DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える医事相談室」

Q:私、過去に皮膚炎が延々直らずに、
ああ、もうコリャなんとでもしてくれと思って、
某医大の漢方内科というところで、
漢方薬を処方してもらっていました。
そこでは、健康保険がきかずに、月に2万円ほど
薬代を払っていました。
効果のほどは? というと、まあ、それなりに改善されて、
「すごくは困らない」程度にはなりました。

なぜ、効く薬なのに漢方薬には保険がきかないのでしょうか?
医療機関とか、医学部とかで、漢方薬というのは
どんな位置付けにあるのでしょうか?
(25歳・女性 けろさん)

以下、回答です。

一般の方からの質問第一号ですね。

病院における漢方薬に対する位置付けというのも
だんだん変化しているようです。
実は僕は15年来のひどい杉花粉症なのですが、
いくつかの病院で「小青竜湯」という漢方を処方しており、
僕も一時期よく飲んでいたことがあります。
(効果については「?」でしたが)
また、最近は大学病院の入院患者のカルテを見ても、
「◯◯湯」とか「◯◯丸」という名前の薬が
処方されているのを見かけるようになりました。

さて、漢方の医療機関における位置付けを語る前に
基本的に理解しておかなければならないことは、
西洋医学・東洋医学それぞれの拠って立つ考え方の枠組みが
大きく違うということです。
※予め断っておきますが、僕は西洋医学の側に立つ人間
(しかも未熟な)として問題に答えることしかできません。
悪しからず。

西洋医学では近年、EBMということが
しきりに言われるようになりました。

EBMとは炎の料理人周富徳さん特製の
「エビ(EB)のマヨネーズ(M)ソース」のことで、
隠し味に使われているジンの風味が素晴らしいので
ぜひご家庭でもお試しあれ・・・。じゃなくって(笑)、
「Evidence Based Medicine」のことです。
日本語では「証拠に基づいた医学」という意味です。

西洋医学というのは、自然科学の一分野という性質を
持っていますから、当然のことながら
「実証性」、「再現性」などなど、
うるさいことが本来求められるはずなのですが、
意外とこれがなおざりになってきたということから、
きちんと統計的数値に則って見直してみようじゃないか、
という機運がEBMという概念を生んだんだと思います。

わかりやすい例で申しますと、
大学病院でこのEBMに熱心に取り組んでいる先生のレクチャーで
こういうやりとりがありました
(ちょっと長いのですが申し訳ありません)

教官 :「なぁ、君らさぁ、もしも “年齢30歳の男性で、
     喫煙歴なし、普段は飲酒もほとんどなく、
     血圧も正常で、生来健康であったが、
     昨晩はかなり飲酒した”
     って人がさ、突然外来に来て
     胸痛を訴えたら
     何の検査をしてどんな処置をする?」

班員A:「心電図と胸部レントゲンを取って・・・」

私  :「どうせだから心エコーもやるとか」

班員B:「胃も見といた方が良いんじゃない?」 

……(以下、様々な検査方法が提案される)……

教官 :「はい、分かった、分かった(笑)。
     これがもしアメリカの臨床マニュアルだと、
     正解はまず第一に“お説教をする” 」

一同 :「へ?」

教官 :「“あんた、何でそんなになるまで飲んだの?
      駄目じゃない”ってさ」

一同 :「はぁ・・・」

教官 :「で、さらに何か治療するとしても、
     マーロックス(←ただの胃薬)しか出さない」

班員C:「それでいいんでしょうか。 
     なんかすごく不思議なんですけど」

教官 :「でもな、30歳の喫煙歴のない健康な男性が
     胸痛を訴えた場合、狭心症なんかの心疾患である
     確率ってどれくらいか計算した上で考えると、
     確かにこれが妥当なんだ。
     日本の臨床現場に足りないのは
     こういうEBMの概念なんだよね。
     だから、しなくてもいい無駄な検査をして、
     そのうえ診断を誤っちまう。
     診断が正確だったとしても、
     効かない薬を投与するなんてことになっちまって
     何にも不思議じゃないわけだ。
     そんなわけで、君らには今週、
     こういう英語の論文を読んでもらって、
     木曜日に発表してもらうということになっている。
     さ、しっかりEBMについて勉強して来るんだぞ」

こんな感じで我々は教官に乗せられて
勉強する羽目になったのですが(笑)、
お分かり戴けましたでしょうか。
ここで大事なのは、EBMという概念では
・生物学的な知識がある上で、
 統計的な知識で裏打ちされていること(実証性)
・だから、手順さえ間違わなければ
 誰がやってもある確率で
 相応の効果を上げられること(再現性)

という、西洋医学の自然科学の特質を
前面に押し出しているということです。

これに対して、
「べらぼうめぃ、人間さまが数字で管理されて
たまるかってんだ。
だいたい、おめえさんの言うとおりだとすると、
どんなヤブ医者がやっても同じってことじゃねぇか。
江戸っ子のオレ様は信じネエぜ、そんなエビのマヨネーズ」
という反論が必ずあると思います。

