DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える
医事相談室」

「医者の字について」



Q、こんにちは。
メディック須田さんに質問です。
とてもじゃないけど、直接お医者さんに聞けないので、
こちらで質問させてもらいます。
どうしてお医者さんの字は、読めないくらい、
崩れてるんですか?
のちのちほかの人が読む機会のありそうなカルテや
処方箋の字を見ていつも思うんですが、
お医者さん同士で困らないのでしょうか。
皆がそうだと言うわけではないのでしょうが、
そういうお医者さんに当たる確率が高くて、
気になってます。
日本語ならまだしも、英語だと、
ほんとにミミズののたくってるというか、
踊り狂った字で不思議です。
どうなんでしょうか。

(二児の母)

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こんにちは 。
Medic須田です。


今回の質問は、「字」ですね。
ここのところ、純粋な医学ネタが続いたので、こういう
肩に力の入らないネタもいいですねぇ。

僕はガキの頃、字が下手くそでしてねぇ。
死んだ婆ちゃんから
「下手でもいいから、こじっかり(=しっかりと)
 字を書かにゃあいかんよ」
と、口癖のように言われたものです。

その婆ちゃんの「こじっかり」という言葉が効いたのか、
一時期、自分の字の下手さ加減がイヤになって、
夜中密かに「書き方」の練習をした成果かは
分かりませんが、今では
ようやく読める字が書けるようになりました。
努力をすれば報われることもあるということでしょうか。

ところで、「字は人柄を表す」などという人も
いるようですが、
僕はこの言葉を字義通りに信じてはいません。
むしろ、「字が人柄を表すように見える(思われている)」
と言った方が適切だと思います。
人は後付けの理屈が好きですから、
綺麗な字を書く人の人柄が素晴らしいとき、
「ああ、やっぱり字は人柄を表すのね」
となりますが、綺麗な字を書く人の人柄が
どうもいただけないときや、
汚い字を書く人の人柄が素晴らしいときには、
こういうことは考えないものなんですよね。

事実関係はどうあれ、字を綺麗に書いて損をすることは
あまりないというのは事実でしょうがね。

おっと、話がずれました。

二児の母さんの仰るとおり、
お医者さんが書く字は汚いことが多いですね。
実習の時に患者さんの容態を知るために
カルテを見ることが多いのですが、
お医者さんが書いたカルテを見て頭を抱えることが
けっこうあるのです。
そんなときはどうするかというと、
「ウーン」と唸りながら、
ヒエログラフや、くさび形文字でも解読するように

「この文字がここに使われているということは、
 きっとこの単語は○○という単語に違いない。
 そうすると、この隣にある単語はきっと
 ××という意味だろう.......」

などと連想を働かせながら、
ようやく半分程度を把握するという具合なのです。
だから、患者さんの容態を知るためには、
看護婦さんが書いた看護記録と照らし合わせて
なんとかすることが多かったりします。
(一般的に看護婦さんは丁寧な字で
 書いてくれているのでとても助かります)

そんな感じですから、今まで実習した中で、
お医者さんが書く文字について
大胆にも評価させていただくと、

・誰が読んでも(ひょっとして本人にも?)
 解読不明な文字を書く医者        2割
・医学部生が必死で連想を働かせて
 ようやく何とか読める文字を書く医者  4割
・汚いけれども、一般の人でも何とか読める
 文字を書く医者            2割
・普通の字を書く医者          2割
・綺麗な字を書く医者          数%

という感じでしょうか。

そんなわけですから、二児の母さんの感想は、
医学部生も痛感しているところなんですね。

では、なぜ医者の文字が汚いのでしょうか。

疾患の原因を探るときに、「遺伝要因」があるのか、
それとも「環境要因」が
あるのかというのはとても大事なことです。
例えば、糖尿病でも「遺伝要因」というのは
確かにありますが、「環境要因」も大きな
ウェートを占めるから、血糖値がまだ正常値を
ちょっと超えたくらいの時に、食事指導や運動療法を
指導することがありますよね。

