担当編集者は知っている。


『未完の建築家
 フランク・ロイド・ライト』
著者:エイダ・ルイーズ・ハクスタブル
翻訳:三輪 直美
価格:2,100円(税込)
発行:TOTO出版
ISBN-13: 978-4887062818
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グッゲンハイム美術館、旧帝国ホテル、落水荘など
歴史に残る数々の建築を生み出した
巨匠フランク・ロイド・ライト。
どのような環境が天才建築家を育てたのか、
各作品をつくっているときに、
ライトはなにを考えていたのか‥‥。
本書は、駆け落ち、殺人事件、火災、破産など、
これでもかとやってくる逆境を
すさまじい精神力で乗り越えて
90歳を過ぎるまで現役であり続けたライトの生涯を、
ピュリッツァー賞作家が描いた伝記です。
翻訳・編集を担当された三輪直美さんに
お話をうかがいました。
(「ほぼ日」渡辺)

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担当編集者/
フリー編集者・翻訳家 三輪直美


江戸時代生まれ?!


アメリカ南北戦争の直後、牧歌的な馬車の時代に生まれ、
20歳になるまで電灯すら見たこともなかった
ウィスコンシンの田舎育ちの青年が建築家になり、
最晩年にはニューヨークの、
今も過激さでは最先端の建築に引けを取らない
ブッ飛んだ作品、グッゲンハイム美術館をつくるまで、
92年弱の生涯をたどったのがこの本です。

日本でいえば、フランク・ロイド・ライトが生まれた
1867年は江戸時代の最後の年、大政奉還があった年です。
ライトの同い年には、夏目漱石や南方熊楠がいます。
それを思えば、
グッゲンハイム美術館の同時代性にくらべて、
ライトがどれほど昔の人か実感が湧いてくるとともに、
91歳まで生き抜き、
死の直前まで現役だったこの建築家が、
いかに先見の明にあふれ、
独創的でずば抜けた才能をもった
「異人」だったかをあらためて思い知らされます。

けれども、ライトが凄いのは作品だけではありません。
「事実は小説より奇なり」を地で行く
その一生であり、生き方です。まさに不世出の建築家、
いや、人間としても「こういう人は二度と出てこない」
という思いを原書を読んで強く抱き、
日本でもこの伝記を出版できればと考えたのが
出発点でした。
しかも、ライトは日本にとても縁の深い建築家です。
大の親日家、日本美術の愛好家であり、
旧帝国ホテル、自由学園など、
私たちが身近に体験できる建築を残し、
今でもたくさんのファンがいます。


▲フランク・ロイド・ライト photo: LOC


天才かペテン師か

私が最初にこの原書を知ったのは、
旅行中に機内で目にとまった
「ヘラルド・トリビューン」紙の書評を通してでした。
ライトの人生については、
かなり以前に読んだものの断片的な記憶がありました。
天才的な「人たらし」で、
一瞬にして老若男女を魅了してしまう
強烈なカリスマ性をもった建築家、
惚れっぽく、施主の奥さんや女性クライアントと
すぐ恋に堕ちてしまう色男、
まるで映画『シャイニング』の世界さながらに、
自分の恋人やスタッフが使用人に次々と斧で惨殺された
ショッキングな事件の被害者‥‥。
ライトは「波乱万丈編人生のチャンピオン」、
そんな印象を漠然ともっていました。
また、作品については、
これまでアメリカの辺鄙な場所まで
足を伸ばして多くを見てきました。
けれども、その書評を読んで、
いったい自分がどれだけこの建築家の人間像を
正確につかんでいるのかと思い、原書を手に取りました。

まず、目を通してわかったのは、
アメリカではここ20年間でライトの研究が飛躍的に進み、
伝説のオーラに包まれたこの建築家の人物像が
多方面から研究されてきたことです。
著者は、最初にこう書いています。
「ライトには2つの人生がある。
 ひとつは、創作した人生、
 もうひとつは、実際に生きた人生」。
そして、作品を紹介しながら、虚像と実像、
伝説と事実の間を行き来しつつ作品と私生活を一体化し、
この建築家の本質に迫っています。
ライト研究の最新情報を散りばめたこの本を読めば、
等身大のライト像や、
その周辺に漂う伝説の真相や背景が
浮かびあがってきます。
そこにこの本の魅力を感じました。


