全米一のかかりつけのお医者さん、 ティアニー先生に健康手帳を見てもらう。
時は、「Dear DoctorS ほぼ日の健康手帳」ができあがる、 ほんの少し前にさかのぼります。 本田美和子さんには、大切につくってきたこの手帳を ぜひ見てもらいたいと思う人がいました。 その人の名は、ローレンス・ティアニー先生。 本田さんが恩師と仰ぐ、アメリカのお医者さんです。 ティアニー先生、「全米一の内科医」「診断の神様」と 呼ばれるほどのとても有名なお医者さんだそうなのですが、 ほぼ日の健康手帳を見て何とおっしゃるでしょう。 わたしたちも楽しみにしていました。 日本各地の医療機関に招かれて来日中だった ティアニー先生の忙しい講義の旅の合間をぬって 実現した師弟対談、全3回でお届けします。
ローレンス・ティアニー先生のプロフィール

ティアニー先生に健康手帳を見てもらう。
「診断の神様」の問診術 2009-01-19
予防は治療より、有効 2009-01-21
医療の限界、健康の本質 2009-01-23
01 「診断の神様」の問診術
本田 ティアニー先生、
今日は、先生に健康についてのお話を
うかがえることになって、とても楽しみです。
どうぞよろしくお願いします。
ティアニー 僕も楽しみにしていたよ。
これは、どんなところに載るインタビューなの?
本田 インターネットのサイトに掲載します。
わたしは、アメリカで働いていた頃から
日本のウェブサイトで、
健康についての連載を続けていたのですが、
そこで、ぜひ、先生のお話を
多くの日本の方に読んでいただければ、
と思っています。
ティアニー そのサイトは医者向けなの?
本田 いいえ、一般向けのサイトです。
普通の生活をしている方々に、
ご自分の健康を守るために
役立ててもらえたらいいなと思いながら
書いています。

実は、そのサイトでは、先生のことを
もうすでに一度ご紹介しているんです。
発表の時には自分が話したいことではなくて、
相手が聞きたい内容を話すことが大事、と
羽田空港へ向かう途中で教えてくださった
ときのことを、8年くらい前に紹介しています。
ティアニー ああ、北海道に鶴を見に行く前のときのこと?
なつかしいね。
あのときは、ほんとにたくさん話をしたね。

さて、君が作った手帳を、見せてもらおうか。
本田 はい。これです。
巻頭には、日本で一番有名な詩人のおひとり、
谷川俊太郎さんが健康についての詩を
書いてくださっています。

最初のページはからだについての基本的な情報、
たとえば、身長とか、体重、アレルギーの有無、
喫煙歴などについて書くページにしました。
それから、自分の病気の記録、家族の病気の記録、
入院や手術の記録などを書くページ。
聖路加国際病院の日野原重明先生にも
健康を記録しておくことの大切さについて
メッセージをいただいて、ここに収録しました。
ティアニー 日野原先生は僕もよく知っているよ。
何ておっしゃってるの?
(英訳を聞いて)
そう、ほんとうにそのとおりだね。
本田 こんな感じで健康について
いろいろと書き込んでもらう手帳にしたのですが、
その目的は、ご自分の健康状態について、
よく知るための手がかりにしてもらうことと、
医者は、患者さんにお目にかかるときに、
こんなことを知りたいと思っているのですよ、
ということをお伝えすることです。

何度も日本に来てくださっている
先生はよくご存知のように、
日本の外来診療の時間はとても短くて、
その時間の間に診療に役立てるための情報を得るのは
なかなか難しいなと思っています。

わたしたち医師はいろんなお話を
患者さんから聞かせていただかないと、
正しい診断に近づくことはできないのですが、
初めてお会いする患者さんから
診断に役立てるためのお話を
ゼロの状態から聞き取るのは、なかなか難しいです。
ティアニー そうだね。
問診は、内科医にとって
一番大切な技術のひとつだからね。
本田 はい。診察室での患者さんの貴重な時間を
有効に使うためにも、
ご自身の健康のことをまとめた
カルテのようなものがあれば、
役に立つんじゃないかと思って
この手帳を作りました。

カルテ以外にも、自分を守るために
健康なうちから知っておいていだだくと
きっと役立つということを
短いコラムにして伝えています。

たとえばこのページには、
初めて病院に行くときにまとめておくと、
医者に自分のことをよりわかりやすく
説明できるような項目を
7つの質問として挙げました。
ティアニー 1番目は何?
本田 「今日はどうして病院に来ようと思いましたか」
ということです。
ティアニー 大事な質問だね。患者さんが
どうして病院に来ようと思ったか、
それに医学的な意味づけを考えるのは、
医者にとって、とりわけ大事だ。
2番目は、何て書いてあるの?
本田 「なかでも一番困っていることはなんですか」。
いくつかお困りのことがあるときに、
その順番をご自分でつけてもらうよう、
頼んでいます。
ティアニー それから?
本田 「いつからその症状が続いていますか、
何をするとその症状が悪くなりますか、
またはよくなりますか?」という質問です。
ティアニー そう、これはすごく大事だね。
たとえば、「ちょっとふらつく気がする」
と言って患者さんが来たとき、
そういう症状を起こす可能性のある病気は、
5,000以上もあるからね。

