担当編集者は知っている。


『ナイン・インタビューズ』
著者:ポール・オースター、村上春樹、
   カズオ・イシグロ、リチャード・パワーズ、
   レベッカ・ブラウン、スチュアート・ダイベック、
   シリ・ハストヴェット、アート・スピーゲルマン、
   T・R・ピアソン
編集:柴田元幸
出版社:アルク
価格:2,625円(税込)
ISBN:4757407815
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<『ナイン・インタビューズ』の
 トゥルー・ストーリーズ>


担当編集者/アルク 白川雅敏

村上春樹はお好きですか?
お好きな方であれば、
『ナイン・インタビューズ 
 柴田元幸と9人の作家たち』
を気に入る可能性が大いにあります。

というのも本書は、村上春樹の翻訳の盟友である
柴田元幸さんが、村上春樹、ポール・オースター、
リチャード・パワーズ、カズオ・イシグロなど
柴田さんが敬愛する日米英の作家たちを訪ね歩き、
「小説の作法」について彼らに肉声で語ってもらった
CD付のインタビュー集だからです
(村上春樹分はCD未収録)。

村上春樹同様リズム感のある文体が特徴の
ポール・オースター(『ムーン・パレス』など)、
『舞踏会へ向かう三人の農夫』の
リチャード・パワーズ、
『体の贈り物』のレベッカ・ブラウン、
『シカゴ育ち』のスチュアート・ダイベック
『甘美なる来世へ』のT・R・ピアソンといった、
柴田さん自らが翻訳を手がけている作家から、
『日の名残り』のカズオ・イシグロ、
『マウス』でピュリツァー賞を受賞した
アート・スピーゲルマン、
そして、オースター夫人ですぐれた作家である
シリ・ハストヴェット、そして、村上春樹まで
計9人が登場いたします。

柴田さんが翻訳されてきた数々の作品に
興味を引かれながら、今まで読む機会を逸してきた方も
実は多いのではないでしょうか?
そんなあなたにとって、
『ナイン・インタビューズ』は
アメリカ文学の扉を開くきっかけとなる本かもしれません。

それでは、『ナイン・インタビューズ』の
成り立ちについての話を始めましょうか……

それは、まるで一冊の小説が書き上がる過程を
目にしているようでした。

『ナイン・インタビューズ』の中で、村上春樹さんは
自身の創作について次のように語っています。
「……僕は非常にスポンテイニアスというか、
場当たり、場当たりでいって
物語を作っていくタイプだし……」。

ストーリー展開も結末もすべて決めた上で
書き始める作家もいれば、村上さんのように
物語の自発性に任せて筆を進ませていく作家もいます。
『ナイン・インタビューズ』は、まさに
村上さんのような作家が書く「小説」のような
本ではないかと思うのです。


質問項目がびっしりと書かれた柴田元幸さんの取材ノート。
インタビューの直前まで取材準備に余念がなかった


1998年当時僕が在籍していた
『イングリッシュ・ジャーナル』誌(以下EJ)
のために、翻訳家の柴田元幸さんに依頼した
ポール・オースターに関する一本の原稿。
その1年後、柴田さんを口説いて出かけた
アメリカ横断アメリカ現代作家取材旅行。
アメリカから戻ってすぐの
日本でのカズオ・イシグロへのインタビュー。
そして、小説執筆中だったために取材旅行時には
話を聞けなかったオースターへの電話取材。
しかも、その電話取材も不慮の出来事のために
一度延期され、「三度目の正直」で実現したものでした。

もちろん、他のインタビュイーの取材にも
困難がなかったわけではありません。
ポールとシリの夫妻とは柴田さんが
すでに友達だったので問題はありませんでした。
ダイベックとも交友があったのですが、
アナログな生活を送っていたため手紙で連絡を取り
(もちろん今ではEメールを使ってます!)、
パワーズにいたっては連絡先もわからなかった!
パワーズのエージェントも隠者のような人で
連絡手段は手紙しかなく、しかも手紙を送っても
なしのつぶて。
残された手段は、パワーズが教鞭を執っている大学に
コンタクトを取ること。
大学宛にEメールを送って、
なんとかパワーズのところまでたどり着きました。

