DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える医事相談室」

「心電図がとろい」って、どういうこと?


着々とお医者さんへの道を歩まれているようで、
心から密かに応援しています。
大変そうですが、身体に気を付けてがんばってください。

ところで、前々から気になっていたことがありまして、
お教えいただけたらと思い、メールしました。

私は今38歳の女性ですが、(ごめんね。歳くってて)
35歳の時に人間ドックにいきました。

検査結果を見ながら、お医者さんの説明を受けていた時、
お医者さんが「心電図がとろいね」と、言いました。
「心電図がとろい」って、どういうこと?
心電図のグラフがぼーっとして、
動くことを手抜きしてるってこと?
などと、考えているうち、
お医者さんが「倒れたことはない?」
と、ききました。
私は、「ないです。」と答えました。
「じゃ、大丈夫ね。次は。。。」
質問する間もなく、どんどん進み、説明は終わりました。

家に帰って、診断結果表を眺めていると、
心電図の欄に「洞性徐脈」と書いてありました。
なんじゃこりゃ?
「日常生活に注意しましょう」って、
何に注意すればいいのでしょう?

(中略)

ERとか見てると、「徐脈です」とかの台詞が出てくるし、
ほんとに注意しなくちゃならないでしょうか?
どうも、気になって、スポーツクラブで無茶ができません。
(無茶する歳でもないんですけど)

もし、お疲れでなければ、私をすっきりさせて下さい。
よろしくおねがいします。

(さんちゃん)


こんにちは
Medic須田です。

今日の昼間はうちの病院の救急センターで働いていました。
珍しく定時通りに終わり、7時頃に家路につき始め、

「あぁ、今日はラッキーだなぁ。こんなに早く家に帰れる」

なんて、当直がないことに喜びを感じていたのですが、
よく考えてみたら、今日は日曜日じゃないですか(笑)
もうずいぶん感覚が麻痺してしまって、今週は
”月月火水木金金”の生活になっていることを
すっかり忘れていたというわけです。

そんな生活の中でも、息も絶え絶えでやってきた人が
元気になって帰っていく姿を見ると
ちょっとだけ元気になります。
でも、「救命センター」なのに、

「こっちの方が午前中の外来より空いてるから来たよ。
 薬くれよ」

なんて人や

「別にどこも特別悪かねえけど、
 とりあえずいつものやつ点滴してくれよ」

あるいは

「うちの子、昨日からウンコしてないんですけど、
 大丈夫でしょうか」

なんて「救命」の意味をよく分かっていない人が
来たりするとドッと疲れが出て

「お前なんか、帰って塩水でも飲んで寝てやがれ!
 てめえらみてぇなスットコドッコイがやってきたら
 ホントに重症な人の治療が遅れるじゃねぇかっ!」

と叫びたくもなります。
でも、気が弱いせいかこんな時の方が却って
丁寧な言葉遣いになって、

「いやぁ、さぞお辛い思いをされたんでしょうねぇ」

なんて共感の姿勢を見せたりするんですが、
どうなんでしょうねぇ、こういうのって。
皆さんだったらこんな患者さんにどう対処するか、
なんてご意見を戴けると僕としては嬉しいですね。

おっとっと、
日頃のグチがこんなところで出てしまった(笑)


さてさて今回の質問は「トロい心臓」です。
ただ、質問の文章の中に「洞性徐脈」と診断名まで
書いてあるので、これの意味から説明していきましょう。

まず、「洞性」とはどういうことか。

心臓というのは規則正しく
”トクントクン”と脈打っているのですが、
このリズムを作り出しているのはどこなのでしょう?
心臓においてこのリズムを最初に作り出す司令塔は
「洞結節」と呼ばれる所です。

中学生の頃、理科で習ったかもしれませんが、
心臓というのは
心房・右心室・左心房・左心室
の4つの部屋でできています。
このうち右心房というのは、大静脈とつながっていて、
体のあちこちから送られてきた酸素の薄い血が
集まってくるところなのですが、
この大静脈と右心房の境目辺りに
「洞結節」というのがあるのです。

