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| 担当編集者は知っている。 |
日本各地の大正末期〜昭和の初めの食生活を、 当時を知る約5,000人のおばあさんたちに、 インタビューして作り上げられた全集です。 「聞き書 東京の食事」「聞き書 沖縄の食事」‥‥と 各巻にはタイトルが付けられ、 地域別に50巻に分かれてます (50巻セットでなく、1巻ずつでも購入できます)。 ふるさとの家庭料理とともに、 各地の自然や風土、文化も丁寧に紹介されていて、 昔の人の自然とともに生きる、 理にかなった暮らしぶりが興味深かったです。 よく、パートナーと出身地が違うと 「味が濃い!」「薄い!」とか、 「正月のお雑煮は丸餅だ!」「角餅だ!」など、 意見が食い違うこともあるのですが、 相手の出身地の本を読むと、 食い違う理由が、歴史、風土、文化などの 深いレベルからわかって、これまた面白いです! (「ほぼ日」渡辺) ****************************************** 担当編集者 /農文協書籍編集部 繁田与助 日本の350余地域の おばあさんから聞き書きした 日本の食生活全集(全50巻) ■日本人の食と暮らしの記録 いま、「和食」のイメージは とても貧困になっているのではないだろうか。 寿司、天ぷら、刺身、懐石料理のような プロの技を尽くしたものか、 さもなければ肉じゃがやひじきの煮物といった 「おふくろの味」。他には‥‥? インスタントラーメンもファストフードもなかった頃の 日本人は、日々なにを食べていたのか。 戦争と高度成長を経て、日本人の食生活は大きく変わった。 それ以前、大正末期から昭和初期にかけては、 まだまだ地域ごとの農林漁業と風土に根ざした 食生活の枠組みが色濃く残っていた。 それは都会でもそうだった。 そのような日本人の暮らしとともにあった 伝統的な食事の総体についての調査は、 これまで全くと言っていいほど行なわれてこなかった。 だから伝統的な食事をつくった人々が亡くなれば、 日本人がつくりあげた食事は永久に失われてしまう。 今なら間一髪でまにあう‥‥ そう考えたのが20年前のこと。 『日本の食生活全集』の始まりである。 大正末期から昭和初期に台所に立ち、 実際に食事をつくっていた人々は、当時すでに80歳前後。 まさに“ぎりぎり間に合った”食文化の調査だった。 全都道府県の350余か所で聞き取り調査が行なわれた。 スタートが1982年。 以来10余年の歳月をかけ、93年に完結を見た。 ![]() 秋祭りにはすしをつくって(和歌山県和歌山市) ほんとうのふだんの食事を再現することに努めたため、 たとえば岩手県の調査をまとめた 「聞き書 岩手の食事」には「わんこそば」は出てこない。 観光客向けの料理だからだ。 ある出版賞の受賞を逃したときの理由の一つが この点だったが、こちらとしてはそれは“確信犯”である。 そのかわり、多彩な雑穀の利用やもちのさまざま、 山菜やきのこや漬物がたっぷり登場して 岩手の食文化の個性と豊かさを表現できたと思う。 ■食事の記録は暮らしの記録 聞きとりのために各県を単位として 編集委員会をつくることになった。 食事と暮らしを多面的に検討して記録できるように、 調理や栄養の専門家だけでなく、 農林漁業、歴史、民俗等の研究者にも参加していただいた。 聞きとりや撮影には、農山漁村の主婦たちとともに よりよい暮らしを築くために活動をしておられる 生活改良普及員の方々に おおいに活躍していただくことになった。 語り部すなわち話者には、昭和初期の平均的な生活水準を 反映できる層として自作農や自小作農であった人を選んだ。 他の地方から嫁いできた人は、 実家の風習を持ち込むことがあるので、 なるべく家付き娘という条件も付け加わることになった。 だから話者も聞き手も書き手も地元の人である。 しかし、読み手は必ずしも地元の人だけとは限らない。 夫婦でお互いの出身県について読んだり、 一般的なグルメガイドには飽き足らぬ方は 旅行の友として全巻を揃えてくださっている。 最近ではレストランのシェフや食品関係の会社でも、 地方の個性的な料理とその背景を調べる資料として 高い評価をいただき、 おかげさまで累計200万部に迫る勢いで 今もご注文をいただいている。 ![]() 白鳥八幡宮の日の出祭りのごちそう(栃木県小山市白鳥) ■ 食事は地域と季節を映し出す さて記録である。どこからどう手をつけたものか。 まず、各県を単位として、地域を分けることから始まった。 日本には海のない県が八つしかない。 どの県にも海と山、都会と農村、そして川や湖沼がある。 海の食事と山の食事はちがうだろう。 都会と農村の食事もちがう。 