担当編集者は知っている。

「MISS・ダンディ」写真/文:外山ひとみ

この作品は週刊文春の(グラビア12P)が
きっかけとなり、
ドキュメンタリー写真大賞・人物ルポ部門受賞、
第2段を週刊朝日の(グラビア8P)、
キヤノンの雑誌広告、婦人公論をへて、
最終的に新潮社から刊行。
結構贅沢に展開してきた作品です。

それ以前の1994年にはヴェトナム1万キロを
小型バイク(カブ)で縦断往復、
その後カンボジア(威嚇射撃され…)とラオスを走って、
1997年にはヴェトナム・ホーチミン市で
初の本格的写真展を開催しました。
笑って珍道中・話はホームページに
ちょっこっとのってます。そんなこんなで、
勝手に仕事(とは思ってないデス)やってます。
とりあえずHP、ご覧になってみて下さい。

★HP(http://web.parknet.co.jp/hitomi)
 2000年1月17日開設。


◆週刊朝日・週刊図書館週刊朝日・合併増大号
(2000年12/31〜1/7号)
 評者:池内紀(ドイツ文学者)


生まれたとき男、あるいは女である。
オトコの子、オンナの子などとよばれる。
お坊ちゃん、お嬢ちゃん、青年と娘、
結婚する夫であり、妻となる。
オトッツァン、オッカサン、おじいさん、おばあさん。
昔の人は命名にあたり、
男にはクマやトラといった動物を、
女にはマツやウメといった植物をあてて、
性の違いをわかりやすく区別した。

自分のかかわらないところで決められている。
どうして一生、男は男でなくてはならず、
女は女であることに縛られるのか。
はたしてそれは自明のことなのか。
意義を申し立て、好むところの性を選んで、
どうしていけない?

『MISS・ダンディ』はタイトルに
「男として生きる女性たち」と添えられている。
そこには「勇気ある」を加えていい。
けなげで、つつましくて、やさしい「男」たちだ。
外山ひとみが聞き書きをとり写真にとどめた。
その時点で19歳から74歳までの25人。
マツやウメと同じく植物で名づけられて
屋代米さんは「祇園のお父さん」として半世紀を生きた。
「自分の人生には、自分で責任をもたないといけないよ」
元手のかかった言葉で彼は後輩に説いている。
「人生を段取りしながら生きる」ということ。

スカートよりも半ズボンがいい。
ままごとよりもチャンバラごっこに飛び出していく。
女であってもオトコよりオンナのほうが好きになる。
染色体のちょっとしたいたずらで女に生まれ、
乳房が盛り上がってきたが、
どうしても与えられた性になじめない。
医学者は「性同一性障害」などと
ぶしつけな言い方をするが、
巷のダンディたちは、そんなヤボな言葉は使わない。
「男と並んで普通に立って小便がしたいんだ」
「自分もそう、立ちションがしたいっスね」

変人扱いされてもくじけない。
みずから日陰者を買って出た。
歯をくいしばって乳房切除の手術を受ける。
「オトコのけじめ」はちゃんとつけておきたいのだ。

イヤな思いをさんざんしてきた。
だから多くを語りたがらない。
そんなトオルや哲也や志郎やつばさに口を開かせたのは
聞き手に深い共感があったからだ。
すぐれた写真家は当然ながら、
もっとも尖鋭な時代感覚をもっている。
深呼吸をしながら、ゆっくり語りはじめたマックス。
「胸は取ったから上半身は裸でセックスするけど、
 下は絶対脱がないし触らせないよ。
 だってチンチンついていないからね」

マックスは美しい女性としてのオカマの彼女を愛した。
愛するという点で、それは精神的に成立する。
ただ肉体が厄介だ。
騎乗位の行為をして、おのずと征服感があったにしても、
肉体的には逆転していて、
挿入しているはずが逆に入れられ、
入れられるはずが挿入していた。
「征服感と陶酔感も時間がたつにつれて、
 男から女へと微妙にズレが生じ始めた」

肉体の性と精神の性とがハカリの重みのように
浮き沈みして、愛し合う二人を意地悪く呪縛してくる。

どんなふうに読んでもいいし、
どんな読み方にもたえうる内容をもっている、
とても貴重な詳言集だ。
来るべき21世紀が、
とりわけ切実に直面する問題に違いない。

1998年、性同一性障害に対する性転換手術が承認された。
名前がすでに象徴的だ。もはや植物でも動物でもない。
エルやケンやメケたちが、さっそうと一周先を進んでいる。
そのあとを学問や法律がノロノロと追っかける。


◆「MISS・ダンディ」あとがきより

男と女、XXとXY。
染色体の組み合わせがちょっと違うだけなのに、
二つの性の違いはあまりにも大きい。

1997年に、性同一性障害と認められれば、
医療としての性転換手術が承認されるという、
日本の医学会においてはじめての見解が示された。
アメリカの統計では3万人にひとりが男から女へ、
10万人にひとりが女から男への
心と体が一致していない人々だといわれている。
国内では一人目に選ばれた30代の女性が
昨年の9月に、二人目に選ばれた38歳の男性が
今年の6月に第一回目の手術を受けたところだ。

私が男として生きたいと願う彼らと、
はじめて出会ったのは3年前のことだ。
男性ホルモンを産婦人科で注射し、
美容外科で胸の切除手術を受けた彼らは、
ひげを蓄え、スネには長い体毛を自慢気に生やしていた。
その姿は自己のなかで、
女の存在すべてを否定しているように見えた。

高いお金を払って打つホルモン注射には副作用もあって、
長生きはできないとつぶやく彼がいた。
生理の血を見ると女を思い出すからと、
それでも打ちつづける。
女性が女らしくあることやフツーであることが、
当然であるとされがちな日本でも、
内なる性にめざめ、「男として生きたい」と告白し、
宣言する彼らがいた。

50年以上もずっと、
男として堂々と生きてきた彼らとも出逢った。

男としてひたむきに生きる彼らの人生のなかに、
私はそっと入ってみた。


◆ひとりごと
興味本位にしか見られない、
マイノリティである彼らの深い想いを、
「MISS・ダンディ」の一冊にまとめた。
責任と義務が、私の肩にずっしりと重かった。
池内氏の書評は、作品の一本一本に込めた問題を、
ひとつひとつ客観的に解読してくれた。
「MISS・ダンディ」がひとり歩きをはじめて、
ほっと一息。


◆プロフィール
 外山ひとみ(Toyama hitomi)
 (フォトジャーナリスト)


静岡県富士市生まれ。
20歳のときに写真集「家」を出版、フリーカメラマンに。
揺れ動く10代の少女たちをはじめとする人物ルポを
撮り続け、週刊誌や月刊誌のグラビアで作品を発表。
1995年にスーパーカブでインドシナ1万キロを縦断、
新宿コニカサロンで写真展『ヴェトナム・ドリーム』開催。
1997年には写真展『ヴェトナム颱風』を
ヴェトナムと日本で同時開催。
これはヴェトナムでの外国人による初の本格的写真展。
1998年には『MISS・ダンディ』で
ドキュメンタリー写真大賞・人物ルポ部門受賞。
著書には『ヴェトナム ドリーム』(朝日ソノラマ)、
『ヴェトナム ディープウオッチ』。


「MISS・ダンディ」

著 写真/文:外山ひとみ(Toyama Hitomi)
新潮社
本体1700円

2000-01-22-SAT

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