担当編集者は知っている。


『小さな白い車』
著者:ダン・ローズ
価格:1,680 円(税込)
発行:中央公論新社
ISBN:4120036634
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1972年生まれのダン・ローズは
英国で若手NO.1と称される小説家だそうです。
残酷で不条理でありながら
切なく美しい彼の作品には翻弄されっぱなし。
予想を裏切られる展開、スピード感、激しさ‥‥
今回はそれに加えて、コミカルでキュート!

衝突した車に乗っていたのは、
元英皇太子妃とその恋人。
「マジ? あたし、プリンセスを殺しちゃった」

こんな衝撃的な内容の小説を担当された
中央公論新社の香西さんに
お話をおうかがいしました。
(「ほぼ日」渡辺)

★★☆☆★★★★☆☆★★★★☆☆★★★★☆☆★★★★☆☆★★

担当編集者
/中央公論新社 香西章子


いま世界中から注目されている、
英国の異端児ダン・ローズ。
残酷で凶悪、そして驚くほど純粋な愛のかたちを
見事に表現した
『ティモレオン センチメンタルジャーニー』で、
鮮烈な日本デビューを果たした著者の最新作が、
金原瑞人さんと田中亜希子さんの
絶妙な翻訳で8月に刊行されました。
タイトルの可愛さとは裏腹に、内容はトンデモナイお話。
なんとダイアナ妃の車に衝突してしまった
パリジェンヌの証拠隠滅物語です。

音楽家のジャン=ピエールとの埒のあかない関係に
別れを告げたヴェロニクは、
ワインとマリファナでぐるぐる目を回しながら、
白いフィアット・ウノに乗り込みます。
退屈な日々からのささやかな出発になるはずが、
家に帰る途中、世界一有名な元英国皇太子妃の車に
ぶつかってしまって事態は急変。
世界中が追悼の涙にむせぶなか、
罪悪感と逮捕から逃れるため、
友達の力を借りて証拠隠滅に狂奔するハメに‥‥。

ダン・ローズの既刊を読み、
その独特の世界感にしびれていた私は、
この本の原作“The Little White Car”を読み始めて
数ページで頭が???になりました。
著者のこれまでの作風は、非情なまでに辛辣でドライ。
愛や葛藤を受け入れて幸せになるはずが、
思わぬ不幸から逃れられなくなる
不条理を鋭くえぐるように描き、
読み終わっても突風で吹き飛ばされたような
ざらっとした感触が残ります。
NYタイムズでは、
「だれもが知っている最悪の夢を表現してみせた」
と評されたり、
イギリスでは現代文学界を代表する異端児として
認知されていて、
どちらかというとダークな印象がありました。

ところが「小さな白い車」では、
意外な切り口で物語が始まります。
たとえば、ヴェロニクがニュースを見て、
初めて事の重大さを悟ったときの言葉。
「マジ? あたしプリンセスを殺しちゃった」
この軽さ、頭のネジがとんでいるはじけた会話、
ツッコミどころ満載のコメディのような展開は、
まるでYA小説やL文学のノリ。
誰もが知ってる笑えない事件から生まれた
ポップな物語の意外さに、思わずどきっとしました。
  YA小説:YAとはyoung adultの略。
   児童書と大人向けの本の狭間にある
   13〜19歳向けの本を指す。
  L文学:L文学のLは
   レディ(Lady)、ラブ(Love)、リブ(Lib)。
   20〜30代女性向けの小説。
翻訳者の金原さんによると、
この本は海外ではChick Litというジャンルでも
注目されているのだとか。
Chick Litとは、『ブリジット・ジョーンズの日記』などに
代表される若い女性向けの気楽に読める小説のことで、
英語圏のL文学のようなジャンルだそうです。

お腹を抱えて笑うようなタイプの作品は
決して書かないだろうと思っていたダン・ローズが、
180度方向転換して女の子を主人公に据えて
ギャグまでとばしているなんて、まったくの予想外でした。
いつもユニークで実力を感じさせる小説を
発表している著者なので、
必ず次は単行本から担当したいと思って
待ちわびていた新作だったのですが、
あまりのイメージの違いに思考は停止。
でもそのおかげであっというまにはまりこんで
ラストまで一気読み。
全然テンションの違う作品なのに、
いつの間にか文章の間からダン・ローズならではの
匂いのようなものが感じられてきました。

実はこの小説、
原作の著者名はダヌータ・デ・ローズという、
NY在住の若い女性が書いたことになっています。
彼女については「14歳で脚本家デビュー」したとか、
「イスラエルのバレエ団のために作曲した」とか、
「ロンドンで靴のデザインを学んだ」とか、
なんとも華々しい略歴までついていました。
そう、実は作風だけでなく、
作者まで含めた強烈なフィクションだったのです。

独特の世界観は決して変わることなく、
ジャンルを凌駕してみせる器量の大きさに圧倒されました。
日本版では、ダン・ローズの名前がよく知られているので
書店員さんや読者のみなさんに
気づいてもらいやすいように本名で刊行しましたが、
ダヌータについてはカバーの折り返し部分に
詳しく紹介してあるのでじっくり読んで、
著者のこだわりを楽しんで下さい。

物語をリードするのは、
ちょっとわがままでひたすらキュートな主人公
ヴェロニクですが、
脇を固める個性的な登場人物も異彩をはなちます。
愛する人に裏切られ、それ以来、
伝書バトのことだけを考えて暮らす、
大男のチエリーおじさん。
ヴェロニクを運命の人と信じている、けなげなドクター。
行きずりの男のふりをしてしまう哀れな修理工。
物語を縦横無尽に交差する誰もが、
絶望的な愛に振りまわさたり、
他人の幸せを喜べなかったりする
皮肉な心模様を浮き彫りにしていて、
はっとするほど苦い想いがこみあげてきます。
登場人物ひとりひとりの愛しさも醜さも絡めとって、
大きなてのひらで繭をつくるような
ストーリーテリングの巧みさは読みどころのひとつです。

翻訳の打ち合わせが進んだころ、
金原さんが「この本を映画に例えるなら
ジャン・ピエール・ジュネ監督の『アメリ』だ」
とおっしゃったのを聞いて、なるほどと思いました。
ジュネ監督の映画「デリカテッセン」や
「ロスト・チルドレン」は、徹底的に作り込んだ世界に
カルトなファンが熱狂していましたが、
ややグロテスクで邪悪さを感じさせることもあるので、
好き嫌いが分かれています。
ダン・ローズの『ティモレオン』や『コンスエラ』にも
同様に、衝撃的なシーンがちりばめられていますが、
その底辺にあるのは加虐的な喜びではなく、
純粋に愛を求めるのにうまくいかないで苦しんでいる
屈折した悲しみです。
ジュネ監督が「観た人が幸せな気分になるような映画」を
作りたいと思って生まれた「アメリ」のように、
誰もが楽しめる作品として新しい形を探し、
たっぷりユーモアをこめて到達した作品が
『小さな白い車』なのかもしれません。

強烈な刺激はちょっと、という読者にも入りやすく、
既刊を読んできたファンにとっては
驚きとその後にやってくる深さを感じられるはずです。
キュートで不条理、豪快で繊細、
イノセンスとイグノランスが同居する、
まちがいなく唯一無ニの異色作です。
今年一番ユニークな小説です。ぜひ読んでみて下さい。

★★☆☆★★★★☆☆★★★★☆☆★★★★☆☆★★★★☆☆★★


『小さな白い車』
著者:ダン・ローズ
価格:1,680 円(税込)
発行:中央公論新社
ISBN:4120036634
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2005-10-04-TUE

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