本を訪れている
大の日本ファン。
もちろん彼自身もこの本の刊行を
無邪気に喜んでくれていますが、
ひとつ残念だったのは、
この本の献辞にたったひとり記されている
彼の実のお祖母さんが、
この本が刊行されてすぐに亡くなってしまったことです。
この本の2編めにも出てくる
彼の幼少期に深く関わっていたお祖母さんらしく、
彼の実質的な日本デビューのことを
もし認識できていたら、
きっと少なからず喜んでいただけたに違いないのですが。

短編、そして2004年くらいから
少しずつ発表を始めた長編小説も含めて、
彼の素晴らしい著書はまだまだあります。
彼に追いつけるよう、弊社もがんばっていきます。
憧れの日本で文壇の端っこをようやく歩き始めた彼を、
どうか温かい目で応援してください。

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『鏡の中を数える』
著者:プラープダー・ユン
価格:1,890円(税込)
発行:タイフーン・ブックス・ジャパン
ISBN-13: 978-4990362102
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担当編集者さんへの激励や感想などは、
メールの題名に本のタイトルを入れて、
postman@1101.comに送ってください。

2007-07-10-TUE

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