健康な心臓の場合、ここで心臓のリズムが作られ、
電気信号が心房から心室へと伝わっていきます。

さて、「徐脈」とは何でしょう。
これは字を見ての通り「ゆっくりの脈」ですから、
まさに「とろい心臓」と重なります。

となると、「洞性徐脈」を口語体に翻訳いたしますと

「リズムを作っている部位自体は正常なんだけど、
リズム自体がちょっととろいんだよなぁ」

ということになりましょうか。

さてさて、この「洞性徐脈」に
治療が必要なのかどうなのかと申しますと、

「一般には治療の必要はない」

というのは医者をやっているものとしては常識です。

毎度登場する「今日の診療」という
CDROMを参照いたしますと、

「治療適応は,徐脈のために何らかの臨床症状
〔失神,前失神,
 眼前暗黒感,めまいなど一過性脳虚血に伴う症状,
 もしくは動悸,息ぎれ,運動耐容能低下,
 浮腫など心拍出量低下に伴う症状〕を呈する場合である」

と書かれています。
つまり、
「不自由なく生活できていれば治療の必要などない」
のですねぇ。

さて、「ハリソン君」と並んで、
世界的に有名な内科学の教科書
「セシルちゃん」にも尋ねてみましょう
(ホントの名前は"Cecil Textbook of Medicine")

「うーん、1分間に60拍以下だと
 ”徐脈”って言われることもあるみたいねぇ」

へーっ、じゃあ健康な人でも洞性徐脈って
診断されちゃうってわけか

「そうなの。健康な人でも心拍数が50以下なんてことは
 稀なことじゃないのね。
 寝ているときだと1分に30拍しか
 打たなくなっちゃう人もいたりするし」

そういう人をいちいち「洞性徐脈だから異常です」
って診断してたら困っちゃうよね(笑)

「そう。だから、臨床的に意味のある洞性徐脈は、
 起きている間ずーっと心拍数が
 45を切っている場合くらいなの」

そう言えば、僕が昔トライアスロンなんて
キチガイじみたスポーツをやっていた頃、
安静にしてると心拍数は40台だったけど、
それが起きている間中ずっと
続いてたわけじゃないもんね.......


想像するに、「さんちゃん」さんが受けた人間ドックでは、

24時間心電図を付けていたわけではなく、
長くて数分でしょう。
その数分間で「臨床的に意味のある洞性徐脈」かどうかを
判断するのは不可能なわけでして、とりあえず

「心拍数が60以下で、
 心電図の波形が正常なら洞性徐脈と診断」

なんて具合に機械が設定されていたのでしょうね。
(ま、機械なんてそういう単純な設定をしておくから
 便利なんですが)

で、後の問診でお医者さんが「倒れたことない?」
(←臨床上意味のある洞性徐脈の代表的な症状)
って尋ねて、それがなかったから
「じゃ、大丈夫ね」となったのでしょう。

ところで、「ER」に出てくるような「徐脈」は、
もちろん
「運ばれた時点で”息も絶え絶え”で、
 ひょっとしたら心臓が止まってしまいそう」

な状態ですから、人間ドックのお医者さんが
「倒れたことない?」
なんて呑気に問診できるような徐脈とは
全然違うということは分かりますよね。

ですから、診断書に書かれていた
「日常生活に注意しましょう」ってのは、とりあえずは

「普通に日常生活を送っているだけで
 ”失神・めまい・動悸・息ぎれ”みたいな
 症状があったら、念のためお医者さんに行きましょう」

という意味にでも解釈しておけば
良いんじゃないんでしょうか。

文面から察するに「さんちゃん」さんは、
スポーツクラブに通われるような
活動的な方のようですから、
昔の僕みたいに一般の人よりも多少心拍数が
少な目なのかもしれません。

これはスポーツをしている人、特に持久力を必要とする
スポーツをしている人に共通の傾向といわれています。
聞いた話では、ツール・ド・フランスの選手の中には
安静時の心拍数が30近い人も結構いるとか。
彼らは間違いなく洞性徐脈なのでしょうが、
もちろん病的な洞性徐脈ではありません。

というわけで、「さんちゃん」さんは安心して運動して下さって
大丈夫だと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アパートと病院を往復するだけ毎日が続き、
おまけに月5,6回の当直があるため
すっかりパワーを吸い取られている
Medic須田ではありますが、今後とも
ポツポツ連載を続けていこうと思っておりますので、
よろしくお願いいたします。


あ、合コン希望の方はメールちょうだいね(笑)

2000-08-09-WED


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