担当編集者は知っている。

『流行人類学クロニクル』
(日経BP 編集部 柳瀬博一)

(筑摩書房 鶴見智佳子さんからのメール)

イトイ様

ご無沙汰してしまいました、久々の更新であります。
さて、今回は前にイトイさんも絶賛、の
『流行人類学クロニクル』。
同じ編集者として、スゴイ! の一言につきます。
相当な力業でないとこれだけのボリュームを
ものにすることはできないでしょう。
1988年〜99年を映したこの本は、一家に一冊欲しいもの。
いろーんなことが淡々と(この年はこれがあった!!!
といった物事の強弱なく)書かれているのがいいです。

この本のボリューム同様ドーンとした原稿が
日経BPの柳瀬さんから届きました。

筑摩書房 鶴見智佳子
 


武田徹さんと本を作ろうという話が持ち上がったのは、
今から2年ほど前。1997年のことだった、と思います。

当時、武田さんは弊社の雑誌「日経デザイン」で
「デジタル制作の現場」という連載を持っていました。
デザイン市場にデジタル技術の波が押し寄せている。
その現状を背景に、毎回さまざまなデザイン現場
(映像、ミニコミ、織物などなど)で活動する人々を、
武田さんがお得意の示唆に富んだ視線でルポをする
――といった内容でした。
で、この日経デザイン編集部まで、ぼくが押し掛けて、
「武田さんの連載、本にしたい!」と叫んだ。
これがそもそものスタートです。

それまで武田さんとは一面識もありませんでした。
そんなぼくが武田さんの連載をぜひ本に、と思ったのは、
その内容にそそられたのもさることながら、
彼が「日経トレンディ」に1988年から休まず連載していた
「新・流行人類学」の大ファンだったからなんですね。
88年というのは、ぼくが大学を卒業して
「日経ビジネス」で記者を始めた年です。
そんな年に始まった武田さんの連載は、毎回毎回、
時代の流行を達者な筆でリアルに切り取っていて、
新米記者でまともに取材も文章も書けなかった
(今も、だけど)ぼくは、それはえらく刺激を
受けたものでした。
以来、「新流行人類学」とその著者「武田徹」の名は、
ぼくの脳みそに「要チェック」マーク付きで
インプットされたわけです。

かくして、武田さんとのお付き合いが始まりました。
うちあわせは、食事をしながら雑談、というケースが
多かったんですが、とにかく武田さんの博覧強記ぶりと
興味の守備範囲の広さには舌を巻きました。
しかも、さまざまなジャンルの取材を日々こなし、
吸収・咀嚼したうえでの知識ですから、
付け焼き刃のカタログ情報とはわけが違う。
まさに、「新流行人類学」の講義を
生で聞いているようなものです。
そこで、あるとき武田さんに聞いてみたんです。
「新流行人類学、本にしないんすか?」
「いやあ、最初の頃の連載は
三冊くらい本になったんだけど、
最近は別にそんなお誘いはないですよ」。
「……武田さん、うちで本にしません?」
「えっ」。
てなわけで、「流行人類学クロニクル」完成への
長い道程が始まりました。書籍化にあたっては、
最初から僕と武田さんの間で
「この際だから、連載すべてを本にしちゃおう」
と意見が一致していました。
流行という一過性のものを、毎月追いかけていた同連載を
12年分束ねれば、それは類書のない貴重な歴史の記録に
なる、と考えたからです。

とはいうものの、足掛け10数年、
全部で120本近い連載記事をまとめて本にする、
というのは生半可な作業じゃありませんでした。
今だから言えますが、実際作業を始めてから、
「とんでもない提案をしてしまった」
と内心思ったことも何回かあります。
実は、この本を企画した時点で、
ぼくの単行本編集者としての経験年数はわずか1年半。
ほとんど素人に近かったわけです。
だからこそ作業の大変さも想像できず、
「全部本にしましょう!」などと
お気楽に言えたのですが……。

まず、1998年3月号で連載が終了してから、
武田さんから過去の記事のテキストデータ、
データで残ってない分は記事のコピー、
それから連載初期にまとめられた単行本をお借りして、
データの打ち込みを下請けに出すところから始めました。

ところが、そのころ別に抱えていたノンフィクション本と
美術本のフィニッシュワークに思いのほか時間がかかり、
結果的に半年以上データを打ち込んだまま、
作業が凍結してしまったんですね
(ごめんなさい、武田さん)。
その間、やさしい武田さんは、辛抱強く
待っていてくれました。
でも、1998年の後半になっても、
なかなか物理的に作業が進行しないのを見て、
さすがに心配になったのでしょう。
ある日、「柳瀬さん、そろそろやりましょうか」
という控えめなメールが届いておりました。
作家に催促される編集者……、普通と立場が逆です。
我ながら情けない……。

