2017年1月16日の「今日のダーリン」で、
糸井重里は「日経電子版」の有料会員が
50万人を超えたというニュースを、
驚きとともにご紹介しました。
日経新聞社の渡辺さんとお会いして
対談をするきっかけになった内容です。
ふたりの対談がはじまる前に、
よろしければ、どうぞお読みください。

今日ダーリン

日経新聞電子版の有料会員が、50万人を超えた。
そのニュースに、激しく反応した人間が、いた。
ぼくです。
数年前に、「日経電子版」が創刊されたころに、
この新しいメディアの担当の人に会ったことがあって、
じぶんのことを棚に上げて、慰めたおぼえがあった。
「たいへんな仕事ですねー」と言うだけだったけどね。
どこの新聞社も、宅配されたり売店で売られる紙の新聞が
困難なビジネスになることを予感しているものの、
インターネットで読まれる「電子版」を、
どんなふうに成り立たせるのか、考えあぐねていた時だ。
それぞれの新聞社のネットの記事を読みながら、
「ここからは有料会員のみ」という文言に、
事情をわかっているくせに腹を立てたりもして、
ぼくは、ネットの記事に金を払わないようにしていた。
そのわりには、個人のメールマガジンだとか、
知りあいが奮闘している「note」だとかには、
わりかし雑にお金を払っていた。

じぶんのことを、あんまりケチだと思っていないぼくが、
有料の電子版を敬遠していたのは、なぜなのだろう。
そこらへんのことは、あとで考えることにして、
日経電子版の有料会員50万人超えのニュースを知って、
「おれも入って、あらためて読んでみよう」と思った。
料金は、月額で4200円、それなりのお値段だ。
宅配の日経新聞は、月額4509円だから、
電子版は、それより309円安いだけだ。
そして、驚いたのは「電子版」に1309円を足すと、
宅配の紙の新聞がついてくるというではないか。
逆に言うと、宅配を申し込んで1000円足すと
「電子版」がついてくるということでもあるんだけどね。 
紙の新聞が宅配されるということは、
日々古新聞という燃えるゴミが増えていくということで、
家庭内でのぼくの評判が下る可能性がある。
「新聞、読んでるの?」と問い詰められると、
言い返せないくらい‥‥読んでなかったし。
(ここから、半月ほど時計の針を進めまして)
いま、おもしろいのは、電子版と紙の新聞を比べること。
やってみるまでわからなかったのだけれど、
紙の新聞のほうが、読むところが多くなるんだよね。
飽きるまでかもしれないけど、紙の新聞、死んでない。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「売れてます」で買う客がじぶんだったというお話でした。

(2017年1月16日「今日のダーリン」より)

