担当編集者は知っている。

最新のオススメ本



『心とは何かー心的現象論入門』  
著者:吉本隆明 
出版社:弓立社
定価:本体1650円+税
ISBN4-89667-103-1


担当編集者/弓立社・宮下和夫


僕はいつの間にか、吉本さん担当の一番古い編集者
(兼発行人)になってしまった。
しかし、また一番遠慮している編集者でもある。

この本は、1994年に初校のゲラが出ながら
今まで7年もかかった。
その間、他の出版社から数十冊の本が出るのを
見送ってきた。
なぜ、吉本さんはこの本に
こんなに時間をかけたんだろう?

吉本さんの仕事を大きく分けると、3つになる。
本筋は文芸批評家だが、
「言語にとって美とはなにか」「共同幻想論」
「心的現象論」という3つの大きな仕事がある。
この3つの流れを、吉本さんは「本質論」といい、
そのほかの時代状況に関するものを
「情況論」といっている。
この2つを必ず平行して発表してきたのが、
吉本さんのやり方だ。
 
文芸批評をするためには、
「言葉」を読み抜かなければならない。
そこで、言葉の発生から
「源氏物語」や夏目漱石などにいたる高度な文学作品まで
解明しようとしたのが「言語にとって美とはなにか」だ。
ここまで原理的につきつめた文学者は、
日本には3人しかいない。
夏目漱石(「文学論」)と
江藤淳(「作家は行動する」)と吉本さんだけだ。

その言語論をつきつめていくと、
人間の心=精神にまでゆきつく。
そこで、今も未完の大長編「心的現象論」が
書かれることになる。
(僕はドストエフスキイが好きなので、
 吉本さんにとっての「カラマーゾフの兄弟」だ、
 と思っている)

『心とはなにか−心的現象論入門』は、
この「心的現象論」の最良の入門書だ。
どこをとっても面白い。
吉本さんの本を読んだことのないひとでも
おもしろく読めるはずだ。
心というとらえどころのない対象が、
こんなにはっきりと考えられるのか、
という驚きと、それでもなお、
果てしなく残る不可思議さ。

たとえば、好きな女性に出逢ったときに
心臓がドキドキするという云い方は、
本当に好きだということを云いあらわす言葉になる。
それは、人間の身体の内部器官と関わっているからだ。
あるいは、胎児・幼児がどんなに母親と
重大な関係を持っているかについて、
三島由紀夫や太宰治を例に引きながら、
ふつうの人間にまで引き延ばしていく。

だから、誰でも、自分自身の<心>をのぞきこむときの
指針になる。恋人や友人のことを考えるのにも役に立つ。

また、マスコミをにぎわせる、例えば17才の犯罪や、
大阪・池田小事件の犯人のことを考えるのにも、
この本は非常に参考になるはずだ。

ドストエフスキイは三面記事のありふれた犯罪から、
深遠で人類史に残る傑作「罪と罰」や「悪霊」や
「カラマーゾフの兄弟」を書いた。
『心とは何か』は、そんなTV/新聞/週刊誌の記事を、
最高の水準で理解するためのやさしいツールだ。


         *   *   *   *


ところで、弓立社では、
吉本さんの講演をCDで出す計画を準備中だ。

僕が大学生の頃の60年代に
吉本さんの講演を聞き始めてから、40年。
テープに取りはじめて、30年。
その間のテープが200講演くらいある。
東北から九州まで聞いて回った。
吉本さんの<追っかけ>だと云い云いしていたら、
ある大学教授にいきなり「中央公論」誌上で
<いい歳をして>と馬鹿にされた。

吉本さんの講演は、ふつうの講演とは違う。
充分に用意して、2時間でも3時間でもしゃべるし、
その後また、2時間、3時間、丁寧に質問に応じる。
だから、ながいものでは、8時間くらいの講演会もある。
その最長のものが、1987年9月の24時間講演だ。
この記録は
『いま、吉本隆明25時』(本とカセット)として
弓立社で出した。

この講演会場の寺田倉庫にはいろんなひとが来た。
中上健次や山田詠美、アラーキー、島田雅彦などなど。
だいぶ遅くなって、吉本ばななが来て、
「キッチン」が「海燕」新人文学賞に入賞したの、
とうれしそうに云ったのが印象的だ。

吉本ばななはいまや海外でも人気のある作家になったが、
このデビューした頃は、<吉本隆明の娘>だった。
今や、<ばななのお父さん>のほうが通りがよくなった。
吉本さんは、<娘の七光だ>と、屈託なく云う。
そんな人だ。

こんどのCDは、ながい質疑応答も初めて収録する。
9月からの発売を予定している。
第1回は「<アジア的>ということ」。
3つの講演でCD6枚組になる。

詳しくは、弓立社のホームページでどうぞ。
3分間、講演の試聴ができます。
http://www.yudachi.net/

2001-07-06-FRI

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