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| 担当編集者は知っている。 |
聖骸布というのは、十字架から降ろされた イエス・キリストの遺体を包んだ といわれる亜麻布のこと。 ふしぎなことに、この布にはぼんやりと 人の姿が浮かびあがっているのです。 この「人」は本当にイエス・キリストなのか? 中世になってから レオナルド・ダ・ヴィンチが作ったんじゃないか? 本書は聖骸布のさまざまな謎を徹底的に調べ 完成した大型本(ムック)です。 なんと、世界初の試みで、 十字架にかけられた釘や茨の冠がくっきり見える 聖骸布の実物大上半身ポスターつき。 この本を担当された 講談社の灘家さんにお話をうかがいました。 (「ほぼ日」渡辺) *********************************** 担当編集者/ 講談社 総合編纂局第二出版部 灘家薫 ──痛かったねぇ。よくぞ気張ってこらえたねぇ。 ひりひりと胸に刻まれた無数の鞭打ち傷、 たらたらと額からはいく筋もの流血、 手首の傷穴はずきんずきんと疼くようで、 脇腹からはどろどろどろりと血があふれ出て‥‥。 「トリノの聖骸布」の実物大の写真を目にしたとき、 布に映った人物のあまりに凄惨な虐待跡に、 魂消(たまげ)ました。 ![]() 聖骸布はトリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されている 横4.415m×縦1.137mの 杉綾織(ヘリンボーン)の亜麻布。 イエス・キリストが十字架刑で死に、 埋葬されたときに遺体を包んだといわれる布のことです。 聖書によると、死後3日目にマグダラのマリアらが 墓に行ったら、イエスの体はすでに消えていた。 あわてて使徒のペトロとヨハネを呼んだけれど、 彼らももぬけの殻となった墓穴に、遺体を包んだ布が 「ぺしゃん」とへこんであるのを確認できただけ。 イエスは復活したときに布をくぐり抜け、 その瞬間、自分の全身の姿を映したというのです。 ──んなこと、あるわけないだろう! ふつう、そう思いますね。 去年の夏、知人から調布サレジオ神学院の ガエタノ・コンプリ神父を紹介していただきました。 神父はイタリアから来日して52年、 「喜寿になったよ」とさらりと言えるほど 日本語が達者で、笑顔上手、説教上手で。 と同時に、世界有数の聖骸布研究家でもあるのです。 なかでもとっておきの資料が、 2002年に初めてデジタルで撮影された 実物大の聖骸布の写真。 そこには鞭打ち、茨の冠、手首と足の十字架の釘穴、 右脇腹の槍傷と、聖書(福音書)の記述そのままの イエスの受難の跡がリアルに映されていました。 この不思議な布にまつわる興味深い歴史や 調べられた研究結果の詳細を神父から伺ううちに、 「聖骸布は想像の範囲をはるかに超えている」と高ぶり、 会社に戻ってから企画書を出したのです。ところが、 「宗教関係の本は、ねぇ‥‥」 「聖骸布はオカルトだろ?」 と、ひんやり体温の低い反応が返ってきて。 しかしそのときレット・イット・ビー。 まるで聖母マリアのお告げのように、 「もし聖骸布の人物がイエス・キリストだとしたら 実物大のポスターを付録につけたら だれでも等身大のイエスに対面できるわけだ」 と“ポスター付録案”が閃いたのです。 企画は、通りました。 ![]() さすがに聖骸布丸ごと4mのポスターは無茶なので、 全身像およそ2mを刷ることで関係各所に相談。 けれどたたむとかさばる、費用がかかる。 直球の疑問として、 「ところでお前、2mのポスターなんて 貼れる家あるの?」。 ならばならばと頭頂から指先までの上半身1.2mで決定。 1/2の大きさでも迫力があるのだから、 縮小して全身を載せたほうが 「親切」という声もありましたが、 どうしても実物大にはこだわりたかったので。 ──ここのところいろいろと考えていたのです。 テレビやインターネット、ゲームや携帯電話に 紙媒体は押されていて、とっても苦しんでいる。 ならばそこを突破するひとつの方法として、 対象物をフレーム内に縮小、圧縮することなく、 実物大そのまんまに印刷して見せる方法があるかなと。 それも四六判とかA4変形といった 本の定型に納めて見せるだけでは、まだまだおとなしい。 紙は、大きさが自由になるのがメリットなのだから、 大きなものを「うわっ」と大きなポスターにして実物大。 見た目の迫力や臨場感、スケール感。 これこそ紙媒体でしかできない 「紙力」じゃないかなと。 写真は聖骸布のネガ画像にしました。 実は聖骸布の人物はネガで映っているのです。 すると聖骸布のネガ画像だと人物は反転してポジになる。 ふつう写真はポジになった画像を見ますよね。 ならばポスターも、人物がポジで見えるように あえてネガ画像を選んだわけです (ちょいと難解ですね)。 