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| 担当編集者は知っている。 |
まず、大きな筆をあやつる力強い腕と、 帯の糸井darling重里の言葉が目を引きます。 「凡で凡で、激で凡。日々絶筆という生涯。」 とは、いったいどんな生涯なのでしょうか。 「いかりや長介の恩師、糸井重里、山口昌男などを 魅了した」という井上有一。 こういう激しい生き方には、その分深い理由がある、 と強く感じました 。 かつて 井上陽水さんと語られた有一の書は、 もちろん明るいビルに飾られています! (「ほぼ日」さいとう) ************************************ 担当編集者/ミネルヴァ書房 田引勝二 ●この本が出来るまで 井上有一という書家をごぞんじでしょうか。 この本の編集を担当することになった私自身、 原稿を頂くまではその名前を聞いたことがあるかどうか、 という程度でした。 おそらく、書や美術に詳しい方でなければ、 同じような方が多いのではないでしょうか。 本書は、「ミネルヴァ日本評伝選」の一巻として、 芳賀徹・京都造形芸術大学学長の推薦のもとに 企画されたものです。 昨秋に、著者である海上雅臣先生より送っていただいた お原稿をまず見た時、正直言って少し不安に思いました。 私にとっては、未知の領域の人物だったからです。 とはいえ放っておくわけにもいきませんので、 仕事帰りの電車の中で読み始めました。 すると、内容の面白さ、そして文章の読みやすさに たちまち目を開かされました。 それから仕事の合間合間を使って読み、 翌日の晩には読了していました。 すでに完璧に近いと思えるほどの出来栄えでした。 それから間もなくして、著者が京都に お越しになることがあり、ご挨拶かたがた 色々とお話したところ、 「来年(2005年)は、有一が九死に一生を得た 東京大空襲から六十年、また有一没後二十年という 記念すべき年にあたるので、 ぜひとも年の前半、遅くとも彼の命日である 6月15日までには出版したい」 とのことでした。 原稿を読んだ興奮がいまだ覚めやらず、 また原稿の出来がとても良かったので、私は、 「であれば、東京大空襲があった3月10日までには 書店に本が並んでいるよう、 少し急いで本作りをして2月刊行にしましょう」 と提案したところ、快諾されました。 それから三か月ほど、著者はもちろんのこと、岡敦さん、 ウナックトウキョウの伊藤さん、佐伯さんにも 全面的にご協力いただきました。 また多くの方から、 色々な面でお手伝いしていただき、 無事、2月に刊行することが出来ました。 ●本書の魅力 それでは、本書のどこが面白いのでしょうか。 まずは何より、井上有一という人物そのものの魅力です。 有一は、従来の書の概念、枠組みに捉われることなく、 筆の赴くまま、荒々しく、ただひたすらに書き続け、 「貧」「愚徹」「自我偈」など、 生涯を通じて三千点以上の膨大な作品を遺した作家です。 他方、小学校や中学校の教師として 勤勉に実直に、定年退職まで勤め上げたのです。 有一はまさに、冒頭で述べられているように、 「豪快な芸術家/平凡な教師」という相反する側面を もった人物だったのです。 多くの有一作品のうちで最も印象に残る作品は、 東京大空襲を題材にしたものだと思います。 有一が墨田区の横川国民学校で教師をしていた頃、 あの東京大空襲に遭いました。 しかも、中学校受験のために教え子を千葉の疎開先から 引率して東京へ引き揚げてきたばかりでした。 宿直していた横川国民学校で大空襲に遭った有一は、 「人間焼却炉」ともいうべき惨状を目の当たりにし、 また彼自身が意識を失い、仮死状態になるほどでした。 東京大空襲の惨状、子供たちを死なせたという悔恨。 いつまでも消えることなく、鮮明に脳裏に 焼き付いた思いを、それから二十年を経た後に 「噫横川国民学校」などの作品に表したのです。 また有一は、東京大空襲に遭った際のことを画文集で 生々しく描写しており、本書でもその一部が 紹介されています。 そして、井上有一を語る上で欠かすことの出来ないのが、 海上雅臣、すなわち著者その人です。 有一作品の良き理解者、助言者、そして企画者でもあった 海上雅臣との出会いがなければ、 有一は本当に知る人ぞ知る人物で終わったでしょう。 有一の死後、海上雅臣は、有一作品の さらなる紹介につとめ、また有一の遺した 163冊に及ぶ日記を読破し、 今回、その生涯を一冊の評伝にまとめたのです。 ●糸井重里さんから頂いた文章 本書を出版するに当たって、晩年の井上有一に NHKの番組「こころの時代」で インタビューアーとなられた糸井重里さんに その時の思い出などを文章としていただきました。 ここにそれを転載いたします。 (この番組のことも本書で触れられています) 「ただそこにいただけなのに、 いつまでも憶えている日。 いまでもそうだとも言えるのだけれども、 当時はもっとハナタレ小僧だったぼくに、 井上有一のインタビューをやらせようと決めた人は 誰だったのか。すごい博打うちだと思う。 なにせ、ぼくは何も知らないのだ。 井上有一についても、書についても、 インタビューというものについても、 何もわからないのだった。そんなやつを、 井上家に送り込んだ。 まる裸のハナタレ小僧を、まる坊主の井上有一が 迎えてくれた。何も知らないぼくは、 この人のことをただのやさしいおじさんと見ていた。 ぼくの背中のうしろにはテレビカメラが あったのだけれど、だからといって何を訊いたらいいのか 脳みそを使って考えることもしなかった。 ぼくは、ただ単にそこにいて、 その場の流れのようなものに、 身を任せているだけだった。 無責任だとか、無能だとかいう以前に、 ほんとうに近所のこどもが、縁側から座敷に 上がり込んだように、そこにいた。 なのに、あの日の記憶がくっきりと残っている。 それが不思議でたまらない。」 また次のような惹句もいただきました。 「凡で凡で、激で凡。日々絶筆という生涯。」 絶対に損はしませんので、ぜひ一度、 『井上有一』を手にとってみてください。 ************************************
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2005-03-08-TUE
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