担当編集者は知っている。


『ハッピーアイスクリーム』
著:加藤千恵
出版社:マーブルトロン(発売は中央公論新社)
本体:1700円
ISBN4123900402


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筑摩書房ツルミさんのコメント

この本は、炬燵に入ってのんびりミカンでも食べながら、
読んで欲しい短歌集です。
17歳をとうに過ぎてしまった人も、
ただ今青春真っ只中の人もきっと楽しい。
そして、そうそう!そういうことあったよ〜と
相づち打ちながら、
カトチエ短歌にについつい引き込まれます。
毎日の生活の中に歌がある。

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担当編集者/マーブルトロン 関口泰正

ついてない
びっくりするほどついてない
ほんとにあるの? あたしにあした


(引用した短歌はすべて加藤千恵処女短歌集
『ハッピーアイスクリーム』より)

北海道旭川の17歳の女子高生歌人・加藤千恵さんのことを
知ったのは、家で偶然つけていたテレビ番組でした。
ほぼ日サイトの『石川くん』でもお馴染みの
歌人/ライターの枡野浩一さんがナビゲートする
『電脳短歌の世界へようこそ』というその番組は、
ネット上などで次々と新作短歌を発表する
若い歌人の方の活発なドキュメントでしたが、
その中でもひときわ印象的だったのが、
旭川の雪景色のなか登下校する加藤千恵さんと
一緒に映し出された彼女の短歌でした。

真実や
そうじゃないこと
なんだっていいから君と話がしたい


ふだんの日常の中で誰もが感じていることなのに、
なかなかうまく言葉にできない感情の数々。
言葉にできないから余計に空回りし続けるような
そんな感情のたちのぼる瞬間が、
五・七・五・七・七というわずか31文字に
凝縮されていたのです。
まるでラブソングの一節のように、
思わず口ずさみたくなるほど、
ポップでそれでいて切ない短歌ばかりでした。

枡野浩一さんは
友人を介して紹介してもらったこともあり、
枡野さんの提唱する〈かんたん短歌〉のことも
知ってはいましたが、なんといっても加藤千恵さんは
17歳の現役高校生。
その番組を観た時は「すごい子が出てきたもんだなー」と、
ただただ驚くばかりでした。

気持ちいい風
気持ちいい音
気持ちいい温度 いつも現実がいい


それからしばらくして、枡野さんから
「加藤千恵さんという高校生歌人の短歌集を
 作りませんか」というメールをいただいたのです。
枡野さんのご自宅は編集部と近く、
出版や音楽制作と並んで
自分達の会社が運営しているカフェで
打ち合わせをしてらっしゃる姿も
しばしば目撃させてもらっていました。
枡野さんは、2月にスタートしたマーブルブックスの
シリーズ最初の3冊を書店で見つけ、
“雑誌だか本だかよくわからない”とよく言われる
マーブルブックスに何かを感じていただき、
しかも「いつも行くカフェと同じ会社で出している」
ことも大きなご縁になったようです。

重要と書かれた文字を写していく
なぜ重要かわからないまま


加藤千恵さんのような新しい才能を
世に送り出せることは、
船出したばかりのマーブルブックスには
とても幸運なことで、
もちろんすぐに編集作業に突入しました。
とは言え、千恵さんは旭川在住の高校3年生で受験生。
そんな頻繁に東京に来てもらうわけにもいきません。
そこで彼女と、収録短歌のチョイスについて
重要なアドバイスをしてもらう
本書のプロデューサー枡野さんと
編集部を結んでくれたのが、ネット掲示板でした。
千恵さん自らが開設し命名してくれた
「打ち合わせ中。」というライムグリーンの壁紙のBBSと、
ピンクの「新作ショー。」という2つの掲示板を、
時間と距離を越えて出入りして、
編集作業は着実に佳境に入っていきました。
その間の経過報告は、千恵さんのHPや
枡野さんのHPでもたびたび紹介され、
まさにリアルドキュメント。
そして授業の合間を縫って
東京に来てもらった加藤さんとのデザイン打ち合わせも
順調に進みました。枡野さん言うところの
「ネットとカフェの時代に生まれた初の短歌集」
なのです。
そして千恵さんの講習が終わり
夏休みが本格的に始まる8月1日、
まっピンクに輝くノートのような瑞々しい
彼女のファースト短歌集『ハッピーアイスクリーム』
が書店に並びました。

合格を祈願している場合じゃない
だってあたしは恋をしたのだ


出版の反響は予想以上のものでした。
発売直後に行なった枡野さん司会による
「加藤千恵トークライブ」には
歌人の正岡豊さん、早坂類さん、向井ちはるさん、
そして松尾スズキさんといった方々をはじめ、
全国から本当にたくさんの方で満員御礼、
そして朝日新聞〈ひと〉欄をはじめ
新聞・雑誌・テレビと怒濤の取材ラッシュ。
……千恵さんのまわりが
急激に慌ただしくなっていきました。
ぶじ増刷も重ね、12月現在第3版まで実現しています。

言葉しか残っていないけれど
まだ言葉だけなら残ってはいる


「福山雅治大好き!」で甘いものに目がなく、
クレージュのショップに行って
ショッピングに目を輝かせ、
恋と受験に悩んだり喜んだりする
そのキュートすぎる素顔は
もちろん普通の17歳の女の子
(ちなみに彼女が編集長を務める
インディー短歌雑誌『ハッピーマウンテン』は、
福山雅治の「福山」からとられています)。
それなのに取材や次々とオファーのある雑誌連載などで
親子ほどの歳も離れた大人たちと仕事の話をてきぱきと、
そして堂々と判断し進めていく彼女の姿に、
文芸に携わるクリエイターとしての厳しい姿勢を
何度も目撃しました。
 
幸せにならなきゃだめだ
誰一人残すことなく省くことなく


そしていつも気持ちをうたれるのは、
17歳の女の子とは思えないほど
深い彼女の思いやりの心です。
歌人としての表現を貫きながら、
編集時でも取材時でも常に相手の気持ちを
理解したうえでコミュニケーションを進めていく彼女から、
33歳の自分は多くのことを気づかされました。

高校生としての日常と『ハピアイ』が
全国的に話題になった歌人としての日常には
大きな隔たりがあることは容易に想像できますし、
普通の高校生だったら感じなくてもすむような
辛さや苦しみも少なくはなかったでしょう。
というより、傑作短歌の数々を生み落とした
彼女のナイーヴすぎる側面は、
『ハピアイ』を出したことによって
無防備に世間にさらされてしまったとも言えます。
そうした現実の全てを引き受け、
さらに前進し続けようとする加藤千恵のハードライフ。
その姿は世代を越えてこれからも
人々の心をとらえていくでしょう。
加藤千恵の活躍は、今まさに始まったばかりなのです。

まっピンクのカバンを持って走ってる
楽しい方があたしの道だ

2001-12-17-MON

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