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「コンピュータは、むずかしすぎて使えない!」
アラン・クーパー著 山形浩生訳
「いらない機能が多すぎる!」
「使い方がわかりにくくていらいらする!」
「なんだか機械にバカにされた気分!」
パソコンやハイテク機器、
銀行のATMなんかを使っていて、
つい叫びたくなったりしませんか?
実際、わたしたちの身の回りにあふれる
コンピュータを使った製品のほとんどは使いにくく、
わかりにくくて、ユーザー(あなた)を混乱させます。
でも、それはユーザー(あなた)の頭が悪いせいじゃなくて、
そもそも最初から「作り方」が間違ってるんです!
「コンピュータを使いこなそう!」と、
どのパソコン雑誌を見ても必ず書いてあります。
あんまり普通に使われる言葉なので
うっかり見過ごしてしまいがちですが、
ちょっと待ってください。
「パソコンを使いこなす」って、
いったいどういうことなんでしょうか?
「使いこなす」という言葉の意味を辞書で引いてみましょう。
使いこなす【つかい−こな・す】
その物の持つ価値や性能を・自由自在に
(十分に発揮できるようにうまく)使う。
(三省堂『新明解国語辞典 第四版』より)
「○○を使いこなす」というとき、その「○○」は
すぐれた性能や価値を持っていることが
前提となるわけですが、はたして今のパソコンや
ハイテク機器は、「使いこなす」という言葉に見合うだけの
すぐれた性能や価値を持っていると、
あなたはほんとうに思いますか?
コンピュータは、
「何でもできる可能性を持った機械」として
世の中に認知されていきました。
1970年代にマイコン(マイクロコンピュータ)が現れたとき、
カウンターカルチャー全盛の時代背景ともあいまって、
「(今は非力で何もできないけど)技術が進歩すれば、
これで何でもできるかもしれない」という夢を
当時の人々は抱きました。
だから、マイコン文化、それに続くパソコン文化では
「技術の進歩」=処理速度が上がったり、
記憶容量が増えたりすることは
無条件でよいこととされてきました。
でも、コンピュータ業界が大きくなるにつれて、 肝心の「コンピュータに何をさせるか」ということについて、
逆に人々(パソコンユーザー)の関心は薄れていきました。
「コンピュータは『何でもできる可能性』を
もっている。だから、コンピュータを
うまく使えるようにさえなっておけば、そのうち
技術が進歩してきっと何でもできるようになるだろう」
「マイコン」が「パソコン」という言葉と入れ換わるころ、
「パソコンユーザー」の大半はそう考えるようになっていました。
日本で「使いこなす」という言葉が本の表紙などで
大きく使われるようになったのは、ちょうどこのころです。
でも、ここには重要な視点が抜けていました。
「で、あなたはいったい何がしたいの?」です。
コンピュータに何かをさせるためには、
誰かが「何かをさせる」ための手順を
「プログラム」という形式にまとめて
コンピュータに教えなければなりません。
当然、「プログラムを作る」ことを目的とする
「プログラマ」という人々が現れました。
ところが、この「プログラマ」の大半は、
コンピュータを使うこと自体には詳しいのですが、
「コンピュータに何かをさせる」ときの
「何か」について必ずしも詳しいわけではありません。
そこで、プログラマたちはどうしたかというと、
「コンピュータは何でもできるんだから、
きっとなんとかなるだろう」と思って、自分の思いつきを
勝手に「プログラム」にするようになったんです。
そのうち、「何をプログラムするか」についての優先順位は
「それはプログラムにしやすいかどうか」
によって決まるようになり、プログラマが
「こんな機能があるといいんじゃない?」
と思ったアイデアを無節操にプログラムに組み込んで、
「こんなすごい新機能がいっぱいだよ!」と自慢することが
「コンピュータ業界の常識」になっていきました。
(私は違う! と憤慨されるプログラマの方も
多いとは思いますが、業界全体の構造が
そうなっていることは認めざるをえないと思います)
わたしたちユーザーがコンピュータを使って
いらいらさせられるのは、プログラマたちが
「自分にとって作りやすいもの」と
「自分にとって興味があったり、面白いと思って
勝手にプログラムした機能」を
押しつけられているからだ……というのが、
この本の前半のテーマです。
話はパソコンにとどまらず、
飛行機・目覚まし時計・デジタルカメラ・戦艦など
コンピュータで制御されているさまざまな機器や製品について、
全部実名で徹底的にやっつけています。痛快です。
後半では、
「では、『使いやすい』ものを作るにはどうしたらいいの?」
という疑問へのヒントが紹介されています。
どちらかといえば実際にプログラムの開発に
かかわる人たちに向けて書かれていますが、
ユーザーの側から見ても参考になる話が多く、
勇気づけられるでしょう。
著者アラン・クーパー氏はいまのWindowsのスタイル
(ウィンドウとかダイアログボックスとか)を決定づけた
カリスマエンジニア。
まさに「いまのパソコンのスタイル」を作った
張本人の言葉は重みがあります。
「ちょっと、それ言っちゃったらコンピュータ業界全体が
成り立たないんじゃない?」という発言もあって、
業界関係者の中には怒りまくったり
慌てたりする人もいるでしょうね。
翻訳は、先日このコーナーで紹介された
著書『新教養主義宣言』が話題の山形浩生氏が担当。
読みやすく、面白い日本語に仕上がりました。
「訳者あとがき」では今話題のオープンソース運動について かなり重大な問題点の指摘もされていて、この本をきっかけに あちこちで議論が盛り上がればいいと思います。
「使いにくいコンピュータには、遠慮しないで 『使いにくい』と言ってもいいんだよ!」
というのがこの本のほんとのテーマだと、
担当編集者のぼくは考えています。
「使いこなす」という一言が
プレッシャーになっちゃうあなた、
ぜひ手に取ってみてください。
より詳しい内容・目次などの紹介は
こちらへどうぞ。直接購入もできます。
翔泳社出版局 榎本統太

『コンピュータは、むずかしすぎて使えない!』
著者:アラン・クーパー 翻訳:山形浩生
出版社:株式会社翔泳社
本体価格:2200円
ISBN4-88135-826-X
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