同じ農村でも山寄りのところと平野地帯とはちがう。 まずちがうところを分けよう。 これに著名なお寺や神社などの食事の調査も 加えることになった。 たとえば青森県は、大きく津軽地方と南部地方に分けられる。 江戸時代の藩がちがうのだ。だから人の気質がまるでちがう。 できる食材がちがい、加工法や食べ方がちがい、 おのずから食事も異なってくる。 そして普段の食事と祭りの食事は異なる。 春夏秋冬の季節によっても異なる。 ちがうものは分けよう、分けて表現しよう‥‥ それが食生活全集の編集方針となり、 日本全国から選ばれた調査地点は350余となった。 ![]() 穴を掘って土の中にねせるねば納豆つくり(熊本県阿蘇町) ■本の構成 以上のようなわけで、 この本はまず都道府県別に47巻つくられた。 そして日本の少数民族であるアイヌの食事に1冊をあて、 索引2巻(素材編、つくり方・食べ方編)を加えて 全50巻となった。 1984年、第1回配本となった『聞き書 岩手の食事』では 地域は次のように区分されている。 「県北の食」「県央の食」「県南の食」「三陸海岸の食」 「奥羽山系の食」 各地域の中の構成は次のようだ。 ○四季の食生活(春夏秋冬)―普段の食事と晴の日の食事 ○基本食の加工と料理―命の糧のいただき方 ○季節素材の利用法―野菜・海産物・果物などの利用 ○伝承される味覚―発酵食品や漬物など地域の味覚 ○この地域の食、自然、農業―食事と暮らしの背景 このほかに各県ごとに次の項目を紹介している。 ○ 人の一生と食べもの―凶作・飢饉のさいの食べもの、 薬効のある食べもの、保健食、冠婚葬祭の食べものなど ○各県の食とその背景―各県の食事の特徴と位置づけ ![]() 小麦でつくるはげまんじゅう(熊本県植木町) ■事実の表現 この本は日本人の食事と暮らしの記録である、と言った。 しかし、記録すべき「事実」とは何か、となると なかなかむずかしい。 そこで編集委員や編集者は極力“禁欲的”態度を とることとした。 どういうことかというと、現在もち合わせている “知識”を基準として、話者の話に あれこれ言わないということ。 たとえば、民俗学者が 「この行事にそのような食事をするはずがない」 と発言しても、民俗学者の知識よりも おばあちゃんの発言を尊重する。 たとえば、それは「うまそうだ」とか、 「まずそうだ」とか「栄養がたりなそうだ」 などという評価をしない。 たとえば、話者が、 「このだんご汁をつくるときは楽しかったよ」といえば、 その気持ちを大事にする。 そういう態度で編集を進めた。 ![]() 新しい米でつくったたんぽをいろりで焼く(秋田県大館市) ■ 写真による料理の再現 料理や食べもの、食事は文字ではなかなか伝わりにくい。 そこでおばあさんに指導を受けながら、 料理を再現することになった。 材料はもとより料理を盛りつける器や膳、 道具や着るものにいたるまで、 可能な限り話者が台所を担っていた当時のものに 近づけるべく努力した。 編集者はカメラマンのかたわらで撮影の記録に汗だくだ。 洋食器などの器に盛り付けられた場合には、 恐る恐る別の器を要望するのだが、 撮影も2回目、3回目ともなると、勝手もわかってきて あの戸棚、この戸棚とわがもの顔で探してくることになる。 農家の蔵には意外に昔の調度品が保管されており、 それを使わせていただいたこともしばしばであった。 1日の撮影カット数は50〜60カットはざら。 有名な料理カメラマンは日に数カットというから、 われわれのカット数は目をむくような撮り方だ。 このようにして撮影された写真が本書をかざっている。 麦飯のムギ、稗飯のヒエなど、 料理の材料確保にも気を配らねばならなかった。 撮影は同じものをカラーとモノクロの2台のカメラで行なった。 だからカット数60と言っても実はその倍なのだ。 この全集ではカラーは口絵でしか紹介できなかったが、 本全集をもとにして全国の食べものをテーマ別に編集した 「ふるさとの家庭料理」(全20巻、別巻1)と 「CD-ROM版 日本の食生活全集」 (全50巻18,000ページ分の記事と、 本に収録できなかったものも含めた 15,000点の写真を1枚のCD−ROMに収録)では、 オールカラーで紹介している。 聞きとり調査の記録や撮影ノートは 貴重な財産として永久に保管される。 全国のおばあさん、ありがとうございました! ******************************************
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2005-09-27-TUE
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