そして、そこにこそ東洋医学が入り込めるのでしょう。
東洋医学の基本というものを僕自身よく知らないのですが、
聞きかじったところで書くと、
(ご存じの方はぜひ詳しく御教授下さい)
・各々の人間は固有の「証」とか「気」
とかいうものを持っている。
・何らかの原因でそれに狂いが生じると、
症状として病気が発生する。
・で、そもそもの原因であった「気」の狂いを直せば
病気は自然と消える。
というところではないでしょうか。

先ほどの江戸っ子氏の反論の
「誰がやっても同じじゃねぇか」
の逆に、東洋医学の側では
最初の出発点の定義が曖昧なために、
治療者の解釈が大きく異なります。
「証」だとか「気」だというかいうものは印象によるもので、
下手をすると形而上のものに過ぎない
とさえ考えられますからね。
ですから、当然、こういうものは
西洋医学の概念の中に取り込めないものであることは
言うまでもありません。

概念は取り込めないものの、個別の治療法、
特に漢方薬のような目に見える薬については
「効けばいいじゃないか」
(↑統計的な「実証性」ですね)
ということから、
病院でも使われるようになってきていることは
先程述べたとおりです。
基本的には、「下痢止め」
「便秘解消」「滋養強壮」という、
命に別状のないところに限った話ではありますがね。
(さすがに、救急の患者に漢方薬しか処方しないなんて
勇気のある医者はいませんわね)

とにかく、漢方薬とはいえ、臨床治験で
きちんと治療薬として認められれば保険もききますし
普通の薬と同じように使えることは確かです。

ついでに言っておかなければならないことが一つあります。
一般には「漢方薬には副作用はない」
と思われているようですが、漢方薬にも
けっこうシャレにならない副作用があることもお忘れなく。
(例 甘草に含まれるグリチルリチンによる
偽性アルドステロン症、インターフェロンと
小柴胡湯の併用による間質性肺炎などなど)

さて、以上のことをふまえた上で、
けろさんのご質問を考えることにいたしましょう。
残念ながらけろさんが使われた薬に保険がきかないのは、
実証性があることが統計的に認められていない
という理由からなのではないかと思います。

薬がある人間に効くことを確かめる手続きというのは
結構大変でして、「二重盲検試験」という、
「薬」を飲む人たちと、薬の外観をした「うどん粉」
を飲む人たちをくじ引きで割り付けて効果を確かめる試験が
必要になってくるのです。
(日本の場合、この試験がいい加減で、
うどん粉同様の薬が保険適用になっているということが
近年問題になっていることは賢明なみなさまなら
週刊誌上等でご存じでしょう)

残念ながら、けろさんに効いた薬でも同じ症状の人々に
ある一定の割合で効くことが確かめられなければ、
保険の適用とはならないというのが
今のシステムだと考えられます。
西洋医学の立場に立つ者からすると、
そういう「実証性」のない薬を使うのは不誠実だ
ということになってしまうわけです。

ただし、ここで念を押しておかなければなりませんが、
僕はけろさんの使われた薬や治療法に有効性がないことを
証明しようとしているのではなく、
あくまでも、誰にどう使えば効くのかを応用可能な情報として
開示できない東洋医学の手法自体に問題がある
ということを言いたいのです。
前回も書きましたが、
「そんなによく効くものだったら、まず目の前の患者に使う」
のが医者というものですからね。
ただ、それには
「一定の手続きを踏んで「よく効くということ」を
「実証」する必要があるのではないの?」
というのが西洋医学に洗脳されている僕の主張なのです。
西洋医学の範疇ではまだ未知の治療法が
東洋医学の範疇におそらく存在するのでしょうが、
それを万人が利用できる形にするだけの努力が
まだ十分ではないと思うのです。

最後に、僕が西洋医学のお医者さんの振りをして
けろさんに診察室で応対することにしましょう。
「そうですねぇ。確かにけろさんには効いたようなんですが、
これをみんなに使うとなると
ちょっと躊躇しちゃうんですよね。
例えばね、ひょっとしたらそれが
「うどん粉」と同じようなもので、
偶然効いた可能性もあるんじゃないかとか、
ひょっとしたらその薬に副作用があるんじゃないかとか、
起こるとしたらどの程度の頻度でそれが起こるのかとか、
そういうことが数字で示されてないと、
医者ってのは石頭だから怖くて使えないんですよ。
“だったらもっと頭を柔らかくして”
っていうのも人情でしょうが、
こういう手続きを踏むのも医者としての仁義ってもんですから、
これを破るわけにはいかないんですわ。 
そんなわけで、とても申し訳ないんですが、
自費でお使いになるってことで我慢してもらえませんかね」

今回はこんなところで。

1998-11-24-TUE


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