▲グッゲンハイム美術館。ニューヨーク、
 1943-59年



▲グッゲンハイム美術館、
 スロープとガラスの丸天井の見上げ。



70歳から人生に王手

それにしても、ライトの人生の浮き沈みは
ハンパではありません。
若くしての大成功、6人の子供と妻を見棄てて
施主の妻と駆け落ち、殺人事件、度重なる火事、
借金地獄と破産、離婚のいさかい、逮捕やFBIの追跡など、
まるで小説にでもなりそうな苦境に陥りながらも、
最後の20年間、
普通の人ならリタイアする70歳近くになって、
落水荘を建ててドラマチックに返り咲きます。
私たちがフランク・ロイド・ライトといえば
瞬時に連想される落水荘やグッゲンハイム美術館は、
彼の人生の「最終章」だったのです。
プロジェクトも含めると400件以上にのぼる
全作品の3分の1を、
ライトは最晩年の9年間(80歳を過ぎてから)で
生みだしたというのですから、凄いおじいちゃん、
そのパワーには言葉を失います。
そこに行き着くまでのライトは、
一度ならずホームレスになり、
材木1本買うのもままならない時代を通過しています。

普通の人なら再起不能になっていただろう
逆境にあらがい、
耐え抜いたライトの不屈の精神基盤は
どういうものだったのか。
そこを分析する切り口にも、
この本にはこれまでにない新鮮味がありました。
母方の血である、頑固一徹な英国ウェールズ人の気質、
ラルフ・ウォルドー・エマソンや
ジョン・ラスキンといった19世紀思想家からの感化、
また、子供時代、毎年夏休みになると
「疲れに疲れを重ねて」
叔父の農場で味わった厳しい労働。
この農場での経験は、
ライトの人格形成や建築に深い影響を与えます。
とくに私が感動したのは、
ライトの「原風景」を形づくった農場での生活、
自然との接触や家族との思い出が
鮮やかに描きだされていることです。
偉大な建築家や芸術家には、
心に刻みつけられた、
創作の源泉となる強烈な原風景がある
――そのことをこの本で再認識しました。


▲落水荘。ペンシルヴァニア州ベア・ラン、
 1934-37年 photo: LOC



▲手前に掛かる橋から見た落水荘の東側。
 屋内と川とをつなげる階段がある。photo: LOC



コンピューターには負けない

著者のハクスタブルさんは、86歳になる今も現役で
「ウォールストリート・ジャーナル」に記事を書く
息の長い建築評論家です。
1970年には、評論部門で初めての
ピュリッツァー賞を受賞し、
1960年代から20年間「ニューヨーク・タイムズ」の
建築編集主幹を務めていたときには、
ニューヨークの建築家や開発業者は
彼女の記事が出るたびにビクビクした
という話が残っているほど、
歯に衣着せぬ批評で知られた人です。
本書でも、「う、キツイ」と思わせるような
ハクスタブル節が随所に出てきます。

著者はライトの創造性について、こういっています。
「今の建築家の道具がコンピューターであるのに対し、
 ライトの道具は三角定規やコンパスで、
 すべてが手書きで表現された。
 ‥‥
 技術の進歩で、今では極端なイメージを
 つくるのはむずかしくなくなったが、
 コンピューターを使った建築が、
 想像力だけで描きだされたライトの
 美しいフォルムを超えることはないだろう」


▲ウィスコンシン州ラシーン。1936-39年
 ドライヴ・インになったエントランス。photo: LOC



▲ジョンソン・ワックス本社、吹抜けのワークルーム。
上階にバルコニーがまわる。 photo: LOC



読む人の人生を重ね合わせて

この本には、建築に関わる人だけに限らず、
誰にでも思いを重ねながら
読みすすめられる間口の広さがあると思います。
たとえば、ライトの生い立ちや子供時代に受けた
フレーベル式オモチャをはじめとする教育の話は、
わが子を天才に育てたい! 
と思っている方の興味を引くかもしれませんし、
家を建てたいと思っている方にも
参考になるかと思います
(もちろん、こんな破天荒な建築家は
 そうそういないでしょうからご安心を)。
建築家という仕事に興味がある方にも、
かっこいい響きとは裏腹に、
それがいかにイバラの道であるかを
垣間見ることができるのではないでしょうか。
ライトの神話や伝説が徹底的に骨抜きにされても、
彼の人間的な魅力は風化するどころか
ますます強まっていくように思います。
ライトが亡くなってほぼ半世紀が経つというのに、
そのカリスマ性は今も強烈です。
本物のカリスマは、
どれほど仮面を引きはがされようとも、
存在感の輝きがくすんでしまうことはないのでしょう。

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『未完の建築家
 フランク・ロイド・ライト』
著者:エイダ・ルイーズ・ハクスタブル
翻訳:三輪 直美
価格:2,100円(税込)
発行:TOTO出版
ISBN-13: 978-4887062818
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2007-06-29-FRI

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