担当編集者は知っている。

『羊皮紙に眠る文字たち――スラヴ言語文化入門』

(筑摩書房 鶴見さんからのメール)

イトイ様
今回は、黒田龍之助さんの
『羊皮紙に眠る文字たち――スラヴ言語文化入門』
(現代書館)です。

書店のレジに並んでいる時に、
ふと覗いた平台にひっそりとこの本はありました。
タイトルや帯コピーから最初はものすごく真面目で
難しい本かもしれないと思ったのに、
ついつい買ってしまった一冊。

で……買ってよかった!!
全然偉そうではなく、堅苦しい「お勉強」でもない。
文章は読みやすいし、学ぶ楽しさに溢れていて、
ワクワクする本だったのです。

スラヴ諸語って一体どんな言葉?(この「諸」が重要)
なぜロシア文字ではなくキリル文字なのか? などなど、
遠い国の歴史から言語学上の定義までが、
軽妙な語り口で書かれていて面白いことこの上なし。

最後には外国語を学ぶのは何語でも一緒なのかも……
と錯覚するほどです。
「おれ、ターザン」「おまえ、チータ」
と単純な世界なんだと聞くと、
え、それならやってみたい!! と。
でもそんなに簡単じゃあないんですけどね(笑)。

あ、ついつい長くなってしまいましたが、おススメです。
こういう出会いがあるから本を買うのは止められません。

筑摩書房 鶴見智佳子  

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では、現代書館の吉田秀登さんに伺ったお話です。

鶴: まだ若い学者の方ですし、スラヴ系の門外漢の私は
まったく名前も知りませんでした。
その筋では有名な方かもしれませんが、
吉田さんは、何をきっかけに黒田さんのことを
お知りになったのでしょうか?
吉: 編集部の先輩社員が趣味でロシア語を勉強しており、
黒田さんの授業に参加していたのがご縁になりました。
先輩社員が、本書にも収めました
「静かなるベラルーシ語」を掲載した冊子を
社に持ち帰ったところを偶然私が読み、
すぐに執筆依頼を決意しました。
黒田さんの文章を読んだのはそれが初めてでしたが、
「この人に執筆をお願いしなければ、
出版社で働いている意味がない!」と本気で感じました。
鶴: どのくらいかかってこの本は完成したのでしょうか?
吉: 黒田さんに最初にお会いしたのは1996年の1月です。
それ以降、打ち合わせを重ねながら
執筆に同意していただきました。
そのとき「2年半後に脱稿します」とおっしゃって、
その約束通りに書き上げて下さいました。
研究・講義の合間の執筆でしたので、
かなり厳しいスケジュールだったはずです。
そんな中、時期を明言し、それを完璧に厳守された著者は
極めて貴重な例外で、私の編集者生活では
こういった体験は、空前にして、
おそらく絶後だと思います。
鶴: 処女作で書き下ろし……文章の出来具合を心配したことは?
吉: 文章に関しては心配したことは一回もありません。
企画成立前に文章を拝見してましたので確信していました。
実際、いただいた原稿も「誰に何を読ませるのか」という、
文章をものすときの芯を常に捉えており、完成度が高く、
編集者の出る幕なしでした。
鶴: 黒田さんは単語集など専門書や参考書の類は
出していらっしゃいますが、単著は初めてですね。
社内の会議ではどう評価されましたか? 
そのあたり、御苦労があったのではないか
と推察するのですが。
吉: 会議ではさまざまな苦労がありますが、
この本に関してはまったく苦労はありませんでした。
この企画に自信があったので、
いつにない堂々とした姿勢で確信に満ちた答弁を
繰り返すうちに社内の合意を得ました。
逆に質問を受けるのが楽しみなくらいでした。
あれ以来、あのような堂々とした自分を見たことは
ありません。昔の自分が羨ましい。
鶴: 読者からの反響はいかがですか。
吉: 読者からの反響が大きいのには驚いています。
連日、問い合わせがあります。
老若男女さまざまで、職業もバラバラです。
スラヴ諸語を勉強している方もいますが、
ちょっと興味を持っている人や、
以前勉強したけれど挫折してしまった人が
読むケースも多いようです。
鶴: 吉田さんはロシア語もしくは、
スラヴ諸語がお出来になるのですか?
吉: いやー、実は知らないのです。ごめんなさい。
そんな私を憐れに思ってか、
黒田さんがロシア語の教科書をプレゼントしてくれました。
慌ててアルファベットの形を覚えましたが
(うろ覚えですが)、本職の校正に役立つレベルでは
到底ありません。
スラヴ諸語に関する校正は
著者にすっかりお願いしてしまいました。
鶴: うーん、立派な著者ですね〜。
吉: この仕事を振り返りますと私自身の苦労話=自慢話が
まったくできないことに改めて気づきます。
本当に著者ひとりの力量で完成した本だと思います。
ほんと、すいません。
開き直って、無理矢理自慢話を考えれば、
優れた著者に執筆を依頼したことくらいでしょうか。
あ、あと、装幀と印刷と製本も素晴らしいと思います。
でも、私の自慢にはなりませんが……。
鶴: この本のよさは?
吉: 本のいいところを挙げていくと
大演説会になってしまうので、簡単に言いますと
「おもしろ半分、大歓迎」という点です。
読者には、なんの前提知識も要求されていません。
必要なのは好奇心のみです。
その「興味本位」を巧みに支援している本なのです。
ロシア語は馴染みも薄く取っつきにくいかもしれませんが、
まずはページに風を通すくらいの軽い気持ちで
中をパラパラっと覗いてみて下さい。
決して損はさせません!


……最後に吉田さんがぽろっと話したことが
印象的なので追加します。
ロシア語では「モスクワ」というのか「マスクヴァ」か?
などなど、初歩的な質問をたくさんしていた吉田さんが、
ある日「愚問ばかりしてすみません」と言うと、
黒田さんは
「いや、語学に関しては『愚問』という問いはないですよ」
と答えたのだそうです。
ううーーん。すごい。
(これが35歳の著者の言葉なんです。
とても実力のある学者であるに違いありません)。

 


『羊皮紙に眠る文字たち
――スラヴ言語文化入門』

ISBN:4768467431
出版社:現代書館
著者:黒田 龍之助
価格:2300円

1999-04-13-TUE

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