「医者の字が汚い」という疾患(?)を考えるのにも、
この考え方を使っていきましょう。ここでは、

・「遺伝要因があるのか」
 →「医者になる人はもともと字が汚い?」
・「環境要因があるのか」
 →「医学生・医者をやっているうちに字が汚くなる?」
 
という二つの仮説を検証します。

まず、第一の仮説
「医者になる人はもともと字が汚い?」です。
これについては他との比較が難しいですねぇ。
ただ、一般的に、高学歴の人間ほど
字は読みやすいのではないでしょうか。 
小中高、そして大学を二つ経験してきた
僕の個人的感想ですが、
大きくは違っていないと思います。

また、前の大学の友人と今通っている大学の
医学部の同級生とを比較すると、
どちらかというと、前の大学でつきあってた奴らの方が
読みやすい字を書いていたような気もしますが、
大した差ではないように思います。
それに、医学生のほとんどはちゃんと
解読可能な字を書いていて、
「先生たちがカルテに書く字って汚ねえよなぁ。
 読めやしねえよ」
などという僕と同様の不満を訴えています。
となると、僕の経験の範囲内では、
第一の仮説は嘘臭いということになりますね。

次に、第二の仮説
「医学生・医者をやっているうちに字が汚くなる」
を検証しましょう。
これについても経験でしか書けないところが
辛いところなのですが、とりあえずは
「研修医には、一般の人にも読める字を
 書いている人が多い」
ということは確かです。

したがって、医者として経験を重ねていくうちに
汚くなっていく可能性が高いと推測できますわね。
では、その原因は何なのでしょう。

え、何?

「ひょっとして、訴訟になったときに、
 どうにでも解釈できるように
 誰にも読めないような字を書いてるんと違う?」

物騒なことを言ってはいけません(笑)

まともな診断・治療をしているという
自負があるんだったら、
カルテを読みやすく書いていた方が、
訴訟になったときに余計な誤解を生じることがなく、
かえって医者にとって有利になることが
あるかもしれません。

どうせ、いくら汚く書いても
内容は分かってしまうのですから。
それに、訴訟のためだけに字を汚く書くくらいなら、
もっと頭を働かせて、読みやすい字で、
どうにでも解釈できる内容を書いた方がよっぽど
得なはずです。

あ、いかん。 
僕の書いていることもかなり物騒だ(笑)

ともあれ、
「訴訟になったときに有利」
ということは、裏話でも
伝わってきません(笑)し、
あまり関係ない説だと思います。

で、結局、僕が一番有力だと考えるのは
「ただ単に面倒だから」
というものです。

医者は一般的に忙しい。
これは確かに事実です。
回診・検査・治療・カンファレンス
・当直........などなどを
こなす中では、カルテ書きというのは
とてもウェートの低い仕事なのでしょう。

その上、綺麗に書いたとしても
誰も評価してくれないし
(せいぜい、おバカな実習生に
 「先生のカルテ読みやすくて良いですね」
 なんて言われるくらいか(笑))
汚く書いたとしても、もっと重要なのは診断・
治療の内容ですから、誰から咎められるわけでも
ありません。
そんな感じで、医者の書く字は
だんだん汚くなっていくというわけなのです。


でも、ひょっとしたら、
「カルテくらい汚く書いてもいいじゃないか」
というのは、医者の側の甘えなのかもしれません。

会計の仕事をしているうちの親父は、
お世辞にも字が綺麗だとは言えませんが、
申告用の書類を書くときには、
文字の大きさをキチンとそろえて
読みやすい字を書くように心がけていました。
医者のカルテというのも、業務上の書類なのですから、
汚い字を書いて許されるというのは、
社会通念上おかしいように思えますよね。

そんなわけで、仲のよい友人と
「俺たちは医者になってもちゃんと
 読めるカルテを書こうな」
なんてことをよく話していたりします。

でも、将来、ぼくが医者になったときに、
ミミズがのたくったような字をカルテに書いていたら、
これを読んでいる皆さんのうちの誰かから

「ダメじゃないの、須田君! 若い頃
 『医者の字が汚い』って、
 あれだけ文句いってたじゃない。
 所詮、須田君も世間知らずの
 お医者さんの仲間だったっていうわけね」

なんて叱られたりするかもしれないな(笑)


今回はこの辺で

1999-08-22-SUN


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