糸井
「大衆操作的」という言い方をしましたけど、
世の中って、力を持っている人たちが
操作をしたがるんですよね。
スキャンダラスな見出しで引きつけておいて、
あとで誤魔化したりとか。
渡辺
ああ、なるほど。
糸井
ニュースの価値というものは、
本来、出来事の価値に比例するはずですよね。
メディアが出来事を起こすことはできないから、
ニュースに嫌なお化粧をして送り出せば、
歌舞伎の隈取みたいな派手な列に、人はついてくる。
確かに、ある程度は数字も上がるけれど、
「根絶やしになっちゃうよ」というようなことを
平気でやったりもするんです。
でも、だんだん「こんな人いないよ」と思って、
離れていっちゃうという。
渡辺
我々も、ページビューが増えれば
売上げも増えるような時代であれば、
お金をいただかないままだったと思います。
私が社内の人間に「読者ではなく顧客だ」と言うのも、
4,200円の価値を正しく認めていただこう、
という想いがあるからです。
それからもうひとつ、
日経新聞は、これでダメなら記事は書けません。
もう全部を出して、あとがないんです。
この両方の意味で、お客さまをこれから
大事にしましょうということを言いたくて。
糸井
会社の人間力が必要になっているんですね。
渡辺
我々の日本経済新聞は、
読者投稿のページがない、
唯一の新聞だと思うんです。
糸井
ああ、そういえば。
渡辺
つまり、読者と会話したことがないんです。
もちろん、ご意見をいただいたり、
良かった声も届きますけど、
我々の編集局では、
「記事で応えろ」と育てられてきました。
そういう意味では、
日経電子版で読者と初めて、
面と向かっていることになります。
だから、誠実にならざるをえないんですね。
糸井
ぼくも「ほぼ日」をはじめた時、
アクセスだけを求めて広告の収益で
やっていくという形はとりませんでした。
一時期は、アクセス第一の時代もありましたよね。
渡辺
ありました、ありました。
糸井
でも、アクセスを求めた時にやることが
どういうことかを考えると、
やっぱり危険だったんです。
「ほぼ日」をずっと見ていてくださると
分かると思うんですけど、
目次の見出しが、みんなヘタなんです。
今日から何かの販売を始める時には、
ページに「今日から○○が始まります」、
そのまま書いています。
渡辺
ああ、なるほど。
糸井
ちょっと隠れた自慢なんですけど、
ぼくは、社員に広告の技法を
ひとつも教えていないんです。
渡辺
えっ、そうなんですか?
へぇーー!
糸井
凝ったことは、ひとつも書いていないんです。
そのことばを読んでクリックしてきた人が、
それ以下の内容だった時にガッカリするので。
読んでくださる人には、ぼくたちの信用をもとに、
いろんなものをお勧めして買っていただいているので、
「アイツら嘘つくよね」となったら、
信用がなくなっちゃうんです。
渡辺
すばらしいですね。
アクセスを増やす誘惑のほうが、
すごく大きいはずなんですよね。
日経電子版を立ち上げる時にも、
ビジネスで慣れている人は、
“ページビュー × 単価 =”
という考え方になっちゃうんですよね。
そうすると、単価を上げることは大変なので、
ページビューを稼ぐほうが楽なんですよ。
この方程式の中で、楽なほうに流れやすいから。
糸井
ぼくも、昔から楽なほうに流れやすいです。
フリーの頃は、お金のことに一切タッチしないで、
年間で5分間だけ税理士さんと
お話をする時間をつくって、
そこで報告を聞くだけにしていたんです。
なぜそうしていたかっていうと、
稼ぐことが最善のことだとしたら、
ぼくは稼ぐことに一生懸命になって、
タダの仕事なんて、したくなくなると思ったから。
渡辺
なるほど。
糸井
フリーならまだしも、チームプレーだと、
楽なこと以外も考えないといけません。
ただ、ほぼ日の場合は「何で稼ごう」から
スタートしたわけじゃなかったので、
ちょっとだけ無責任でいられるというか。
渡辺
インターネットビジネスは、
稼ぐことからスタートするものではない、
と、私もほんとうに思うんです。
シリコンバレーの人たちと話してわかったのですが、
どうして起業するの? って聞いたら、
「社会にこういう問題があって、
 すごく腹立たしいから俺が解決する。
 たまたまITを使うと解決しやすいから」
というのが起業の精神です。
糸井
ぼくも、しばらくしてから、
よく分かりました。
渡辺
インターネットにおける起業の精神って、
従来の会社とはちょっと違う気がしているんです。
糸井
はい。そこにぼくらは、ワクワクしたんですよね。
だけど、じぶんの会社の上場が承認された途端に、
「どうして会社をやってるの?」
という質問はまったくなくなりました。
渡辺
あっ、そうですか(笑)。
糸井
