担当編集者は知っている。

「非常に高いレベルで何かをしている人は、
 自分の言葉を使って考えざるを得ないんです」

   (講談社現代新書・上田哲之氏)



(※今回は「担当編集者は知っている・スペシャル」
  として、インタビューをお送りいたします。どうぞ)

自分の好みで選んだ本なのに、
「編集者の○○さんに感謝する」
というあとがきのくだりまで読んでみると、
「あれ? この担当編集者の人、前も見たぞ」
と思う機会って、意外と多くありませんか?

ほぼ日スタッフ木村の中でのそんな編集者の一人に、
講談社現代新書の上田哲之さんという人がいます。
僕がとても好きな哲学者の野矢茂樹さんの本は、
新書を通して、ぐっと一般の読者に近づいたんです。
・・・あ、一般読者というか、僕に近づいたんだったよ。
当時高校3年生の僕は、5年前に刊行された新書の
『哲学の謎』をきっかけに、野矢さんの本に触れました。
まあ何というか、思い出のある、いい本なんです。


『哲学の謎』
野矢茂樹著 講談社現代新書
講談社 631円
ISBN:4-06-149286-1


僕の中でのナイス編集者の一人の上田さんが
どんな雰囲気を持っているのかを確かめたくて、
で、このコーナーにかこつけて出かけちゃいました。
「もともとは、研究者志望だったのですか?」
というところから、上田さんの話を聞いています。

「いや、研究者志望ではなかったですね。
 研究者の世界はいろいろ大変ですので、
 僕には向いていないと思います。
 一応哲学科にいましたが、いただけで。
 授業には行かなかったし、遊んでましたから。
 ちゃんと入社試験を受けて、
 大学を卒業してすぐに講談社に入社しました。
 ・・・まあ、大学には6年くらいいたから、
 すぐにというわけではないのですけど。
 入社試験に落ちたら、しょうがないから
 学者をやろうとは思っていました」


ご自分の中で印象に残るというか、代表作は?

「いろんな分野の、さまざまな書き方の
 新書を作りましたので、いちがいには比べられません。
 内心、半分くらいは代表作と思っていますが、
 世間に与えた波紋の、露骨な大きさという意味では、
 永井均さんの
 『これがニーチェだ』になると思います。
 これからニーチェを研究しようと思う人は、
 あの本のニーチェをどう思うかはまた別にしても、
 もう実際にあれを読まないと
 何かを書けないというぐらいの画期的な本ですから。


『これがニーチェだ』
永井均著 講談社現代新書
講談社 660円
ISBN:4-06-149401-5


 あるニーチェ研究者が
 『日本語で書かれたニーチェ論の中で、戦後最高だ』
 とあの本について言っている一方で、
 『あの本で永井は学者生活を失った』と、
 さる会合で叫んだ学者さんも見ました。つまり、
 それだけ面白い本だったんです。傑作でしたね」


今は、何に興味を持っているんですか?

「哲学系もやっているんですけど、
 僕は、スポーツものも、やるんですよ。
 仕事は、二つ柱があったほうが楽なんです。
 哲学の専門家に会って「専門は?」と訊かれると、
 『僕は野球です』と言えるし、プロ野球選手に会うと、
 『専門は哲学です』と言えるのは、非常に楽なんです。
 だから哲学系とスポーツ系を往復しながらやってます。

 野球論でいけなかったのは、V9巨人の頃および
 そのあと10年ぐらいの日本のマスコミだと思います。
 川上哲治や広岡達朗の本がとても売れて。
 つまり、巨人軍の管理とサラリーマンの
 人生をくっつけるというのが、大流行りに流行った。
 あれは、野球を知らない人の考え方なんですよ。
 そういう悪い意味でのジャーナリズムに、
 僕としては反旗を翻したかったんです。

 野球そのものをどうやって言葉にするのかというのを、
 僕なりには、ずっと考えてきたんです。
 そこでできたのが、元カープのピッチャーの
 川口和久による『投球論』という本なんですよ。
 あの本は実際の川口の言葉でできているのですが、
 読んでみると、そう思えないほど知的でしょう?
 野球選手がそんな言葉を
 使うはずないと思われがちですが、
 ちゃんと話を聞いてみると出てくる。
 あれは、彼の表現なんです。
 非常に高いレベルで野球をしようという人にとっては、
 ああいう言葉を使って考えざるを得ないんです。
 つまり、一流の選手は自分で考えているわけだから、
 意識して、技術を言葉に
 おきかえているとも言えるんです」


『投球論』
川口和久著 講談社現代新書
講談社640円
ISBN:4-06-149460-0


川口投手に興味を持つきっかけは?

