担当編集者は知っている。


『ポスト・ヒューマン誕生
 コンピュータが人類の知性を超えるとき』
著者:レイ・カーツワイル
価格:3,150円(税込)
発行:日本放送出版協会(NHK出版)
ISBN-13: 978-4140811672
【Amazon.co.jpはこちら】

著者のレイ・カーツワイルさんは
米マイクロソフトの会長ビル・ゲイツさんが
「わたしの知る限り、
 人工知能の未来を予言しうる最高の人物だ」
と評したアメリカの発明家・未来学者です。
昨年はNHK BS特集「未来への提言」でも、
21世紀の世界のキーパーソンとして登場していました。
急速に発達するコンピュータ技術は、
人体や人の生き方、社会、文明をどう変えていくのか?
著者がこれから50年以内に起きると予測した
数々の事例にびっくりです。
このご本を担当されたNHK出版の松島さんに
お話をうかがいました。
(「ほぼ日」渡辺)

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担当編集者
/日本放送出版協会(NHK出版)図書編集部
 松島倫明

生物の限界を超え
2045年、人類はついに
特異点に到達する‥‥

これが本書の帯のコピーです。
生物の限界? 2045年? 特異点?
ツッコミどころ満載のコピーです。
今回はこの「生物の限界」「2045年」「特異点」の
三題噺で本書の紹介に代えたいと思います。

「そもそも2045年と言ったって、
 まだ38年も先の話じゃないか。
 俺なんてとっくに死んでるよ!」

‥‥と、叫ばれる方もいらっしゃるかもしれません。
(僕もそろそろ臨終を迎えているかもしれません‥‥)
ですが、この今世紀の半ば、私たちが果たして
どんなことになっているのか‥‥、について、
実のところ、私たちはよく知っているはずです。

例えば、『ドラえもん』。
早くも1970年代に私たちは、
22世紀の未来をお茶の間から垣間見ていました。
『未来少年コナン』は2008年、
『ブレードランナー』は2019年、
『攻殻機動隊』は2030年、
『マトリックス』は2199年、
『風の谷のナウシカ』は3800年頃と推定されます。
『ガンダム』? 
あれは宇宙世紀0079年です。
スペースコロニーへの移民が開始された年が
宇宙世紀元年なので、
え〜と西暦だと何年なんでしょうか。

そう考えると、2045年なんて、「すぐ」です。
その時私たちの社会がどうなっているのかを、
遺伝子工学、ナノテクノロジー、
ロボット工学に着目して、
その進化のスピードを割り出し、
大まじめに、大胆かつポジティブに予言しているのが、
本書『ポスト・ヒューマン誕生』なのです。

といっても、僕が小さかった頃は、
「21世紀の未来」と言えば、
それはそれは輝かしいもので、
宇宙服に身を包んだ私たちは空飛ぶ車で移動して、
食べたいものは何でも瞬時に調理される‥‥、
そんな未来社会を当然のように頭に描いていました。
そして、そんなものは全て嘘っぱちだったことを、
案外冷静に受け止め、忘却の彼方に葬りさっているのが、
00年代に生きる私たちの現実ではないでしょうか。
しょせんあれはアニメやSFの世界であって、
どうやら現実はあまり変わりそうにないな‥‥、という。

本書『ポスト・ヒューマン誕生』は、
そんな私たちに驚愕の未来像を提示します。

「2030年には人間の脳に匹敵する能力を備えた
 コンピュータが、1ドルで購入できるようになる」

「無数のナノボットを体内に取り入れた人体は、
 ついに永遠の寿命を手に入れる」

などなど。つまり、人工知能(AI)は
軽く人間の全能力を超え、
逆に人間は、不死の身体を手に入れる‥‥。

「そんな『マトリックス』みたいな世界に
 なるはずがないじゃないか!」
と思われるかもしれません。
(だいたいマトリックの世界は2199年ですし‥‥)

でも、本書の著者、レイ・カーツワイルに言わせれば、
そう考えるのはある「思考の罠」に陥っているからです。
つまり、「進化は加速している」という事実を
見落としている、という訳です。進化は加速している?