ぼくは上場することで、
社会の大半はどういう質問してくるのか、
どうあってほしいのかを
知りたい気持ちもあったんです。
だから、上場前のロードショーで、
30社を回ったんですよ、一応。
渡辺
今どき立派な経営者ですよ。
糸井
投資家のみなさんから言われることは決まっていて、
「手帳の売上げが70%ですね」、
「このまま小売業でどうなるんでしょうかね」って。
数字だけで見たら、そんな会社の魅力はないですよ。
でも、そういう会社が上場したっていいと思うんです。
たとえば、「とってもおいしいんですよね」って
親しまれているような和菓子屋さんだったら、
上場する資格があると思う。
渡辺
ええ。
糸井
同じように「ほぼ日」は、
親しみや信頼で続いている会社だと思うんですよ。
上場してから、本当に事業が問われています。
ぼくも、ちゃんとした事業家になりなさいと
世間から言われていたわけですから、
頭が痛くてしょうがないです。
渡辺
経営者としての、洗礼を受けたんですね。
糸井
上場前と同じだったつもりなのに、
なんでしょう、目盛りがついた気がしますね。
渡辺
我々の部門でも、創刊の頃から比べると、
購読者数が30万人を超えたあたりから、
目盛りが厳しくなったような気がしますね。
じつは、我々自身も創刊の時は30万人までしか
絵を描いてなかったんですよ。
創刊した時の想定を超えはじめていて‥‥。
糸井
今はもう、外海を泳いでいるんですね。
渡辺
遠くへ泳ぎ始めたことで、
管制塔からの「今、どこを泳いでいるか」という
目盛りに対する要求は、
確かに厳しくなったような気はしますね。
糸井
そうすると、外の人を含めた周囲の人たちから、
余計なことを言われたりする時期ですよね。
「なんでこうしないの? 見えてないのかな?」
みたいな人が、じゃんじゃん現れてきて。
渡辺
そうですね。
良いか悪いかは別にして、
そういう時期ではあると思いますね。
糸井
もう二歩ぐらい先を考えておいて、
周りからの意見通りにやっても
うまくできないんだっていうところまで、
いっぱい課題になりますよね。
渡辺
そうです。
私は1985年の入社で、手書きの原稿を書いて、
棒打ちしてもらっていた世代の最後です。
それから30年が経った今、
私がネット事業の責任者をやっているわけです。
今の世の中、人工知能のシンギュラリティとか
言われている中で、あと30年も経てば、
仕事だって絶対にもう1度変わるはずです。
今の仕事を発展させて
1年間頑張る程度のことを続けていても、
お客さんのニーズとは全然違うところに
行ってしまうんじゃないでしょうか。
50万部でどうしても満足しがちになるんですが、
固まらないように、と考えています。
糸井
それは、ぼくの考えている
「早く社長を辞めて邪魔する人になりたい」
というのと、ちょっと近いかもしれません。
全部の責任を負う場所にいると、
ある意味で乱暴なことが言えなくなるんですよね。
渡辺
そうかもしれないですね。
糸井
思いやりみたいなものが邪魔な時もあるんです。
「ここは俺も鬼になって乱暴やろうぜ」ということも、
ぼくらが海賊ならできるんですけど、
「コンプライアンス上、まったく問題ない」
という会社をやっているわけですから、
海賊の要素がどんどんなくなっていくんです。
そうすると、ぼくの海賊成分を必要とした時に、
社長の邪魔をする人になったほうが、
会社として絶対に長持ちすると思うんです。
いつ、どういうふうに自分がその役をするのかは、
もうずーっと、ぼくの中で考えていますね。
渡辺
ずっとそうなんですか。
糸井
チームプレーをすると決めてから、
ぼくは、あんまり変わっていません。
で、先端技術にとらわれないことも変わっていないです。
日経電子版もたぶんそうですけど、
先端で何が起ころうが、
応用して技術を使えるようになるまでには、
やっぱり、ある程度の成熟が必要です。
渡辺
そうですね。
タイムラグが絶対にあります。
糸井
その意味では、早々に船出した人が
転覆したりするのをいっぱい見てから、
「よーし!」ぐらいじゃないと責任が持てません。
だから、先端の知識をぼくらが慌てて持つ必要はなくて、
女性やこどもがインターネットを
使うようになった時のためにぼくらがいた、
という気持ちがあるんですよ。
渡辺
なるほど。
糸井
今も同じようなことが、たぶん起こっています。
IoTだ、なんだと言いますけど、
「私、そういうことは分からないの」という人のところに、
ぼくらは呼びかける仕事をしているんです。
先端の人が「カッコいい!」って喜ぶようなことは、
皆さん、どうぞおやりください。
ぼくらの仕事は、20年経ったあとで、
人間が喜ぶことになりますから。

(つづきます)

2017-05-26-FRI