田中宏和 同姓同名観測所

2012年の年賀状

あけましておめでとうございます。
晴れがましくも「ほぼ日」新年最初の更新。
初二度寝ほどに毎年恒例となっております、
じぶんの年賀状をご紹介するコンテンツ担当の
田中宏和でございます。

1994年からはじめた同姓同名コレクションも
早いもので18年目に突入となります。
この事情をよく飲み込めない老若男女向けに、
「お正月はお雑煮のおもちを
喉に詰めないでくださいね」の願いとともに
かいつまんでご説明しますと、
わたくし「田中宏和」は、
わたくし以外の「田中宏和さん」の情報を集め、
実際に「田中宏和さん」に会い、
「田中宏和さん」と集まってきました。
この趣味を「田中宏和運動」と呼んでいます。
2009年には作詞:田中宏和、作曲:田中宏和、歌:田中宏和11人の
『田中宏和のうた』を配信したり、
2010年には著者:田中宏和14人の『田中宏和さん』
世に問うたりしました。(←問うほどのものではありませんが。)
同じ2010年には思いあまって、
『田中宏和運動全国大会』という公開イベントを
東京はお台場の東京カルチャーカルチャーで開催し、
33人の田中宏和が同じ舞台に立ちました。
姓名漢字も同じ「田中宏和」が33人集まったのです。

ここで2010年末までの
田中宏和リストをご紹介します。

1.ほぼ幹事の田中宏和(わたくしです)
2.渋谷の田中宏和
3.作曲の田中宏和
4.WEBの田中宏和
5.レコードの田中宏和
6.やめとまの田中宏和
7.社労士の田中宏和
8.映像の田中宏和
9.ランプの田中宏和
10.理科の田中宏和
11.レーザーの田中宏和
12.エンジニアの田中宏和
13.豪商の田中宏和
14.りんごの田中宏和
15.田端の田中宏和
16.ラッパの田中宏和
17.水戸の田中宏和
18.リフォームの田中宏和
19.理事長の田中宏和
20.やきそばの田中宏和
21.ソフトの田中宏和
22.新郎の田中宏和
23.物流の田中宏和
24.歯医者の田中宏和
25.カメラの田中宏和
26.おくりびとの田中宏和
27.教諭の田中宏和
28.不動産の田中宏和
29.高速の田中宏和
30.財務の田中宏和
31.システムの田中宏和
32.ガスの田中宏和
33.桜島の田中宏和
34.実業の田中宏和
35.バイクの田中宏和
36.ピッチャーの田中宏和
37.テレビの田中宏和
38.鉄の田中宏和
39.練馬の田中宏和
40.エキスパートの田中宏和
41.みかんの田中宏和
42.運用の田中宏和

以上、42人の田中宏和さんです。
「田中宏和酔い」にはまだ早いですよ。

この「○○の田中宏和」の「○○」部分、
新年の初疑問だという善男善女も多いと思います。
田中宏和同士が集まると、
「田中宏和」という名前が
他人を識別するという機能を失ってしまうので、
初対面の時に、
お住まいやお仕事や趣味や第一印象などから、
「○○の」の呼び名をつけることにしています。
実務的に必要になるニックネームなんです。

2010年の33人の田中宏和集会のあと、
「これはひょっとして世界的な記録なのではあるまいか」という考えが頭をもたげ、
念のためロンドンのギネスワールドレコーズに
問い合わせたりするくらいの行動力がありました。
すると返ってきた答えが、

'Largest same name gathering (first and last names)'.
The current record (current as at the date of this letter) is:
Minimum requirement: 50

最大の同姓同名の集いとして、
50人以上ならギネス記録認定しますよ、というものでした。

もはや2011年は、
「田中宏和運動全国大会 2011で
50人以上の田中宏和さんたちと集まることなのである」と、
明確な目標設定を
「ミッション・インポッシブル」並みに、
いや「家政婦のミタ」並みにいたました。
(↑一回も見なかったのに、ただの便乗です。すみません)

2011年4月2日、「田中宏和運動全国大会 2011」開催。
この実施に向け、着々と準備を進めていたところ、
いつもの毎日のように思わぬ3月11日がやってきました。
東北の太平洋側沿岸部に身寄りや知人がほとんどいなかったもので、
わたくしが最も気になって仕方が無かった人は、
4月の全国大会に出席の連絡をもらっていた、
まだ会ったことの無い
仙台市の消防士の田中宏和さんでした。
なにしろ「仙台の消防さん」と頭の中に刷り込まれている人ですから、
災害の最前線にいらっしゃるに違いない。
はたして連絡を取っていいものかと、
思案に思案を重ねるしかありませんでした。
よく言われる人命救助の72時間も過ぎ、
発災から5日間目に「迷惑かもな」と思いながら、
こんなメールを発信しました。

仙台の消防の田中宏和さま

田中宏和です。
震災のニュースに触れて以来、
ずーっと勝手にご心配していました。
「消防の」というところから、
まさに最前線にいらっしゃるのではと想像して、
今日までご連絡するのをガマンしてきました。
お元気ですか?
返信だけでもいただけるとうれしいです。

ほぼ幹事の田中宏和拝

気をもみながら12時間以上経って、
受信ボックスにメールを見つけました。

大丈夫です
災害対応中です
がんばります負けません

全国大会延期を決めました。
そして、秋か冬に「仙台の消防さん」を
田中宏和50人以上が迎える、
「田中宏和運動全国大会 2011」をしよう。

去年の7月初旬、
ひょんなことから仙台に肉体労働ボランティアに行く機会がありました。
「せっかくなので、」をいいことに、
むしろ、
「このために、」という想いでお会いした、
43人目の田中宏和さん。

