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『青猫の街』涼元悠一
株式会社新潮社 出版部 佐々木勉
編集者という職についてほぼ10年になります。
その間、様々な新人或いは作家志望の方のお原稿を
読んで来ました。
文芸誌(新潮社ではないところでした)にいた時は
その大志と野望に満ち溢れた新人賞応募作を、
文庫編集部では持ち込みの一球入魂のお原稿を、
勿論、「これはいい作品だ」「才能ある人だ」という
作品に多々出会いました。
しかし、「圧倒的な何か」を感じたのは、
この作品が一番なのかもしれません。
昨夏、「日本ファンタジーノベル大賞」の応募原稿の
社内下読みをしていて(この、社内原稿回覧で
最終候補作が決まります)、この作品に出会いました。
練馬区の某ファミリーレストランで深夜、
原稿を読み始めました。読み始めてすぐの印象は
「何だ、この巻き込まれていく感じは……」
といったものでした。
出版社として「お金儲け」させていただけそうな
作家を見つけるのが課せられた仕事なのは
重々理解しております。したがって、一般に、編集者は
「応募原稿」や「持ち込み原稿」を読むときは
比較的、距離を置いた、シニカルな場所から読むことが
習い性になっています。「巻き込まれる」というような
健全な読者としての読をしていたのでは
「仕事」として読む者は失格なのです。
にもかかわらず、その力技といっていい
異様な“ストーリーを押し進める才能”に
すっかり、呑み込まれてしまっていました。
物語は以下のように進みます。
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……一九九六年十一月。
システムエンジニアの神野の友人A が失踪した。
Aの部屋には旧型のパソコンが一台あるだけだった。
神野はささいなことから意気投合した
センセイと名乗る私立探偵とともに、
あるいは、インターネットを駆使して、Aを捜索する……
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文字だけなのですが、その横書きの応募原稿には
検索エンジン、数々のホームページが再現されて行きます。
まるでインターネットという空間が
原稿の中に構築されているかのように。
あの疾走する感じがこれでもかこれでもかという具合に
展開されていました。
また、一方で、センセイという私立探偵と
ホームレス巡りをする、酒場で呑むといった部分
(小説内の現実)も、立ってるんです。
「凄い人がいるんだ」と感心しつつ
読み進めていったのを覚えています。
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神野は疾走したAを深く追うにつれ、
Aの痕跡に「青猫」というキーワードが
複雑に絡んでくることに気づく。
聞き込みにきた刑事の言葉の中に出てきた「青猫」。
Aが開発していたゲームソフト「青猫」。
Aと同様の状況で失踪した男KnDTが
解明しようとしていた「青猫暗号」……。
AもKnDT同様、「青猫暗号」に近づいて消えたのか!?
青猫暗号を解明すれば、
Aの失踪の謎が解けるかもしれない。
神野は「青猫暗号」を入手すべく、地下ネットに近づく。
何重もの厳重なセキュリティをかいくぐり、
複雑な地下ネットへのアクセス方法を突き止め、
ようやく「青猫暗号」を入手した。
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物語は中盤に突入して、新しい展開を迎えます。
作者は数々の暗号を読者に突きつけて挑戦して来ます。
私も腕をまくって解読を試みます。
やがて、見えてくる、組織なのかさえ判然としない
「青猫」という何か。
読み手の意識はその「青猫」に収斂して行きます。
その時は気づきもしませんでしたが、今、思えば
「いいように作者に手玉にとられていた」のでしょう。
編集者たるものが。
そして後半、読者に得体の知れない「恐怖」を
植え付けつつ、物語は大きく動いて行きます。
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「青猫暗号」入手直後、「青猫に近づくと命が危ない」
という送り主不明の電子メール、
神野の職場への大規模なメール爆弾、
神野の自宅では「青猫ニチカズクナ」というメッセージが
大量に刷り込まれたエンドレスのファックス、
「青猫ニチカズクナ」という一言だけの電子メール、
アパートのドアには赤いペンキで書かれた
「青猫ニチカズクナ」という落書き。
そして神野は「青猫」と対峙する……。
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すっかり一読者となっていた私は「恐怖」と「謎」に
魅せられたまま、終章へと誘われました。
高度な情報化社会の中で、個という実感を保つとは
どういうことなのか。それはどのような「生」と
リンクしているのか……。極めて今日的な
重くハードな文学的主題を突きつけられた気がして、
原稿をテーブルに置きました。ある種類の読者は
この作品のラストが見えないかもしれません。
また、別の種類の読者は極めて個人的な共鳴の仕方で
揺さぶられるかもしれません。それでよい、と思いました。
よい小説は、物語が閉じることなく
それを読み終えた読者の現実へと開かれています。
確実にこの作品は読み手の現実の世界に立ち返ってくる
広がりを持っています。どうリンクしてくるかは、
その読み手のプライベートな内面によって
変わってくるものだと思います。
この作品のラストが見えない読者は
このラストが突きつけてくるアレに無頓着な「生」を
生きてきただけなのです。
誰が何と言おうとこの作品はオレが推す。
最終候補に残す。
そう決意して会議に臨みました。
社内の会議のやりとりは省略させていただきます。
無事、最終候補となりました。そして……。
選考会では、「インターネット」を扱った
「新しい小説」という部分で論じられました。
私は
<松本清張が『点と線』で「時刻表」を使った程度に
「インターネット」を使ったに過ぎない、
もっとこの作品の持つ小説的本質を読んでくれ!>
と念じ続けました(司会者でない編集者は
選考会では一言も発言を許されていません)。
多くの選考委員が「パソコンを触ったこともないから、
この作品を十全に理解した自信がない」という形で、
論評していたように思います。
しかし、荒俣宏先生がこの作品のインターネットを捕まえて
まな板にのせた力量を強く評価して下さいました。
また、
安野光雅先生はご自身がパソコン嫌いにもかかわらず、
この作品の持つ本来的な魅力を評価して下さいました。
こうして優秀賞という形ではありましたが、
世に出ることになりました。
●著者の紹介をひとつ。
涼元悠一(スズモト・ユウイチ)
1969年1月13日、静岡県清水市生まれ。山羊座、A型。
静岡県立清水東高等学校卒業。
集英社第16回コバルト・ノベル大賞に
短編「我が青春の北西壁」が入選。
1992年、『あいつはダンディー・ライオン』
(集英社コバルト文庫、書き下ろし)を刊行。
1998年、第10回、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を
『青猫の街』で受賞。
さくらももこ氏の実家の並びに実家がある。
涼元悠一氏のホームページ
http://www2u.biglobe.ne.jp/~zumo/
編集上の裏話をひとつ。
一般にルビ(ふりがな)は、
小さい字(拗音、促音)がありません。
「新潮社」という言葉に振られたルビは
「シンチョウシャ」ではなく
「シンチヨウシヤ」となります。つまり、
「ョ」が「ヨ」に「ャ」が「ヤ」になってしまうのです。
しかし、本作品は錦明印刷さんの不屈の闘志により、
すべてのルビに小さい字が実現しています。
これは私の知る限り、日本初なのではないでしょうか。
ということは世界初ということです。

青猫の街
ISBN:4104271012
出版社:新潮社 |
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