アート・スピーゲルマンも連絡先がわからず、
『マウス』の版元パンテオンに手紙を出したところ、
スピーゲルマン本人からOKのメールが送られてきました
(アメリカ取材第一弾であるシリ・ハストヴェットへの
 インタビューの後、オースター宅で食卓を囲んでいた
 まさにそのとき、スピーゲルマンから電話が入った!
 「『明日のオレのインタビューは何時からだっけ?』
  ってアートからだけど」とオースター氏。
 えっ! 知り合いだったのか……)。


インタビュー後、サインに気軽に応じてくれた
アート・スピーゲルマン。
2000年の取材時納品されたばかりのLittle Litに
イラスト混じりのサインをしてくれた


レベッカ・ブラウンは、シアトル在住、
ということだけはわかっていましたが、
なんと同姓同名の作家が
同じくシアトルに住んでいて……と、
まあ、こんな具合。

2002年7月に念願のオースターのインタビューを
終えるまでに、1998年の原稿依頼から
実に4年の歳月が流れていました。

そして、2003年。

柴田訳で日本でも多くの読者を獲得している
ポール・オースター、リチャード・パワーズ、
レベッカ・ブラウン、スチュアート・ダイベック、
T・R・ピアソン、オースター夫人で
すぐれた作家でもあるシリ・ハストヴェット、
『日の名残り』でブッカー賞を受賞している
日系イギリス人作家カズオ・イシグロ、
そして、父親のアウシュヴィッツ体験を描いた
コミック『マウス』でピュリツァー賞を受賞した
アート・スピーゲルマン。

1999年にEJのインタビュー記事のための
取材旅行を提案した際、
「(それらをまとめて)単行本にしますか?」と、
柴田さんから逆オファーを受けたときには
「米作家6人の肉声が聞けるCD付インタビュー集」
というコンセプトの本が僕の頭の中で像を結びました。
2003年の段階で僕の手許には、それよりも2名多い
8人のインタビューがそろっていたのです。

そもそもオースター・ファンだった僕は、
柴田訳でオースターだけでなく、
パワーズ、ダイベックらの小説に出会い、
彼らの作品世界に魅せられました。
柴田さんの編訳で彼らのインタビューが収録された本を
編集できる、ということは望外の喜びだったはずです。

しかし同時に何かがひっかかっていました。
きれいにまとまりすぎている?
それとも8という数字のすわりの悪さ?
柴田ワールドに何かが欠けている?

本書に登場する作家以外に
柴田元幸訳で知られる作家に、
スティーヴン・ミルハウザー、
スティーヴ・エリクソン、イーサン・ケイニン、
バリー・ユアグローなどがいます。
彼ら、という選択肢は取材旅行を計画したときに
検討を済ませていましたので、
彼らの不在が問題ではなかった。

村上春樹だ。

リチャード・パワーズは影響を受けた
日本人アーティストとして
ハルキ・ムラカミ(=村上春樹)の名を
挙げています(本書160ページ)。
本書では割愛しましたが、同様の質問に
レベッカ・ブラウンも、
ハルキ・ムラカミと答えました。
そのことが頭にあったのか、
取材旅行の移動中に柴田さんと交わした会話の中で
村上春樹の名が何度も登場したからなのか、
本書の欠くことのできない要素として
村上春樹の名が浮かんだときには、
ひとりで興奮してしまいました。

とはいえ、
「作家の肉声が聞ける英語のインタビュー集」
というコンセプトからのズレに関し
柴田さんの了承をいただき、
しかも、ほとんどインタビューを受けない村上さんに
ご登場いただくのは簡単なことではないはず。
なんとかその2点をクリアできた時点で、
本書の最終形が決まったのだと言えます。