だから、「ちょっとふらつく気がする」
という情報だけでは、
診断にはあまり役に立たない。
そこで、さらに踏み込んだ質問が
必要になってくる。
とくに大事なことは次のふたつだ。

ひとつは、それが起きたのはいつか。
もうひとつは、そのときに何をしていたか。

医者にとってこのふたつは、とても重要な情報だ。
たとえば、それがいきなり起きたのであれば、
もしかしたら、胃潰瘍で
胃に穴があいてしまったのかもしれないし、
そうではなくて、なんとなく気づいたら
ふらつくような気がするのであれば、
もっと慢性の病気の可能性を考え始めるしね。
本田
そうですね。
ティアニー そのほかの聞き方としては、
「そのような症状をこれまでにも
経験したことがありますか?」
と聞くのも大事だよ。
本田 ご自分のこれまでの生活を
ふりかえって比べてみる、ということですね。
ティアニー サンフランシスコ総合病院でのことだけど、
虫垂炎が破裂して、腹膜炎をおこした患者さんを
手術でようやく助けることが
できたことがあったんだよ。

この患者さんは何年も前から
「家族性地中海性熱」という病気をもっていたんだ。
君も知っているように、
この病気の特徴はとても痛い腹痛を
発作的に繰り返す病気で、おなかは痛むのだけれど、
手術なんかは必要としない、内科の病気だよね。
本田 久しぶりに、その病気の名前を聞きました。
ほんと、その通りですね。
ティアニー だから、本人にとっても、主治医にとっても、
彼女の腹痛というのは、
いつも経験している、「よくあること」だったんだ。

ところが、その日の痛みは
いつも経験しているものとは
比べものにならないほどひどかった。

患者さんが、今日の痛みはいつもの腹痛と全然違う、
今まで経験したことのない、ものすごい痛みなんです、
と話してくれたことがきっかけとなって、
おなかの痛みの原因が、
長いこと本人が患っていた持病の
「家族性地中海性熱」によるものではなく、
別の病気が起きている可能性が高い、
と考えることができて
虫垂炎という診断に結びつけることができたんだよ。
本田 くも膜下出血を起こしているかどうかを
判断するときに、
患者さんに
「生涯を通じて、
 初めて経験するものすごくひどい頭痛」
かどうかをたずねるのが役に立つこともある、
という例もありますしね。
ティアニー その通りだね。
本田 次の質問は、
もし他の医療機関にかかったことがあれば、
教えてくださいということなんですが、
これは既にすんでいる検査を重複せずにすめば、
患者さんの負担を減らせるかもしれないと思って
載せました。
そして、最後は
「今日すくなくともこれだけは
やっておいて欲しいことは何ですか?」
という質問です。
ティアニー 大事だねぇ。検査したいのか、何を期待しているのか。
それを知ることはとても大事だ。
本田 患者さんが医者に望むことは
いろいろあると思うのですが
短い診察時間のなかですべてを解決するのは
難しいのが現実ですし、
その日のうちに結論がだせないことは
往々にしてありますし。
でも患者さんが「今日は病院に来てみてよかった」と
思えることがなにもなかったとしたら、
信頼を得るのも難しいですしね。
それで、患者さんご自身で優先順位をつけてもらって、
「今日これだけは」ということを教えていただくのが
いちばんじゃないかと思ったんです。
ティアニー そうだね。別の側面として、
時に患者さんは、ただ話したくて
病院に来ることもあるからね。
70代の女性が、19歳の時から頭痛がずーっとあって‥‥
というようなところから話を始めることもある。
そんなときは卓球みたいにいつまでも話が続いて、
終わりがないんだ(笑)。 

アメリカで僕が患者さんを診察するときは、
少なくとも30分くらい時間をかけて
話を聞くことができるけど、ここは日本だからね。
日本の保険制度のもとでは、
外来診察に3分から5分くらいしか
時間をかけることができないのを知っていると、
この短い間に患者さんから
大事な話を聞き取ることはとても大変だと、
つくづく思うよ。

ここに挙げた7つの質問は、
患者さんが抱えている問題を
医学的に解決するために絶対に必要な項目だからね。
とても大事な手がかりになるよ。

<つづきます>


2009-01-19-MON