担当編集者は知っている。

魂の文章に出会いたい……

大澤恒保著『ひとりのひとを哀しむならば』刊行縁起
(河出書房新社 編集部 飯田貴司)



大澤さんの『ひとりのひとを哀しむならば』は、
第5回蓮如賞の佳作入選作です。
蓮如賞といっても、知らない人がまだまだ多いでしょう。
浄土真宗中興の祖・蓮如上人の没後500年を記念し、
本願寺維持財団主催、河出書房新社協力ということで、
6年前に創設されたノンフィクション文学賞のことです。

中世日本の戦国乱世の時代に、
貧困と不安に苦しむ民衆の魂の救済に奔走した
蓮如上人の志を受け継ぐような、新鮮で意欲的な
未発表のノンフィクション原稿を広く一般に公募し、
力のある新人の発掘を目指して創られました。

“魂の文章に出会いたい”という、河出書房編集部が
頭を絞って考え出したキャッチフレーズが、
この賞の一貫したテーマです。
創設から5年目の昨年5月、応募原稿の下読みをしていた
我々は、ついに“魂の文章に出会った”と思いました。
それが大澤さんの原稿でした。

リンドウ病という、世界でも珍しい
治癒不能の血管腫瘍の難病で母と弟二人を喪い、
いま本人自身も足腰の自由を失って、
車椅子生活を余儀なくされながら、ただ死を待っている
という、まったくの八方塞がりの状況にいる著者が、
母と弟たちへの鎮魂の思いをこめて自分の50年に近い
人生を振り返った“半生の記”でした。

こういう原稿を読むのはつらい。
苦痛、不治の病、死という、絶対的な絶望に
直面している人の手記は、読む側の心を
どうしても暗くするし、ぬくぬくと生きている自分を
イヤというほど思い知らされてしまう。
そうして、多分そのせいで点も甘くなりがちです。
実際、蓮如賞の応募原稿には、自分の闘病記や
近しい人の最後を看取る話がたいへん多いのです。

ところが大澤さんの原稿は、これまで読んできた半生記、
闘病記とは画然とちがうのです。どこがちがうのか、
なかなかうまく言い表せません。ぼく自身は、
大澤さんの思想に感動したとしか言いようがありません。

誰のせいでもない。母親の身体に突然あらわれ、
弟たちと自分に伝わってしまった不治の病。
天道是か非か、という司馬遷の有名な言葉がありますが、
人生というもの、その集合体である社会というもの、
もっと広く言えば生物も無生物も含めた
世界・宇宙というものは、別に公平・公正なものではない。
ただただ無慈悲なものである。
怒ろうが嘆こうが、救いはどこにもないということを
骨身に徹して悟らざるを得なかった大澤さんが、
それでも“生きる”ことについて思わざるを得ない、
というその思想の徹底性に、まいった、と思いました。

救いがない、ということは救いになるのでしょうか?
答えはあるのだろうか? 本書を読んでみて下さい。

ぼくの読み方とちがう発見をする人もいるでしょう。
実際、河出書房編集部でも、ぼくとはちがう角度で
評価した人もいました。ただ、最終選考に残すことには、
誰も異議がなく、ぼくなどは大本命と思っていました。

さて、選考委員会当日。
選考委員は、梅原猛、五木寛之、藤原新也、中沢新一という
そうそうたる顔ぶれ。結局、受賞作は別の作品と
なりましたが、大澤さんの作品を落とす委員は
ひとりもおらず、別格的に佳作入選となりました。
勝敗は時の運とはいえ、司会をしていたぼく自身も、
わが眼に狂いなし、と安心しました。

大澤さんが吉本隆明さん一家と親しい関係だということは、
選考委員会の直前に耳にしました。60年安保闘争の
学生時代から吉本ファン(最近はあまり熱心な読者とは
言えなくなりましたが……)のぼくは、大澤さんの作品に、
何か吉本さんと相わたる精神を感じたのかもしれない、
などと秘かに自負したりしています。

入選決定後、単行本として刊行する相談になったとき、
大澤さんから、吉本ばななさんが巻末エッセイを
書いてくれる、という話が舞い込みました。
これはありがたい話でした。
素晴らしいエッセイです。
オビに引用した一節を、ここにご披露しておきます。

“誰もがこれを読んだ後では、人生が少し違うと思う”
この言葉どおりだと思います。

実は、本書のタイトル『ひとりのひとを哀しむならば』も
吉本隆明さんの詩の一節です。
「別にかまわないけどさぁ、タイトルも巻末エッセイも
親子でいいの?」と自宅の玄関先で、壁に手をあてて
不自由な身体を支えながら照れ笑いをした
吉本さんの顔が思いだされます。

4月6日夜、できあがった本書の見本を持って、
群馬県高崎市内の大澤さん宅を訪ねました。
翌日が息子さんの高校入学式という縁起のよい日でした。
奥さんと息子さんと
待ちかまえてくれていた友人たちに囲まれて
祝盃をあげる大澤さんは、本当にうれしそうでした。

そうそう、装丁は吉本さんの本も手がけている
菊池信義さんに頼もうと思う、と電話で伝えたときの、
我が意を得たりという感じの大澤さんの返事も
思い出されます。何よりも、その夜の大澤さんの
見事な飲みっぷり。大酒飲みでは人後に落ちないぼくも、
翌日の朝酒(朝ビール)はさすがにほどほどにして、
昼には大澤さん宅を退散した次第です。

付記
1.
単行本をつくるにあたり、原稿の書き直しから
校正にいたるまで、すべてを引き受けて、
東京〜高崎間を往復してくれた大澤さんの年来の友人、
大西寿男さんの名前を欠かすことはできません。
ありがとうございました。

2.
不治の病といわれていたリンドウ病ですが、
北海道大学病院の脳神経外科で、もしかしたらですが、
手術に成功する可能性が出てきました。
大澤さんは意を決して5月10日、
同病院に入院し手術を受けます。
手術の成功を祈ってください。
そうして、もし本書を読んで共感をもたれたら、
手術、入院費のカンパをお願いいたします。
振込先は下記のとおりです。

群馬銀行富岡支店 普通預金0967882
大島信夫名義(大澤さんの親友のひとりです)




『ひとりのひとを哀しむならば』
ISBN:4309012787
出版社:河出書房新社
著者:大澤恒保
価格:1600円

1999-05-10-MON

BACK
戻る