で、1998年の年末から1999年の年明けにかけて、
2人で打ち込んだ全記事をどのようにまとめるか、
考えました。最初は、全部を時系列で並べようか、
とも思いました。なにせ歴史書を目指すわけだから、
年代順で流行を追いかけるのがいいだろう、
と考えたわけです。
けれども、分量が分量なだけに、
これではいくらなんでも読者に不親切だろう、
ということで、記事の内容別にジャンル分けをしよう、
と考えました。
そこで、すべての記事のタイトルをコピーして、
短冊状に切り取り、机に広げて、どんな風なジャンルで、
どのように分けられるかを、考えていきました。
記事はなにせ百数十本もありますから、
分類は困難を極めましたが、なんとか17分野に分け、
記事を振り分けました。

とはいうものの、この壮大な本の編集は、
経験の浅い僕ひとりではいつになったら終わるのか
わからない、と内心危機感を抱いておりました。
なにせ武田さんとの打ち合わせでは、
「流行年表を作ろう!」とか
「キーワード辞典もつけちゃえ!」などと
勇ましいことを話していたからです。
うーん、このままでは20世紀中に本が
出ないかもしれないぞ……。
武田さんには内緒でしたが、こんな風に悩んでる時に、
強力な助っ人が現れました。
別の本の仕事で偶然知り合いになった渡邊直樹さん。
そう、皆さんご存知の元SPA! 編集長、
週刊アスキー編集長の渡邊さんです。
武田さんの名著「隔離という病」(講談社)の連載を
SPA!時代に仕掛けた渡邊さんは、
二つ返事で編集作業に加わってくれました。
渡邊さん、それに渡邊さんの参加している
編集プロダクションの外山浩子さんが
年表やキーワード解説作りを引き受けてくれたり、
記事の分類を手伝ってくれたおかげで、
編集作業は一気に進みました。
あのまま、一人で作業していたら、多分、
今でも本になってなかったと思います。

この本のもう一つのポイントは
「誰にデザインしてもらうか」でした。
なにせあまり類をみない大著です。
しかも、年表が入ったり、キーワード解説があったり、
と仕掛けも多い。
そこで、僕と渡邊さんがお願いに行ったのが
鈴木成一さんです。
本の現物を見ていただければわかりますが、
鈴木さんにお願いしたのはやはり大正解でした。
まず、カバーや扉絵に「19世紀の銅板画風の雰囲気」と
「あのバブルの軽い空気」の両方の味を入れて欲しい、
という、考えてみればかなり無理難題な
ぼくらのリクエストを、これ以外考えられない、
というデザインで魅せてくれました。
田中秀樹さんのポップでリアルで無機質なイラストを
コーティングしていない薄い茶色の紙の上に
緑色のインクで盛り上げて印刷したカバーは、
おもわず手で触りたくなる独特の質感で、
これはもう、ぜひ現物を触って欲しいです。

中の書体にもずいぶん凝っていただきました。
まず、本文は「イワタ新聞明朝体」で統一、
それから武田さんの意見ですべての人物の敬称を略し、
どこか外国の特派員が残した異国日本の古い記事、
といった雰囲気が出るようにしました。
一方で17に分けた各分野の頭の文章と後書きは、
本文と時代が変わり、現在から眺めているような雰囲気が
出るように、同じゴチックで、といった具合です。
それでも、ページ数が確定(二段組み868ページ!)し、
束見本が出来上がって(厚さ5.7センチ!)、
鈴木さんのところに持っていった時には、
さすがの鈴木さんもいささかあ然として、
「ねえ、ほんとにこれ、このままデザインして
いいんですか?」。
でもこの厚さのおかげで背にまで凝ったイラストを
入れることができたわけです。
問題は、普通ならば10冊おける棚に、
3〜4冊しかおけない点ですが……。

タイトルに関しては、武田さんと2人で
相談しているときから、何となく「流行人類学クロニクル」
という仮題を口にしてまして、
結果としてはそれがそのままタイトルになりました。
クロニクル=年代記、という言葉をなぜ思いついたのか。
村上春樹さんの「ねじまき鳥クロニクル」から
連想したわけでもないし、うーん、思い出せない。
でも、とにかくこのタイトル、個人的には気に入ってます。

帯の「王の掟は、街の掟に破れる」という
素晴らしくかっこいいフレーズは、ベトナムの古い諺で、
連載時の最終回に武田さんが紹介していたものです。
流行を単に軽佻浮薄なものとして揶揄するのではなく、
街の掟=ライフスタイルとして捉え直していこうという
武田さんの記事の中に一貫してあるポジティブな視線を
象徴する、実にいい言葉です。
「帯、どうしようか?」と皆で考えてる時に、
ふっと出てきたのが、この諺をストレートに使おう
というアイデアでした。

といったわけで名編集者、名デザイナーの手を借りながら、
本書はでき上がりました。
単行本編集を始めてまだ3年に満たない
駆け出し編集者としては、我ながら
満足の行く出来栄えだと自負してます。
毎日新聞の書評で鹿島茂さんにかの
「オンリー・イエスタディ」
と比して評していただいた時は、思わず「やった!」
と声が出ました。

と、書いてるうちに気がついた。
そうだ、日経デザインの連載、まだ本にしてなかった……。
……武田さん、どうしましょう?



『流行人類学クロニクル』
ISBN4-822-24147-5
出版社:日経BP社
著者:武田徹
価格:3500円(四六判/868頁)

1999-10-24-SUN

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