担当編集者は知っている。

「非常に高いレベルで何かをしている人は、
 自分の言葉を使って考えざるを得ない(その2)」

 (講談社現代新書・上田哲之氏)



(前回にひきつづき、のインタビューです)

今の現役選手で好きな人は?

「完全に、広島の前田ですね。
 あれほどおもしろいバッターはいないんじゃないかな。
 日本の野球史上最高のバッターだと思っていますから。
 打ち方が、まずきれいでしょう?

 日本のバッターで誰が一番美しいかというと、
 基本的には王貞治さんになると思います。
 王さんはとても美しかったと思う。
 ただ、やっぱり、一種『異形』じゃないですか。
 足をあげているから、オーソドックスではない。
 
 全くオーソドックスな形で
 一番美しいのは、前田だと思うんです。
 イチローはイチローのスタイルですから、
 オーソドックスではない。
 前田って、打ちにいくときが無意識なんですよ。
 彼はステップが小さいけど、
 あのステップはおそらく無意識なんです。
 そこがすごい。

 イチローも王も、どこで足あげるかの
 タイミングを考えながら打っているのですが、
 前田には、無意識の美しさがあるんです。
 そこが鑑賞に足るというかね。
 観てておもしろい選手、あんまりいないじゃない?
 観ておもしろいものを、探しているわけです。


『最強のプロ野球論』
二宮清純著 講談社現代新書
講談社680円
ISBN:4061495100


 最近『最強のプロ野球論』(二宮清純)を出しました。
 野球論は書き手が限られていて難しいのですが、
 この本は、非常によくできていますよ〜。
 書く側の立場でどれだけ本質に迫れるかという本です。
 書いてあることは基本的に技術の話なのですが、
 技術論の言葉で野球の本質・野球の真実を語れて、
 しかも本当は、技術論が一番おもしろいんだという、
 そういう仕事はこれまでなかったわけですから。

 野球を人生論で語ったほうが、
 これまではよく売れましたからね。
 この本のように
 『ひじの位置がどうだ』と延々と語ることは
 いわゆるオタクだと言われるようなものとされて、
 売れないものだと扱われてきたのね。
 だけど、本当は、違う。
 技術についての話がオタクだというのは、
 ただ細部だけを話せばそう感じられてしまうのですが、
 大事なのは「ひじがどうだ」という技術のまわりに、
 どれだけの思想があるのか、なんです。
 その思想を言葉にすれば、確かに面白いんですよ。
 この本、作るのに何年かかっていますが、
 そういう思想に触れることをやったつもりです。
 
 好きなことをやったから売れなくてもいいや、
 と思っていたら、案外調子がよくて、うれしいです。
 そういう意味では、この本で
 スポーツライティングの歴史を変えたかなあ、
 とは思っています。出版で出すものって、
 それで歴史を変えないと面白くないでしょう?」



新書で哲学の本を作る時に気をつけていることは?

「哲学のおもしろさの中でも大切なのは、
 『読んでわかる文章になっているかどうか』
 ということだと思います。
 その意味で、まず僕が見たいのは、
 自分の文章を持っている書き手かどうかです。

 原文を読んだり訳文を読んだりして
 解釈していればいいという意味では、
 研究をすること自体は簡単なんですよね。
 研究書をいくつか読めば、
 論文は、書こうと思えば書けるはずです。
 実際、そういう研究者が多いだろうと思うし、
 それは世界中でそうなんだろうけど、
 その中で、まず僕のすることは、
 自分の言葉で哲学を書ける人を探すことでしょうね。
 『自分の言葉で書きましょう』と言ったから
 できるというものではないですから、
 そういう書き手を発掘するのが大切だと思います。
 それがまず一つです。

 自分の言葉を持つ書き手が見つかったら、あとは
 『どのようにして、哲学的思想的な出版の歴史を、
  出した一冊の本によって変えられるのか?』
 になります。そんなに革命的に変わることは
 いつの世にもあるというわけではないのですけど、
 少しずつ変わることはあると思うんです。

 日本の研究の方法というのは、
 明治維新以来、西欧の研究書を翻訳して、解釈して、
 それをもって研究としてきた歴史が、まあ、うんと
 おおざっぱに言えばあったわけでしょう。
 例えば永井均さんの『これがニーチェだ』は、
 それを根本的にひっくり返したんですよね。
 自分の哲学というのがあって、
 それとニーチェが対決している本ですから。
 そういうのって、これまで世には出なかったし、
 少なくとも新書なんてもので出せるとは
 誰も思っていなかったわけですから。
 だからあの本は意味があった。
 なおかつ、それで少しでも歴史が変われば
 おもしろいかなあと思って。