上のグラフを見てください。
文明の進化、そして技術の進化を歴史的に見てみると、
対数グラフでは、
次々と進化が続いていることが分かります。

これを線形グラフで見てみましょう。



横軸を時間の線形的な流れに置き換えると、
進化が極端なほどの曲線を描いて
加速しているのが分かります。

あるいは、「ムーアの法則」。
「半導体の集積密度は18〜24ヶ月で倍増する」
というあれです。
これも、線形グラフを描けば
ぐいぐい上昇する曲線になります。

あるいは、インターネット。



その原型となった米国防総省高等研究計画局の
ARPANETのスタートは1969年でした。
それから徐々にネットワークは拡大し、
ついに90年代に大爆発を起こしたことは、
みなさん自身も体感されたことだと思います。
あれも「進化が加速」している
身近な例と言えるでしょう。
子どものころはネットやメールなんて
考えもしませんでした。

私たちは、過去10年の進化のスピードを、
今後10年の進化の予測に同じようについ適用しがちです。
しかし、本当は上の曲線にもあるように、
過去10年の進化と同等の進化は、
今後5年で達成できるかもしれません。
そしてその5年の進化と同等の進化は、
次の1年で達成できるでしょう。

ひとたび加速を始めた進化は、
瞬く間に想像もしなかった発展を遂げるのです。
この、曲線のちょうど折れ曲がりの部分、
時間と進化の度合いの関係が逆転する点を、
著者カーツワイルは
「特異点(シンギュラリティ)」と呼んでいます。



では、特異点を迎えた私たちの社会は
どうなっているのでしょうか。

カーツワイルは、人間の脳の機能を模倣できる
コンピュータは、2020年あたりには10万円ほどで
買うことができるようになる、と予想しています。
そして2050年には、地球上の全ての人間の脳の
処理能力を超えるコンピュータが同じ値段になると。

人間の知能がもつパターン能力と、
機械がもつ記憶と技能を共有する能力や、
正確な記憶能力とが合体し、
非生物的な能力が人間の能力を
根底から覆し変容させる時 ― 特異点 ―
これをレイ・カーツワイルは2045年と予言しています。

同じく、人間の脳の解明も、飛躍的に進化します。
現在、最もホットな科学分野である脳科学、
その解明とリバースエンジニアリングは、
それこそ「加速」を始めています。
100年はかかると言われていたヒトゲノム解読は
わずか13年で完了しました。
それと同様に、これからナノスキャンや
さまざまな技術の進化により、
2020年代には全ての脳の機能の解明が終了する、
さらに2030年代の終わりには、
人間の脳をスキャンし、別のコンピュータに
アップロードすることができる、としています。
完全に『攻殻機動隊』の世界なのです。

もうひとつ、カーツワイルの驚愕の予測は
「人間はついに永遠の寿命を手に入れる」
つまり「生物としての限界を超える」、
というものです。

その理由のひとつは、上に挙げたように、
私たちは自分の脳の中を別のコンピュータに
アップロードすることができるからです。
たとえ肉体が滅びても、「わたし」は生き続ける、
では、その時の「わたし」は果たしてまだ
「人間」なのでしょうか‥‥

あるいは、もう一つの方向性として、
人体のサイボーグ化、が挙げられます。
現在、人工人体の進歩は著しいものがあります。
老朽化する肉体のパーツをひとつひとつ
人工人体に置き換えっていった時、
果たして「わたし」はいつまで「人間」でしょうか。
脳だけがオリジナルで残りがすべて人工物だったら?
あるいは脳さえも、アップロードされたものだったら?