糸井
はじめまして。
よろしくお願いします。
渡辺
よろしくお願いします。
糸井
日経電子版の有料会員が50万人を
超えたというニュースについては、
もう何度も質問されていると思います。
ぼくが興味を持ったのは、
ある種の判断についてなんですよ。
渡辺
なんでしょう。
糸井
ぼくらも日経新聞に「拍手します」とか言っているけれど、
それこそ日経には「経済の専門家だ」という
自負があるから失敗したくないだろうし、
「どうだ!」と言いたい気持ちもあるはずです。
みんながやっていないことをやる時のドキドキを、
今日は渡辺さんにお訊きしようかと。
渡辺
確かに、相当ドキドキしていました。
今でもドキドキしていますが。
糸井
今のドキドキというのは、
どういうタイプのドキドキですか。
渡辺
日経電子版は、
“お申し込み月が無料!”と謳っていますから、
月初の申し込みが最も大事なんですよ。
キャンペーンの有無で差はありますけど、
新規の購読者数が少なかったりすると‥‥。
糸井
あぁ、そうかぁ。
渡辺
じつは今まで、日経電子版は
月単位での購読者数が
減ったことないんですよ。
糸井
えーっ、すごいすごい!
渡辺
いつかは購読者数が減るだろうと
予測してはいますけど、
その時は、なるべく来てほしくありません。
我々は、常にドキドキしています。
糸井
経営判断としても、
「減ることも想定済みだよ」というところは、
心臓に悪いながらに思っていますよね。
実際には、ずーっと右肩上がりで
伸びていくような仕事じゃないはずなんで。
渡辺
おっしゃるとおりです。
糸井
伸びていくだけの根拠は、
説明しきれないものがありますよね。
ぼくは、「ほぼ日」の社長として成長について語る、
という内容で取材を受けた時に、
「うまくいくこともあれば、いかないこともありますね」
ということを言っちゃうタイプなんです。
あとになって、嘘をついたと言われるよりいいんです。
投資家のみんなが望んでいるような、
何倍にも成長するなんてありえない、と答えたら、
「画期的な発言だ」って言われたんですよ(笑)。
渡辺
確かに、経営者としては珍しいかもしれません。
糸井
ぼくは門外漢ですから、
なぜ珍しがられるんだろうというのを、
ぼくらとしては逆に記事にしたくなることもあって。
「業績が落ちることがある」というのを
本当は言ってもいいんだと思うんですよね。
健康な成長って、頑張って、こらえて、
工夫してできるものだと思うから。
渡辺
ああ、なるほど。
糸井
渡辺さんは、日経電子版の
立ち上げの時からいらしたんですよね。
当時のお話があればぜひ。
渡辺
じつは私、もともと日経の社員ではなくて、
日経BPのネット事業で、
無料広告モデルを手がけていました。
糸井
風土が違いますよね。
渡辺
無料で広告単価を高いものにするために
何をすればいいかばかりを考えていたんです。
そんな無料の世界にいた人間に向かって、
いきなり「有料で」と言われても、
「ええ?」って(笑)。
糸井
くっくっく。
渡辺
4月1日付をもって日本経済新聞社に出向して、
立ち上げをお手伝いをする、という立場でした。
糸井
肩書は何だったんですか?
渡辺
当時は編成部長。
糸井
編成部長。
渡辺
立ち上げまでのプロモーション計画なり、
システムを含めたスケジュール管理みたいなものと、
あと、当時は事業計画がほとんどありませんので、
正式サービスを出すにあたって、
経営会議で承認してもらうための事業プランを考える、
というのが私の役割でした。
糸井
ゾッとしますね。
渡辺
ええ、私もゾッとしました。
今はクラウドのサービスがいっぱいありますよね。
コンピュータを何台も買わなくても、
月々の利用料金を払っていればいいのですが、
7年前には、クラウドなんて
ほとんど実用化されていませんでした。
つまり、コンピュータを全部買わなきゃいけないんです。
これは今だから言える話ですけど、
私が日経に来た4月1日からの1週間ぐらいで、
ウン十億円というハンコを押させられました。
糸井
いやあ、恐ろしいです。
渡辺
事業計画はないけれど、償却だけは決まっている状態。
糸井
機材を買っちゃったら、つまり、
失敗するなと言われているわけですよね。
「まぁ、気楽にやれよ」というような
雰囲気があったとかは?
渡辺
うーん、あんまり‥‥(笑)。
やっぱり、悲壮感が先ですよね。
その前の年、2008年のリーマンショックで
日経新聞社が初めて赤字になったんです。
新聞社というのは卸売販売なので、
本来は赤字にならないビジネスなんですよ。
購読と言いながら販売店に卸売販売しているので、
貸倒引当金というのは存在しない会社なんです。
糸井
ああ、素晴らしい。
渡辺
そう、素晴らしい会社なんですよ。
少なくとも130年以上は、
赤字にならないビジネスをしていたわけですから、
会社としても非常にショックなことです。
私がいた日経BPも含めて、
全体が赤字になるという悲壮感が漂う中で、
日経電子版の立ち上げが決まっていました。
糸井
リーマンショックの頃はちょうど、
『日経ビジネス』が、
雑誌として調子が良かった頃ですよね。
渡辺
今より、ずっと良かった時代ですね。
糸井
日経BPが色んなものを掴んでいるように、
新聞社は思ったのかもしれませんね。
「あいつら、なんか分かっているんじゃないか」って。
渡辺
日経BPは実験台みたいなところがありました。
日経新聞がやるような実験を、BPが先にやる。
今では当たり前のように、
ネットの記事をクリックして立ち上げると
記事が出る前にバナー広告が出てきますが、
我々がBPで作ったものでして。
糸井
その時代からでしたか。
渡辺
「あいつら面白いことやってるらしい」ということで、
私が新聞社に呼ばれたのだとは思うんですけど。
糸井
そうは言っても、何もかもを分かって
やっているはずはないわけですよね。
つまり、ネットに関しては、
先例がない仕事をみんながやっている時期ですから。
渡辺
そうですね。
糸井
ぼく、上場してから初めて分かったんですけど、
投資家や記者のみなさんは、
先例がないことをやっていることを忘れて、
色んな質問をするわけですよ。
数字になっていないことには、興味がない。
渡辺
いやいや、そうですね。
糸井
今までやってきたことについては、
信じる、信じないの類ですよね。
渡辺
まさにそう、そうです。
全くそのとおりだと思います。

(つづきます)

2017-05-24-WED