『ドゥルーズの哲学』
小泉義之著 講談社現代新書
講談社660円
ISBN:4061495046


 小泉義之さんの『ドゥルーズの哲学』なんかも、
 そう思って出したものですよね。
 浅田彰さんの『構造と力』が、
 もう20年ぐらい前に出て、
 あれと蓮見重彦さんくらいしか
 ドゥルーズの本がなかった。
 フランス文学研究者系統の解釈しかなったでしょう。
 でも、ドゥルーズの哲学は、実際はそれだけじゃない。
 微分とか積分とか、そういうところから
 哲学を立ち上げようとしたわけですよね?
 そこを誰も解説しなかっところで、
 小泉さんがトライしたことを
 僕は非常に買っていまして。
 だから本当に意味のある本だと思うんですよ。
 永井さんの本みたいに人気のある筆者じゃないので
 どかんと売れるわけではないんだけど、
 おかげさまで、そこそこには反響あったし。

 担当した新書の中で、
 個人的には、原稿を読んで一番おもしろかったのは、
 5年くらい前におなじ小泉義之さんが書いた
 『デカルト=哲学のすすめ』という本なんです。
 うーん、でも、ほんとにぜんぜん売れなかったけどね。
 この5月に出した『ドゥルーズの哲学』のほうは、
 これは『デカルト』よりは、断然よく売れています。


『デカルト=哲学のすすめ』
小泉義之著 講談社現代新書
講談社650円
ISBN:4061493256


 もちろん賛否両論あって、この本にも、
 あんなのは大間違いだという意見も
 いっぱいあるわけなんだけど、
 こういう本を積み重ねていけば、おのずから、
 単に横文字の解説をそのまま論文にするような本は、
 だんだんと、なくなっていって、
 そういう人は学者のタコ壺の世界だけにしか
 生息できなくなってきてくるでしょう?
 だからやはり、
 一般書レベルの本を書いてものを考える人に、
 ひとりでも多く出てほしいですよね。

 僕は、いい時期に当たったと思いますよ。
 野矢茂樹さんや永井均さんや小泉さんとか、
 たまたまそういう書き手が現にいたわけですから。
 別にぼくが育てたわけでは全然なくて、
 そういう書き手がちゃんといて、
 そういう文章を書こうと既に試みていたわけだから。
 その動きにこっちは乗っただけですから。
 そういう意味ではラッキーでもあったし。
 おかげさまで、いい仕事ができた気がしますね。

 哲学者の野矢茂樹さんの場合は、
 『こういう人の新書ができたらいいな』
 と思っていたところにタイミングよく、
 僕自身が異動になって、今の部署にきたから
 仕事をはじめられたんです。
 新書の仕事をするようになって
 一番最初に連絡を取ったのが、野矢さんです。
 すぐにお会いして話をうかがって書いてもらったのが、
 『哲学の謎』という本になりました。
 あの原稿をもらったときには、感動しましたね。
 素晴らしい原稿で・・・。
 こちらも気合いがはいってるから、
 いい本にするために散々細かく読みましたし。

 『編集者としてよりも、一哲学徒として
  協力をしてもらった上田哲之』
 とあとがきで書いてくださったんですよね。
 いくら何でも、編集者という立場からは
 このコメント、削除するべきだとは思ったのですが、
 僕、消さなかったんですよ。野矢さんには、
 『あのほめ言葉は取るべきなのでしょうが、
  私の一生の記念に、生かすことします』
 と言いました。

 つまり、哲学者であり書き手である野矢さんが、
 すでに準備オッケーのところに
 僕がたまたま飛びこんでいったわけです。
 単に頼んで、原稿をいただいただけ。
 タイミングがよくて、ラッキーだったです。
 野矢茂樹、ほんとに大天才だと思う。

 野矢さんや永井さんは、すごすぎる。
 このレベルで書ける人が、
 哲学の分野にぞくぞくいるかというと
 それは、どうでしょうか。
 どこの学科にも、この人たちみたいな
 書き手ばかりがいるわけがないんです。

 ただ、哲学は、永井さんとか野矢さんや
 中嶋義道さんとかが出てきて、
 ある種のスターになったので、
 その状況はラッキーなんですよ。
 つまり、ああいうやりかたが、
 少なくとも受けるんだ、認められるんだという
 土壌ができたわけでしょう? 

 そうすると、やはり若い研究者もまねするんですよ。
 自分もああいうふうに書きたいと思う人が
 いっぱい出てきているわけだ。
 研究者になる時から野矢さんとか永井さんの仕事を
 意識して研究をはじめるひとがたくさんいるわけで、
 そういう意味ではよかったんじゃないかと思います。
 将来は、だから、明るい。
 と言うか、そう思わないとやってられない」


(おわり)

2000-07-28-FRI

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