43.消防の田中宏和

(真ん中が消防の田中宏和さん、左はお兄さんの田中宏明さん)

3月11日に体験されたこと。
その日のあとのこと。
いまのお暮らし。
好きなもの。

いつのまにかとりとめのない会話になっている後、
東北新幹線に乗って帰る車内でした。
「田中宏和運動全国大会 2011」を開催し、
ギターを愛する「消防の田中宏和さん」が歌うイメージとともに、
田中宏和運動ソング第2弾、
『名前さえあればいい』の
「消防の田中宏和さん」視点の
2011年バージョンの歌詞が湧いてきました。

2011年10月15日に
新たに出会った田中宏和さんリストです。

44.税理士の田中宏和
45.佐世保の田中宏和
46.衛生の田中宏和
47.ういろうの田中宏和
48.小顔の田中宏和
49.DJの田中宏和
50.大仏の田中宏和
51.セミの田中宏和
52.美容師の田中宏和
53.切らしてますの田中宏和
54.黄色の田中宏和
55.加速器の田中宏和
56.のっぽの田中宏和
57.下着の田中宏和
58.スリープの田中宏和
59.マーケの田中宏和
60.ブレザーの田中宏和
61.ニードルの田中宏和
62.スポーツの田中宏和
63.博士の田中宏和
64.ドラマの田中宏和
65.花祭りの田中宏和
66.八尾の田中宏和
67.ジュエリーの田中宏和
68.耳飾の田中宏和
69.ポストの田中宏和
70.ベースの田中宏和
71.中国物流の田中宏和
72.川越の田中宏和
73.プリンタの田中宏和
74.漁師の田中宏和
75.サーファーの田中宏和
76.薬剤師の田中宏和
77.合同会社の田中宏和
78.(あだなは未定の)田中宏和

もはや正月早々「田中宏和酔い」が、
悪酔いにならなければいいのですが。
ちなみに最年少は60番のブレザーの田中宏和さんで
小学校1年生、7歳。
最年長は13番の豪商の田中宏和さんで67歳。
北は43番の消防の田中宏和さんが仙台から、
南は54番の黄色の田中宏和さんが熊本からのご参加でした。

結局、「田中宏和運動全国大会 2011」では、
71人の田中宏和さんが、
ひと所に集まりました。
ギネス記録のための手続きを行うにあたって、
2人の田中宏和さんがうっかり住民票を忘れ、
2人の田中宏和さんが認定に必要なセレモニーの前に早退となり、
結局67人での記録申請となりました。

申請の漏れ組のうち早退の田中宏和さんの一人は、
わたくしが最初に対面した「渋谷の田中宏和さん」でして、
書籍『田中宏和さん』をプレゼントしたことをきっかけに
一昨年ご結婚されました。
そして田中宏和運動全国大会の最中に妊娠中の奥さんが産気づかれ、
渋谷の田中宏和さんは病院に急行。
その日の夜半過ぎに、田中宏和の女の子が産まれました。
田中宏和度が濃過ぎるぜベイビー。

当日披露した消防の田中宏和さんがメインボーカルで、
作曲の田中宏和さんとともにギターをつま弾く、
『名前さえあればいい 2011』は、
OTOTOYから配信するチャリティソングになりました。

じぶんでも田中宏和酔いから醒めぬ中、
ギネス記録申請の必要書類や資料をまとめ、
ロンドンのギネス本部に郵送し、無事受理されました。

そして、11月には新しい田中宏和さんに会いました。
沖縄県在住の田中宏和さんです。
現在は沖縄県の恩納(おんな)村にある、
沖縄科学技術大学院大学(OIST)にお勤めの田中宏和さんです。

79.恩納の田中宏和

「田中宏和集会は男だらけでつまらない」
田中宏和さんたちからの不満を解消する、
「おんなの田中宏和さん」の加入です。

わざわざ那覇から車を飛ばして会いにいきました。
もともと「恩納の田中宏和さん」の奥さまからメールをいただいていたので、
田中宏和さんファミリー一同から歓待していただけました。
初対面のお子さんからは、
「あ、田中宏和さんだ」と指差されました。
「ぼくのお父さんも田中宏和さんだよ」と言いましたが、
端で見ていた人には不思議な光景だったことでしょう。

まるで家族写真のような溶け込み具合です。
この疑似親族感、拡張現実が田中宏和運動の真骨頂であります。
ここのところ拡大加速気味だった田中宏和運動ですが、
恩納の田中宏和さんと家族ぐるみで時間を過ごし、
「じぶんでないもう一人に会う」という活動の原点に帰れました。

その後も、今年の全国大会で出会った
桐蔭横浜大学で教授の「スポーツの田中宏和さん」からのご依頼で、
大学一年生を相手に授業をしたり、
fecebookで田中宏和さん4人が、
「田中宏和運動の名古屋支部」と称した会食写真を偶然眼にしました。
まさに去年の漢字一字「絆」がここに。

17年間の田中宏和運動の歴史をグラフ化するとこのようになります。

そして、お待たせしました。
今年の年賀状をお披露目いたします。

(毎年の田中宏和年賀状デザインも会社の同期のアートディレクター植村倫明くんです)

年賀状で使用した記事は東京中日スポーツ新聞の石井知明記者によるものです。
どうもありがとうございました。
石井記者のブログ記事はこちら

2012年は、まずはロンドンのギネスワールドレコーズからの吉報を待ちたいです。
そして、田中宏和さんたちに、田中宏和さん以外の人たちにも、
日本中に、世界に、宇宙に、
いやというほど歓びが降り注ぐ1年となるよう祈念したいと思います。

そして、引き続き、田中宏和さんの自己申告、
みなさんの周りの田中宏和さん情報をお待ちしています。
どうぞよろしくお願いします。

2012-01-01-SUN
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