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| 担当編集者は知っている。 |
東ティモール、ウズベキスタン、オーストラリア、 ブラジル、モザンビーク、日本などに暮らす 子どもたちが、思い思いに撮った写真を集めた本。 生まれて初めてカメラを使う子が、 限られたフィルムを大事にしながら撮った写真は、 おとうさんやおかあさん、愛犬や友達など。 カメラをのぞき込む被写体の子どもたちの キラキラした瞳が印象的で、 いきいきとした躍動感にあふれてます。 NGO活動として生まれたこの本を作られた、 写真家の永武ひかるさんに お話をおうかがいしました。 (「ほぼ日」渡辺弥絵) ************************************** ワンダーアイズプロジェクト代表 /写真家・永武ひかる “ちょっとピンボケ”、だけど、大切な一瞬。 ![]() 世界の子どもたちが写した 写真集「ワンダーアイズ」は、 東ティモール、ウズベキスタン、オーストラリア、 モザンビーク、日本の世界5大陸の子どもたちが レンズ付きフィルムを使って写した、 ちょっとした驚きと感動の写真集。 思わず笑ってしまうもの、へえーというカットもある。 非営利の写真プロジェクト、ワンダーアイズで、 これまでに国内外で行なった 写真プログラムの参加者(小中学生の年齢)、 おおよそ1千人から抜粋した作品です (プロジェクトについてはこちらをご参照ください)。 ワンダーアイズプロジェクトの始まりは 2000年の東ティモール。 撮影取材で彼の地を訪れ、仕事と並行して、 子どもたちに写真を写してもらうプログラムを試みた。 紛争直後にもかかわらず、 瞳を輝かせていた子どもたち。 あのきらきらとした目は何を見ているのだろう。 ニュースには流れない日常を、 彼らのまなざしで伝えてみたらどうだろう。 考えるとわくわくした。 レンズ付きフィルムの提供や出版社の協力など、 多くの応援が得られたことがコトを運んだ。 「バレーボールに跳び上がる少年」 「大きなニワトリをぎゅっと抱きしめる男の子」 「ふさふさとした毛並みの大きな 白いブタと戯れる童」‥‥。 初めてカメラを手にした東ティモールの子どもたちが とらえたものは、いきいきとして、 みずみずしい感性にあふれていた。 日本と現地で写真展を開くと、 大人たちからの反響も大きかった。 その感動とともに、ほかの地域でも 同様な試みを続けてきて5年、 子どもたちによる写真が一冊にまとまった。 ![]() 子どもたちが写した写真には、 笑い声が聞こえてきそうなもの、 既成概念にとらわれないアングルや構図など、 純粋無垢な視点や意外性に、 ハッとさせられるものがある。 オーストラリアの先住民アボリジニの 6歳の子どもたちは、足の間からのぞいたり、 大地に寝転がったり、跳んだりはねたりしながら、 思いのままに撮っていた。 この8月上旬に新宿で開いた <モザンビークの子どもたちが写した写真展>では、 プロのカメラマンも写真の前に立ちつくし、 「こんな風には僕たちはとれないなぁ、 とれたらいいなー」。 「いやー、学びました」などと言われた。 “狙って”撮っていないから、 りきんで写していないから、 撮る側と撮られる側が“いい”感じだから、 被写体も自然体なのだ。その空気感も伝わってくる。 子どもたちにカメラを渡して 使い方を教えるのだけれど、 アマゾンの先住民やモザンビークの農村部などでは、 カメラはどちらが表か裏か、上か下か、 から始まって、 後ろの小さい窓から覗くことを 怖がる子どもたちもいた。 現像が上がってくると、指がかぶっていたり、 大きくブレていたり、 何を写したのかわからない写真も少なくない。 それでも、タテ位置に構えた写真も予想外にあったり、 斜めの写真や(わざとではなく、そうなってしまった、 という感じ)、 メインの被写体が端によって 絶妙な間合を作っているものもある。 また、散髪をされて泣くウズベキスタンの子ども、 ブラジルの子どもが写した両親が抱き合って キスをしているカット、 モザンビークの人々の笑顔など、 なにげない日常を写した自然な視点に、 気持ちが和んだり、考えさせられるものがある。 東ティモールの写真は心がはずむような写真が 多かったけれど、紛争の爪痕が見えるものもあった。 