本物っぽさを出すために布も考えましたが、 ポスター裏面にも写真を載せたいので 裏写りしない紙に印刷することに決めました。 はたして聖骸布の男は イエス・キリスト、なのでしょうか? その謎の解明で本は展開していきます。 レオナルド・ダ・ヴィンチが作ったという 贋作説がけっこう流布しているけれど、 それを吹き飛ばす決定的な証拠があります。 フランス・リレで鋳造されたメダルです。 ![]() 見てください。 人物の表面と背中面が並ぶレイアウト、 なにより杉綾織の模様まで刻まれて。 これはまぎれもなく聖骸布がモチーフになっています。 ふたつの家紋と残されている史料から これは1350年頃にリレという村で 聖骸布の一般公開を記念して発行された メダルだと確認されました。 ダ・ヴィンチが生まれたのは1452年ですから‥‥ね? そしてもうひとつの読みどころが、 「アブガル王」という、 紀元1世紀にエデッサ(現トルコ)にいた 王様の伝説です。 イエスの奇跡の評判を耳にしたアブガル王は、 自分の長患いを治すために イエスに来てほしいと使者を送りました。 けれど使者がエルサレムに着いたときは イエスは十字架を背負ってゴルゴダの丘に向かう途中。 イエスは使者に布を出させ、顔をぬぐって渡します。 布にはイエスの顔が映っていて それを見た王は、病が治った──という話です。 ![]() 有名なヴェロニカのベールの話は、 これをもとに生まれたといわれています。 以降、その布は行方不明になったのですが 525年にエデッサの城壁で発見されたのです。 直後にエデッサは敵国に攻められ絶体絶命の危機を 迎えますが、その「イエスの顔布」をかざしてみたら 神風顔風吹いて形勢超逆転。 奇跡的な勝利を収めたのです。 さて質問です。 下の写真のうち、イエス・キリストはどれでしょう? ![]() ![]() ![]() 答は、すべて! です。 パンチ頭に美少年、ギリシャ彫刻風‥‥ これらはみな5世紀までに作られたものです。 そう。昔はイエスの顔には「決まり」がなくて 各々自由に想像しながら描いていたのですね。 細面の長髪真ん中分け、口ひげあごひげ、大きな目。 これが私たちが思い浮かべるイエスの顔ですが、 では、だれが「その顔」に決めたのでしょうか。 キリスト教はユダヤ教から生まれたともいえるから、 当初は「十戒」により、 神の姿を描くことは禁止されていた。 聖書には顔の記述は1行もないし、写真もあるわけない。 ならば、だれが、いつ、なぜ、どのように? 映画でもパゾリーニやブニュエル、スコセッシら 個性派監督が撮ったイエスも、外見はみな同じです。 ──その答えが聖骸布にあるんです。 実は前に紹介したエデッサの「イエスの顔布」は、 聖骸布を8つに折りたたんで、 顔の部分だけが見えるように飾っていたという説があり、 危機に陥ったエデッサを救ったということで 近隣諸国から諸人こぞりて御利益祈願のエデッサ詣で。 奇跡をもたらすイエスの顔布を複写して持ち帰りました。 やがてそのコピーが広まり、 イエスの顔の原型ができあがったのです。6世紀でした。 ほら、この11世紀に描かれたナポリ近郊の教会の絵。 ![]() 髪型やひげの形、聖骸布の男にそっくりでしょう? ![]() なにより額にかかる「3の字」の髪の毛、 本当にいい仕事をしてますね! 聖骸布を調べると、 人物の身長はおよそ180cmで、 血液型はAB型であること。 付着した58の花粉のうち、 イエスが暮らしていたユダヤでしか見られないものが 13種も検出されました。エデッサの花粉も20種ある。 ひざに付いた土はエルサレムに多い霰石だとわかり、 布の縫い方も1世紀のユダヤでしか見られない 独特なもの。 そして人物と聖書の記述からの「傷の照合」‥‥ これらをすべてひっくるめて推察すると 聖骸布の人物がイエス・キリストではないという確率は 250億分の1ということです。 ってことはイエスである確率は!!! では、なぜ布にイエスの像が映ったのか? この布はイエスの奇跡を起こすのか? 聖骸布の血痕からイエスのDNAは採取されたのか? そもそもローマ教皇は認めているのか? ‥‥それはどうぞ本をご覧になり、うなってください。 なにはともあれ百聞は一見にしかず。 本当に聖骸布の男はイエスなのかと想像を巡らせながら 12使徒のひとりトマスのように 脇腹に手を触れてみませんか。 身長181cmの僕が持っても、ほら、「紙力」強いでしょ? ![]() ***********************************
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2007-06-15-FRI
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