「もともと、日本のプロ野球選手の中で
 川口投手が一番好きだったんです。
 1990年前後に、雑誌の部署にいた時に、
 宮崎のキャンプのホテルでインタビューをした時、
 彼の話が、むちゃくちゃおもしろかった。

 当時、ライバルと言われた他のピッチャーの内の
 1人について、『どう思いますか?』と訊いたら、
 5秒くらい下を向いていて、
 『・・・あいつのボールには、知性がないね』
 と言ったんです。それが当たっていて感動したの。
 すごいなこいつ!と思いました。
 きれいでまっすぐに縦回転が入っていくストレートを、
 彼は美しいと思っているわけなんです。
 だけど、ライバルと言われていたピッチャーは
 そういうことを考えていない。
 ただ思いきりにぎって思いきり投げるから、
 「沈むわ・曲がるわ」みたいなボールになる。
 そういうようなことを表現するのに、彼は
 『知性がない』という言葉を使ったんです。

 その言い方で、この人には言葉がある、考えている、
 そういうことが分かったんですよ。
 それ以来、何かにかこつけてはインタビューして、
 川口選手に会って話すようになったんですね。

 川口選手の好きなところのひとつは、
 彼にコントロールのないところですね。
 それに、一人で野球をやってるじゃない?
 僕もピッチャーやっていたのですが、
 当時、ノーコンで、ボールだけは速かったから、
 そういう親近感があったのね。僕は、
 『思いっきり投げたらコントロールつかないはずだ』
 と、低いレベルで思っていたんで。
 川口のように、あれだけ
 コントロールのないやつって、いいじゃないですか。
 それに、基本的に、彼はきれいですよ。

 ピッチャーはきれいじゃないといけない。
 美しくないものはピッチャーと言ってはいけない。
 彼は美しいピッチャーですよ。
 非常にきれいなフォームで、ピシーッといくし・・・。
 ああいう人は、いなくなったでしょう?
 きれいに体をつかっているような人は。
 ただ、彼に限らず、プロの一流のレベルの選手は
 みんな、川口の本に書いてあるようなことを、
 それぞれ別の言葉で考えているんですよね。
 要は、話をきく側の問題です。
 書く側の作業の問題」

ああ、訊く方がレベルの低い所で理解してしまうか、
技術論の言葉も汲み取れるかどうか、みたいな。

「そうだと思うよ。どんな世界でも、
 一流になる人は、考えているわけですから。
 どんな分野にも思想というのはあるわけだよね。
 そして、思想というのは、言葉だから、
 僕はその思想は全部言葉になるはずだ、
 という風に思っているわけです」


川口選手の本を作るのに、
どの位の時間がかかりました?

「直接、本のために話をきいたのは、
 期間にして一ヶ月くらいです。
 直接的なインタビューは12〜13時間位でしょう。
 ただ、それまでの蓄積があった。
 僕は彼と10年ぐらいの人間関係がありましたから。
 それがとても大事だったと思います。

 ああいう本は簡単にできそうですが、
 実は、なかなかできないんですよ。
 初対面みたいなインタビュアーが
 10時間くらいインタビューしても、
 なかなか、普通のものにしかならない。
 そういうもんなんです」

哲学の話を訊くつもりが、
一転して野球論になりました。
だけど、やっぱり、哲学があるなんだよ〜。
「つまり、一流の選手は自分で考えているわけだから、
 意識して、技術を言葉に
 おきかえているとも言えるんです」
なんて、普通、言えないでしょう?
技術を人生論に持っていくのではなくて、
技術そのものの持つ思想をつかむなんて、
かっこいいじゃないですか?

(インタビューは、次回に続きます)

2000-07-26-

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