担当編集者は知っている。

大竹昭子著『図鑑少年』の秘密
(小学館 編集部 菅原朝也)


(筑摩書房 鶴見智佳子さんからのメール)

イトイ様

いよいよ梅雨入りし、なんだかぐずぐず天気に
なりそうです。そんなときは読書に限ります。

今回は、大竹昭子さんの『図鑑少年』(小学館)。
すばらしく、不思議な本です。
短い物語が24篇つまっています。
大竹さんはきっと「目」になって書いているのでしょう、
どれを読んでも、自分が街を歩いているかのような
錯覚に陥ります。

空を眺めながらあれこれ空想するのも楽しいですが、
この本で架空の街を散歩して、
人と出会うのもワクワクするような体験です。
是非、大竹さんの物語の中へ迷い込んで、
著者と一緒に町を歩いてください。
とてもとても素敵な物語に出会えます。

筑摩書房 鶴見智佳子


1、きっかけの秘密

「もっと人を書いてください」。
そうリクエストしたのが始まりでした。
いまから四年ちかく前のことです。
大竹昭子さんの『眼の狩人』という、
日本の写真界をリードしている写真家たちの
秀逸なルポルタージュを読んだショックが、
当時 『SWITCH』で連載を始めたばかりの
「東京ジャンクヤードを行く」への食い足りなさを
感じさせ、生意気にも初対面でそんなことを
言ってしまったのです。

それから二年後のある日、大竹さんから、
いきなり電話があったのです。
「あれを本にする気はなあい?」
文句を言った当の相手にそういう誘いをかけるとは、
大竹さんは小さな体に似合わず、
なかなかのツワモノでした。

その後の「ジャンクヤード」の連載(計20本)には、
リクエストの甲斐あって(?)人が登場すると
ワクワクするような話がたくさんありましたから、
迷わずお受けしました。

で、どうせ作るなら、それぞれの話を
思いっきり作り込んでしまいましょうと、
納得できるまで加筆していただいたのです
(このとき、大竹さんが他で書いていた話も
何本か加えることにして)。

そういうわけで、原稿には、本当の話なのか作り話なのか
わからない話ばかりが並んでいました。
ただし、順番がつけられないバラバラの状態で。


2、編集にかんする秘密

そういう原稿を並べたのですが、そのために、
結局最後に山手線を二周してしまいました。
その前に、どういう筋で並べるかを決めるのに、
原稿をいただいてから約ひと月を費やしているのですが
(単に編集者がおバカなだけ)。
しかしやっぱり机の上で考えるのは、
途中で集中できなくなるのでいけません。

ところで電車というのは、適度な脳への刺激と
リズムを作ってくれます。
そこで山手線に乗り込み、二時間集中して
一気に並べてしまいました。
だからこの本は、山手線がなければできなかった
ということになります。

ここで一つうち明けますと、『図鑑少年』は、
ある秋の朝から始まる二年間の長い都会暮らしの物語
(のつもり)になっています。
それは「引っ越し」がきっかけで始まった、
不思議な二年間なのです(これは著者も知りません)。
写真についてはもう少し単純で、
基本的には前の話の余韻を引っ張るためのカットや、
次の話の予感を誘うようなカットを入れるように
心がけたつもりです。


3、活字の秘密

さて『図鑑少年』が、ちょっと古風な文字を
使っていることにお気づきの方は、
なかなかの本好きだと思います。
この文字は、精興社オリジナルの
活字っぽい電算書体なのです。
デザインをお願いした鈴木成一さんが、
小学館には精興社との取り引き口座はないと言ってるのに、
「大竹さんの文章のイメージには精興社書体がぴったりだ。
それしか考えられない」などとおっしゃるので、
仕方がないから小学館の制作部にかけあって、
「これ一回だけだからね」とキツく言われながらも
しめしめと思って使わせていただきました。
なかなか味のあるよい文字だと思っています。
さすが、鈴木さんです。


4、造本の秘密

この本が妙に幅広に見えている方は、
なかなか正しい目(?)をしています。
この本の左右寸は通常の四六判より3ミリ長い、
133ミリあるのです。
最初に、35ミリフィルムの写真を
見開き横位置トリミングなしで入れられる形にしよう
と考えていたので、左右寸が1ミリでも長いほうが
天地の裁ち寸が少なくて済み、全体に大きく見えます。
平台での存在感を考えたときに、
ここは絶対にはずせないポイントでした。

ところで、この紙は「××社四六」と呼ばれる、
製紙会社が××社用に作っている
特寸の四六判用紙なのですが、そんな紙をどうやって
手に入れたのかは制作部に叱られるので言えません。


5、書き出しの秘密

書き出しの一文を、本文よりも8Q大きい文字にしたのは、
実は『SWITCH』の編集長、新井敏記さんの著書
『モンタナ急行の乗客』の真似っこです。
大好きな本だったので、事あるごとにながめていました。
ただし『モンタナ急行』は、実際には雑誌掲載時の
リードにあたる部分を章の本文の前に
大きく載せていただけなのかもしれず、
しかし、単行本の各章にリードのようなものがあっても
構わないんだと、あの本を見て実感できた気がします。

ところで、目次に書き出しの一文まで載っているのは、
実は鈴木成一さんのアイディアです。
鈴木さんに目次と本文のレイアウトを
お願いしに行ったとき、メモ代わりに持っていた話の
書き出し部分だけを並べた紙を見せたところ、
鈴木さんの目がキラリと輝き
「それ、面白いね。それ、目次にしようよ」。
さすが、鈴木さんです。


6、装丁の秘密

これは鈴木成一さんが、完全に頭の中で作られた
イメージなので、推測するしかありません。
出来上がりを見て、すげえ、としか言えなかったのが
事実です。
表1に使う写真選びの時にだけ、ある夜、
鈴木さんに呼び出され、大竹さんのポジ約200枚から
鈴木さんが選んでいた3枚を見せられ「どれにする?」
と聞かれ、「これ、かな?」と答えたら、
「それしかないと思う」
(なんてクリエイターっぽい会話!)で決まったのが、
あの窓が四つある部屋の写真でした。

あとで聞いたら「そこに何があるのかは判らないが、
何かがある感じ、そういうイメージを作りたかった。
大竹さんの文章は、そういう文章だから」
と教えてくれました。そうだと思ってました(えっ?)。


7、タイトルの秘密

と、いうように、鈴木さんをはじめ多くの人が、
いろんなアイディアと裏ワザを使ってくれて
成り立っているのがこの本です。
ちなみにタイトルは、『このバスに乗ってみようか』
と『図鑑少年』とで迷っているときに、
販売担当者の「わたしこれが好きだな」
のひと言で決まりました。

あとで誰かが教えてくれたのですが、
荒俣宏さんが何かの本に、かつて少年には「物語少年」
と「図鑑少年」の二種類があった、
そう書かれているとのこと。
ですから、この頃はタイトルの意味を問われると、
「実はあのタイトルは表題作と関係ないんだ。
これは荒俣さんが言ってるんだけど、
少年には『物語少年』と『図鑑少年』の
二種類があるんだよ。ところで、君はどっちだった?」
(おいっ!)。

仕事というのはいろんな幸運に支えられて
成り立つものです。



『図鑑少年』
ISBN4-093-86035-1
出版社:小学館
著者:大竹昭子
価格:1700円

1999-06-17-THU

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