その中の一つが<お墓の横にたたずむ少女の写真>。 撮影者は10歳のテオトニオ君。 写っているのはお姉さんだった。 民兵(インドネシア軍の後押しを受けた武装市民団) が 家に押し入り、 当時2歳の弟がショック死した。 民兵は同じ村人の場合もあり、 略奪、暴行、殺害を行い、 死体を切り刻むこともあった。 テオトニオ君は、みんなを守るために兵隊になりたい、 と言っていたが、 初めて写した写真を見てから、 戯れながらもカメラマンになるのもいいなあと言った。 ブラジルでは、アマゾンの先住民地域から リオのスラム街など、まったく環境が異なるところで 写真プログラムを行った。 当然、多様な世界が写し出されてきた。 真っ青な空を写した大河、 天空いっぱいに弧を描いた雨上がりの虹、 お父さんに高く抱き上げられて喜んでいる女の子。 人間として感じる幸せや大切なものが伝わってくる。 一方、ゴミを写した写真もあった。 どういう気持ちで撮ったのか。 子どもたちのまなざしは 大人の社会の現実をつきつける。 ![]() どの地域でも、写真プログラムの対象人数、 つまり、撮影する子どもたちの数は 100人を目安にしているが、 実際の参加者については、 地元の窓口となる大人に決めてもらっている。 学校の校長や先生、村長さんなどだ。 カメラの台数が限られているところ、 選別には思慮がいる。 アマゾンの先住民族地域ではその役割は 長老やリーダーたちだった。 「おまえと、おまえと‥‥」と 長老が命令して決定すると、 他の子どもたちは遠巻きに見ているところもあれば、 シャッターを押すのは一人だけれど、 他の大勢の子どもたちがぞろぞろとついて グループになって撮影しているところもあった。 カメラを手にできない子どもたちが 体験を共有できるよう、 かといって、撮影者を邪魔しないように、 他の子どもたちは、一緒にいて、 心でシャッターを切るのだ。 そういう配慮のあるリーダーもいた。 写真集のページには限りがあり、 作品を絞らなくてはならないのがつらかった。 泣く泣くお蔵入りした写真、 興味深い写真はたくさんある。 また、撮影した子どもの、 まわりの大人たちだけが気付かされる写真もある。 たとえば、日本のプログラムの中からのエピソード。 <よごれた長靴>の写真。地元の人が教えてくれた。 あの子の父親が少し前に病で倒れて亡くなった、 農作業から帰ってきて脱いだままになっている 父親の長靴だよ、と。 また、<花壇の花>ばかりを写していた子どもがいた。 一連のピンボケ写真で、なんだろう という感じだったが、 その子のおじいさんは花が好きで、 花を育てては広場や道路沿いなど ボランティアで植えている、その心が写っとるんだ、 と教えられた。 暮らしの中で口には出さない子どもの想いを 感じ入って、私たちも胸がきゅんとした。 ![]() 子どもたちにとっては、 写真を通して楽しみながら、世界に心を大きく広げ、 自由な表現や創造活動の機会にしてほしい、 また、写真を見てもらう人たちにも、 異なる社会や生活文化などにふれながら、 同じ人間だという、つながりをも感じてもらえる のではないだろうか。 その思いがプロジェクトの主目的になって続けている。 わたしたちの地球には、200近い国があり、 約63億人が暮らしている。 そのうち、子どもたちは約3分の1を占める というんだから。 今まで写真展を開くたびに 「来てよかった」と感想がよせられ、 マスコミにも関心を持たれてきた。 見てくれた人たちや編集者から 「写真集になったらいいね」とエールを送られてきた。 そうできれば、写真展には来れない人にも 子どもたちのまなざしを伝えられる と 思い続けていたが、悲しいかな、 こういう写真集は売れ筋でないのだ。 出版に向けてアプローチを始めると 出版界の現状はきびしかった。 けれども、今まで開いてきた写真展を見てくれていた 編集者の応援などが実って刊行にいたった。 一人でも多くの人、 子どもたちにも見てもらいたいと願っている。 **************************************
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2005-08-26-FRI
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