担当編集者は知っている。


『文字本』
著者:片岡 朗
価格:2,100円(税込)
発行:誠文堂新光社
ISBN:4416606079
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著者である片岡さんの初仕事は
高度経済成長さなかの'60年代後半。
展示会用パネルに文字を書くことだったそうです。
その後、長い間、アートディレクターとして
文字とつきあってこられた片岡さんは、
文字の持つ不思議さ、深さ、面白さ、恐さに魅了され、
こつこつと3年かけてひとつの書体を作り上げます。
それが2000年に発表された「丸明オールド」。
「法則性を持ちながら個別でも全体でも美しくあるよう、
 全体を俯瞰し、細部まで目を配る」
という書体作りの面白さや、
文字を中心としたデザイン論が満載です。
このご本を担当された雪さんにお話をうかがいました。
(「ほぼ日」渡辺)


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担当編集者
/フリー編集&ライター 雪 朱里


どれも同じ「ほぼにちわ。」のはずなのに、
声も姿も人柄もまったく違う3人から
声をかけられたように感じませんか?
書体(フォント)って、
人にメッセージを伝える「声」のようなものなのですね。

わたしたちの身のまわりには、文字があふれています。
いま、あなたが見ている、このパソコン画面の文字。
いつも読んでいる本や新聞、雑誌の文字。
ありとあらゆるところに文字は登場しますね。
それらの文字のひとつひとつ‥‥
まさにひと文字ひと文字が、
人の手によって作られたものだということを
意識したことはありますか?

ひとつの書体を完成させるには、
7,000字近い文字が必要なのだそうです。
わたしたちがいま見ているこの「書体=フォント」は
なにかの機械が自動的に作ってくれたものでなく
「書体デザイナー」と呼ばれる人たちがデザインし、
ひと文字ひと文字、作ったものなのです。

出版・印刷の制作現場は、
ここ数十年、常にめまぐるしく変化しています。
ハンコのような文字(活字)1本1本を
組み並べて版を作り印刷していた
「活版印刷」が主流だった時代から、
「文字盤」というネガを通った光によって
「印画紙」を感光させ、「現像」するという
写真の原理で印字する「写真植字(=写植)」へ。
そして現在は、主にMacを用いて印刷データを作り上げる
DTPへと移行しています。

Macの波が押し寄せたとき、
デザイナーたちの頭を悩ませたのが、文字でした。
当時Macで使える書体は、数が限られているだけでなく、
それまで活字や写植で使われていたような
美しい文字がほとんど見当たらなかったのです。
ひとつの書体を作るために必要な文字は約7,000字。
それはひとりで作るとすると、丸3年はかかる量です。
印刷の世界でMacの普及が進むスピードに、
「書体づくり」が間に合わなかったのです。

Macの波が押し寄せてから、10数年が過ぎました。
近年になり、Macの世界でもようやく、
書体の選択肢が広がってきました。
そして今、ひとつの書体が静かな人気を呼んでいます。
「丸明オールド」という文字です。
(冒頭の「ほぼにちわ。」3番目の文字です)

活字書体をベースに、角を丸くデザインされたその書体は
デジタルフォントなのに、手書きのようなあたたかさと
懐かしさ、かわいらしさを感じさせる、
不思議な書体です。

はじめは、新聞広告でした。
副田高行さんがアートディレクションした、
サントリー「モルツ」の広告(2000年2月)。



それを見て「この書体は何だ!」と衝撃を受けた
広告制作会社ライトパブリシテイの細谷巌さんが、
やがて自分の作品に使い始めました。
次第にこの書体に魅せられた人たちが増え、
じわり、じわりと使い始め
いまでは「丸明オールド」を、
さまざまなところで見かけるようになりました。

この書体をつくったのは、片岡朗さんという、
まもなく60歳のグラフィックデザイナーさんです。
40年間、文字とじっくりつきあってきた片岡さんが、
文字の持つ力を一人でも多くの人に知ってもらいたい
という思いを込めて書いた本が『文字本』です。

本を作るきっかけになったのは、
『デザインノート』という
雑誌の文字特集で、片岡さんに
「丸明オールド」の世界と文字に対する思いを聞き、
「文字組版論」を書いていただいたことでした。

記事が掲載された2号(2005/03)は
現在も人気の号なのですが
発売当時も爆発的に売れました。
返ってきたアンケートハガキの
「最も面白かった記事」に多くの人が挙げていたのが、
片岡さんの記事でした。
片岡さんの記事に対して寄せられたおたよりのなかには、
「PCによるデザインに乗り遅れて、
 安い仕事を大量にタイトなスケジュールでこなし、
 疲弊していくばかりでしたが、
 この記事を読んで、デザインっていいものだなと
 改めて思い、がんばっていこうと思いました」
という、50代のデザイナーさんからのものもありました。

読者のみなさんからのハガキを読んで、
片岡さんの記事がベテランに勇気を与え、
若者に文字の奥行きを伝える記事となったことを痛感した
『デザインノート』三嶋康次郎編集長は、
これを本にしないわけにはいかないと思い、
『文字本』出版企画を立ち上げたそうです。
そうして、当時の記事担当ではなかったものの、
『デザインノート』で編集ライターをしていたご縁で
わたしは『文字本』の編集を
担当させていただくことになったのでした。

『文字本』の中には、片岡さんの文字遊びと図表以外、
写真もイラストも一切使われていません。
白い紙に黒い文字、ただそれだけ。
「文字の力」を読んでくれたみなさんに伝えたいから、
文字以外のものは、色でさえも、一切使いません! と
片岡さんからキッパリ言われた時には、
なんと潔い方なのかと驚いてしまいました。
ふだんはとても謙虚で控えめな片岡さんが
キッパリと言い切る言葉には
有無を言わせぬ説得力があって、
わたしたちは思わずうなずきました。
いま、本ができ上がってみて、
この本にはこの形以外ありえなかったと思えます。

文字にまつわるさまざまな思い、
書体設計という仕事についてのあれこれ、
組版(文字を並べ、レイアウトすること)のこと、
そして仕事論まで。
もちろん、丸明オールドの制作裏話や、
片岡さんがつくった他の書体の見本も
たっぷり載っています。
また、キユーピーマヨネーズはじめ
数々の名作広告を生み出してきた
秋山晶さん(コピーライター)と
細谷巌さん(アートディレクター)、
シャープ「AQUOS」やサントリー「モルツ」の
広告を作り、「ほぼ日」にも
「どうせだったら、広告の勉強もしてやれ!」
で登場した副田高行さん(アートディレクター)、
Mac OS X標準搭載書体「ヒラギノ」を開発した
字游工房の一員・岡澤慶秀さん
(タイプフェイスデザイナー)、
書体史・印刷史研究家、辞書執筆者、辞書編纂者、
タイポグラファー、ブックデザイナー‥‥と
多彩な肩書きを持つ府川充男さん(築地電子活版代表)の
5人の方々が文字にまつわる考えや経験の言葉を
寄せてくださっています。

文字が好きという方、
デザインにかかわるお仕事をしている方はもちろん、
「ひとつの仕事をコツコツときわめていく」という
生き方に興味がある人たちにも、
手に取っていただきたい一冊です。
真っ白なモノリスのようなこの本を
書店で見かけましたら、
ぜひ、ぱらぱらとめくってみてください。

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『文字本』
著者:片岡 朗
価格:2,100円(税込)
発行:誠文堂新光社
ISBN:4416606079
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2007-01-30-TUE

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