遺伝子工学、ナノテクノロジー、ロボット工学の
進化の先にある「特異点」は、同じ問題を、
また違った角度から見せてくれます。
遺伝子工学によって人体の改変が可能となり、
ナノテクノロジーとロボット工学によって、
ナノサイズのロボット=ナノボットが、
人体を縦横無尽に駆けめぐるようになるのです。

もはや心臓という効率の悪いポンプは必要なく、
ナノボットが血液を体中に運ぶようになるでしょう。
肺によって呼吸をしなくても、ナノボットが
酸素を効率よく各細胞に供給してくれることでしょう。
腎臓に頼らなくても、ナノボットが血中の
老廃物をきちんと濾過、排出してくれます。
食事による栄養摂取も、もはや効率が悪いので、
必要な栄養素はすべてナノボットから、
その時々の必要に応じて直接とることにしましょう。
食事とは純粋な味覚の楽しみになるでしょう。
ただし排泄という行為は面倒なので、
これもナノボットに頼るとしましょう。

‥‥つまり、人体の機能のすべてを、
科学によって代替できる時がくるというのです。
その時、人間はそれでも身体の衣を
まとっているでしょうか。
それとも、もはや生物的、物理的な制約を超えて、
新たな人間=「ポスト・ヒューマン」と
なっているでしょうか。
本書『ポスト・ヒューマン誕生』とは、
究極的に、そんな命題を読者に提示する1冊なのです。

「不死」と言うと、眉に唾を付けて聞きたくなる、
そのお気持ちもすごくよく分かります。
しかし、ベビーブーマー世代である著者は、
その時まで自分が生きながらえて
不死の体を手に入れるため、
毎日200錠のサプリを飲んで
人体の老化を阻止しています。
そのエピソードからも、カーツワイルがいかに
この未来予測に強い確信を抱いているかがうかがえます。

こう書くと、カーツワイルを
ある種のマッド・サイエンティストのように思う方も
(もしかしたら大勢)いらっしゃるでしょう。
しかし彼は、その数々の発明により
「現代のエジソン」と称され、
発明家にとってのアカデミー賞とも言われる
「レメルソン-MIT賞」を受賞して
賞金50万ドルを獲得したこともあり、
1999年には
「ナショナル・メダル・オブ・テクノロジー」を
ときの大統領クリントンから授与されているなど、
本国アメリカでは大変に著名な人物です。

10代でコンピュータの可能性に魅せられ、
高校生のときには「私の秘密」という
人気テレビ番組に出演して、
コンピュータに作曲させた音楽を披露してみせました。
その後、同発明で「国際科学フェア」第1位を受賞し、
またときのジョンソン大統領から
「ウェスティングハウス・サイエンス・
 タレント・サーチ」賞を授与されているというから、
その天賦の才は折り紙つきです。


発明家・起業家として数々の発明をもとに
新たな事業を立ち上げては売却していく、
というビジネス・サイクルを繰り返していますが、
なかでも、フォントの種類を選ばない
世界初のOCRソフトや
CCDフラットベッド・スキャナー、
それらを音声合成ソフトと結びつけた世界初の
文章音声読み上げマシンはつとに有名です。
またスティーヴィー・ワンダーを
アドバイザーに加えて開発した
伝説のシンセサイザー「K250」と聞いて、
そのブランド「Kurzweil」という名前を思い浮かべる
音楽愛好者の方々も多くいらっしゃるかもしれません。

カーツワイルは現在でも
いくつかのベンチャーを運営していて、
その全貌は彼のホームページ
「カーツワイル・テクノロジーズ」
見ることができます。
また「カーツワイルAIネット」をのぞけば、
彼のAI研究における先駆的な取り組みの数々を
知ることができるでしょう(どちらも英文です)。

最先端の科学知識を存分に応用しながら、
それらを大胆かつ有機的に結びつけて行われた未来予測。
そこから私たちは、現代の科学技術がもつ
究極のポテンシャルとその深淵なる意義に
改めて向き合うことになるでしょう。
翻ってそれは、私たち「人間」であることの意味の
再考を迫ることになるはずです。
この広大な射程をもつ本書を、
ぜひご一読いただければ幸いです。

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『ポスト・ヒューマン誕生
 コンピュータが人類の知性を超えるとき』
著者:レイ・カーツワイル
価格:3,150円(税込)
発行:日本放送出版協会(NHK出版)
ISBN-13: 978-4140811672
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2007-02-20-TUE

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