9つのインタビューにはそれぞれの面白さがあります。
いまでも聞き返し・読み返すたびに
心が震える箇所があるくらいです。
何人かの方から、
オースター・インタビューが電話取材であったがために
ドラマ性が高まっていることをご指摘いただきました。
どの作家も率直な言葉で
信念を熱く語ってくれています。
メタファーの天才、村上春樹の真骨頂とも言える
「うなぎ説」発言(本書278ページ)をはじめとして、
村上さんのインタビューは異彩を放っています。

今日まで(!)どこにも書かずにきた話があります。
それは2003年7月11日(実は柴田さんの誕生日!)
に行われた村上さんのインタビューの最中に
起こりました。話題が阪神大震災をテーマにした
連作短篇集『神の子どもたちはみな踊る』に移った
まさにそのとき、体に震えを感じたのです。
地震……。

大好きな作家たちにお話をうかがう。
僕は柴田さんが行うすべてのインタビューに立ち会い、
DATを回して柴田さんと作家たちのやり取りを
録音しました。緊張のあまりDATを操作する手が
震えることもたびたびだったので、
村上さんのお話をうかがっている最中に
体が震えたとしても不思議はありません。

しかし、インタビュー終了後、
村上さんの事務所の方に確認したところ、
「震度3だって、ラジオで言ってましたよ」。
間違いなく地震はあった。

9番目のインタビューを
大磯の村上さんのご自宅で終え、
駅で帰りの電車を待っているときに
柴田さんが僕に尋ねました。
「ところで、インタビュー集のタイトル
 どうしましょうか?」と。
そこで僕は、
村上さんにインタビューを受けていただけることが
決まった数日後に、ふと頭に浮かんだタイトルを
初めて口にしました。
「『ナイン・インタビューズ』なんて
 どうでしょう?」。
柴田さんは少し考えたのちに、
「いいと思います」と答えてくれました。

当初予定していたより
登場する作家の数もバリエーションも増え、
そのため刊行までに時間を要し、
その間には9.11もありました。
9.11後に行われたオースターのインタビューは、
それ以前に行われていた場合に
話されていただろう内容と
同じものであるはずはありません。
オースターのインタビューは、
当初予期していなかった、
「アメリカとは何か?」
を問う内容のものとなりました。
振り返ってみると、本書はまさに
いまある形で生まれてくるために5年の歳月を
必要としたのではないか、とさえ思えてきます。


ニューヨークでのすべての取材を消化した最終日の
2000年8月28日、柴田さんに勧められ、
マンハッタンの南端から出航するスタテン島フェリーに
ひとりで乗船。今にも雨が降り出しそうなお天気だったが、
素晴らしいニューヨークの摩天楼を望むことができた。
中央にそびえているのは世界貿易センタービル。
1年後にはこの風景も失われてしまった。


『ナイン・インタビューズ 
柴田元幸と9人の作家たち』は、
このようにして出来上がりました。
僕は柴田元幸さんが、
『ナイン・インタビューズ』という名の
「小説」を書き綴る、
その過程を最も近くで目にする幸運に恵まれた
目撃者だったように感じています。
あの日、あの時、あの部屋の風景、そして、
柴田さんとともに感じた興奮と驚き、
そして、喜びを今でも思い出すことができます。

2枚の付録CDをプレイヤーにセットしていただければ、
読者のみなさんも同じ体験を味わうことができる、
そんなユニークな本に仕上がっていると
自負しています。
ひとりでも多くの本好きの方たちに、この本が届き、
さらにこの本をきっかけに登場する作家の作品にも
触れていただけるようになれば、と強く願っています。

担当編集者さんへの激励や感想などは、
メールの題名に本のタイトルを入れて、
postman@1101.comに送ってください。

2004-06-24-THU

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